困惑のまねじめんと その4
自分の意図によらず視界が真っ暗になるというのは、死んでしまった際に何度も経験しているけれど、今回の場合はそうではなかった。死んだときの脱力感がないし、体が動かなくなる感じもしない。そもそも【危険感知】に反応がなかった。
そもそもうさみの目は闇を見通す【暗視】能力によって基本的に視界を閉ざされることがない。なんせ魔法で作りだした真っ暗闇のなかでも普通に視覚が有効なので。
ともかく、要するに異常事態ということである。
だが【危険感知】は反応しなかった。
ということは。
えーと、どういうことだろう。
うさみは対応に困り眉間にしわを寄せ、次に抱っこしていたウサギさんたちが消えていることに気がついた。
「急におよびたてして申し訳ありません、プレイヤーうさみ様」
女性の声がするのと同時に、色が目に入る。
真っ暗な空間の中に浮かび上がったのは事務員のような恰好をしたお姉さんであった。
腕章をつけており、「GM」と書いてあるように見える。
「えっと、誰?」
「わたくし、ReFantasic Onlineのゲームマスター6番と申します。この度はプレイヤーうさみ様にご相談とご提案がありましてお伺いいたしました」
「ゲームマスター?」
ゲームマスターとはゲーム運営にあたって発生するトラブルをゲーム内で運営の立場から対応するお仕事であり、たとえば悪質なハラスメント行為や詐欺行為、その他ゲーム運営に支障がある可能性がある場合などに出動するのである。他にも公式イベントなどにかかわる場合もある。プレイヤーとゲーム運営を繋ぐ窓口の一つである。
という説明を受け、うさみはあれなんかやっちゃったかなと心当たりがなくもないので内心恐々としつつ答える。
「ふうん。それじゃあ、わたしがゲーム運営に支障があるようなことをしちゃったってこと?」
「いえ、そういうわけでは……ないとも言いにくいのですが……プレイヤーうさみ様は正規の手続きでシステムの範囲内でプレイしていただいておりますし、そういったネガティブな用件ではございません。お話いたしますのでどうぞおかけください」
そういって6番さんが傍らを手で示すとそこに応接セットが出現し、周囲が明るくなった。
よくみると6番さんと応接セット以外はもといた地下帝国パラウサの景色が広がっていた。ただし、モノクロで色が消えており、ウサギさんたちは身動き一つしない。
「これ、どうなってるの?」
「ゲームマスター空間です。周囲の時間は疑似的に凍結しております。お話が終わりましたら元の状況から続けられますよ」
「へええ」
勧められたソファに腰かけながらうさみは感心する。時間を止めるだなんて。相対的に無限の早さを得るのと同じことじゃない。すごい。
「さて、早速ですが、今回の用件はふたつ。ひとつめに了承いただけませんでしたらふたつめのお話は意味がありませんので、順にお話いたしますね」
「うん」
「実はこの度の地下帝国パラウサの件に運営としてご協力させていただけないかと」
6番さんの話をまとめると。
地下帝国パラウサはゲーム内の一つのコンテンツとして設定されていた。
それは狼との縄張り争いを含む一連のイベントである。
今回、うさみの行動で状況に大きな変化が起きた。具体的には地下帝国パラウサが強化されたことで極端にパワーバランスが崩れたのである。ここまでは問題ない。想定の範囲内である。
しかしその結果、イベントが進行することになるが、想定される難易度が一般のプレイヤーのレベルからして楽しめないレベルになりそうである。
進行を一時停止することも検討したが、うさみたちが企画している地下帝国パラウサとスターティアの街の同盟ないし交流作戦を後押しすることでバランスを取れないかという話が持ち上がった。
「もともと、地下帝国パラウサとプレイヤーが協力するルートは存在していました。プレイヤーうさみ様が今まさに交流を持っているようにですね。ですのでプレイヤーうさみ様たちが企画していらっしゃる、地下帝国パラウサとプレイヤーの間に利害関係を作るというプランは渡りに船といいますか。地下帝国パラウサ側もある程度乗り気のようですし」
「なるほど。というか、わたしたちがやってたこと知ってるんだ?」
「大きな動きがありましたらチェックするのも運営の仕事ですから。プレイヤーうさみ様はその点では非常に目立つプレイヤーでいらっしゃいますし」
バニさんの読みは当たりだったようである。
それにしても見られていたのか。マジで。独り言とか聞かれてたのかな。恥ずかしいんですけど。
「それに伴いまして、ウサギさん仮面、あのキャラクターを交流の場の管理者として使わせていただけないかというのがふたつめのお話になります。合わせてご検討いただけたらと」
「ウサギさん仮面を?」
ウサギさん仮面。
なるほどあれは目立つ。というか目立った。それで自分も目立ったということかな。運営の人なら誰が魔法使っていたかはわかるだろうし。
「いかがでしょう?」
「えっと、じゃあ前向きに検討ってことで、もうちょっと具体的な話をしてもいい?」
「もちろんです! ありがとうございます!」
こうして話を詰めた結果。
地下帝国パラウサとプレイヤーの交流が公式イベントとして行われることと相成ったのだった。




