困惑のまねじめんと その3
「まあ、それはいいんだけど、提案を持ってきたから、どうするか決めてほしいんだ」
場の主導権を完全に掌握した状態で、うさみは切り出した。
【危険感知】能力が飛びぬけて高いうさみであるので、うさぎさんたちが攻撃を仕掛けてきていたことは認識している。せっかくなので話をするのに利用させてもらうことにした訳だけれども。腕の中でぷるぷる震えるウサギさんのことを思うと、魔法を使って派手にやらなくてよかったと思う。そんなに怖かっただろうか? うさみはちょっとかわいそうになってきたが、心を鬼にしてそれはひとまず置いておく。さっさとやっつけてしまわないと面倒が増えるし手に負えなくなってしまうだろうから。
「狼と戦うために力を貸してくれってことだったけれど、人の街とも戦争になりそうになっていたから和解案を作ってきたんだ」
ニンジン群生地とウサギさんたちが認識している場所は農家の皆さんの大事な畑である。それを襲ってニンジンをとっていくのだから、つまりウサギさんは害獣だ。害獣死すべし。農家の皆さんはそう言うだろう、絶対だ。うさみのおじいちゃんだって、畑を野生動物に荒らされたらそう言うだろう。口だけでなく対策もする。絶対だ。うさみだって、畑の隅っこを使わせてもらってお芋を育てたとき、荒らされたことがあるので気持ちがわかるのだ。あの時食べたぼたん鍋は形容しがたい味だった。
現実世界でウサギさんを食べたことはないけれど、ゲーム内で普通に食べられているのは確認しているし実際に食べた。おいしかった。スターティアの街と対立すれば、ニンジンの代わりにウサギさんが市場に並ぶことになるだろう。ウサギさんは確かに強くなったけれど、レベルが高くても挙動が大差ないなら対応できる。死んでも生き返る集団相手では分が悪い。序盤は押し込めるがそのうち逆転され、最終的には駆逐されるというのがうさみの評価である。仮にスターティアの街を滅ぼしたとしても、だ。
「和解案ぴょん? 囮部隊からはニンゲンは手玉にとれる問題ないと報告を受けているぴょん?」
うさみがわかる言葉を喋ることができるぴょん五郎が代表して口を開く。囮部隊というのは要するにうさみが見かけた、プレイヤーたちの耳目を集めて撃退していた集団である。目立って敵を集め、そこを伏兵が奇襲で一撃離脱。うさみが教えた基本的な戦術であるが、実際に行うのはなかなか難しい。今回これが成立したのはウサギの特性とレベル差のおかげだろう。逃げ隠れが水準以上なら攻撃が身体能力任せでもなんとかなる。
「ええと、簡単に言うと、ニンゲンの街と敵対すると、わたしみたいな人がいっぱい出てくるけど、それでも大丈夫?」
「えっ! ぴょん」
ウサギさんたちが固まった。
うさみは抱っこしている子たちのおなかをもみゅもみゅして、続ける。
「狼とはすでに敵対しているでしょ? だから、いまからニンゲンと組んで狼と戦うか、あるいはニンゲンと狼と同時に戦うかを選んでほしいんだけど」
ざわり。
固まっていたウサギさんたちの間で空気が動く。まじかよどうしようこわいたべられるのみたいな雰囲気だろうとうさみは思うけれど確信はない。やっぱり動物の言葉がわかる指輪もらっておいたらよかったねえ。
しかしそれはわずかな時間であった。
ウーサー三世陛下が跳ねたのである。ふよん。
それを見て気を取り直したぴょん五郎が代弁する。
「わ、和解案というのを聞かせてほしいとの仰せだぴょん」
うさみは頷いた。
うさみの提案をまとめると、ニンゲン(プレイヤー)はニンジンを供給し、地下帝国パラウサはニンジン畑を襲撃しない、また、クラスとスキル経験値を提供するというものである。
この取引、†バーニング娘†他数名のプレイヤーとの意見交換によって、プレイヤー視点ではありかも、という判断をもらっている。うさみの報告内容が再現性があるならば、という但し書きがつくが。
つまり、ウサギさんに攻撃されなくなるなんらかの方法が確立されればということだ。
うさみは地下帝国パラウサ以降、フィールドや迷いの森に生息するウサギモンスターが攻撃してこなくなっている。また、平和的にコミュニケーションを取れている。
これがうさみ限定であった場合、この提案は通らない。うさみを介さないと取引ができないからだ。
しかし、そうではないだろうという意見で一致した。
ウサギというクラスがあって、地下帝国パラウサという組織があって、敵対する組織あるいは集団があって、人語を介するウサギさんがいて、とここまで来るとプレイヤーが関与する余地があるイベントが用意されていることは容易に想像できるから、というのがゲーム慣れしている皆さんの見解であった。
狼とウサギさんとの戦いを背景に。
ウサギさんに味方して一緒に戦うイベントか。
狼側とウサギさん側に分かれて戦うプレイヤー同士で戦うイベント。
もしくは第三の選択肢によってうまいこと戦いを収めるシナリオがあるのかもしれない。
いずれにしても地下帝国パラウサとプレイヤーが連携するシーンはありうるのだと。
そしてこのゲームの自由度と、うさみの行動で物凄くパワーアップしたウサギさんたちという実例から見て状況は柔軟に変化するらしいことを鑑みるに、この取引はゲームの背景やシナリオ、そして進行を担当している運営の想定の範囲内に収まるのでは、ということだ。
いわゆるメタな思考であり、うさみにはなかった思考であったがそういわれるとそうかもしれないと思わされ、自身の提案であるスターティア=パラウサ同盟構想を推していくことを決めたのである。
その結果。
ウーサー三世陛下はじめウサギさんたちの同意を勝ち取り(事前に脅かしたのが決めてであった)。
そして、うさみの目の前が真っ暗になった。




