困惑のまねじめんと その2
進み出たウサギの数は5。
彼らは半包囲の形に展開するように、跳ね出した。
仕掛けるのは1、2、2に分かれての波状攻撃。横に展開することで自然にできるわずかな時間差を利用するものである。
最初に正面から仕掛け対応を強要し、次手で追いこみ、最終手でとどめという三段構えという目論見だ。
相手がどちらに避けても、あるいは正面から受けて立ったとしても次々と連なる追撃に対応しきることは至難である。なぜならば、ウサギたちの身体能力はレベル相応に高まっているのである。角もなく魔法も持たないけれど、優れた身体能力から放たれる体当たりや強靭な脚力による蹴撃、さらには鋭い前歯による噛みつきはどれも侮れないダメージを与えることだろう。草食動物だからといって馬鹿にできない戦力はあるのだ。
そんなウサギの突撃に対し、相手はかわそうというそぶりを見せない。
それどころか首をかしげた恰好のまま固まっていた。
殺った。
先頭のウサギはそう思い――真上に打ち上げられた。
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うさみは跳び込んできた先頭のウサギの身体の下に足を差し入れるとそっとその運動エネルギーを吸収しつつも利用して上へ向けて跳ね上げた。
とかくと小難しく見えるが要はサッカーボールのトラッピングと同じノリであり、うさみはリフティングを百回以上続けられる系の学生をやっていた過去がある。さらに現在満月の翌日の夜という悪くない時間的要因、HPはもちろん1で、相手のレベルは77も上であり条件だけ見ると極めて危地であり、もともと能力値補正の鍛錬スキルで鍛え上げられた高い能力値が3~4倍に膨れ上がっている今のうさみの身体能力ならボール、ではなくウサギさんに負担をかけずにそれをなすことも造作もなかった。
当然左右から同時にやってきた二羽に対して手を使って同様の事を行うのも簡単なことであった。これはバレーの片手レシーブの要領だ。両手と比べると難易度高いけれども現実世界よりも能力が高いのだ。思った通り、いやそれ以上にうまく体が動く。
そして片足と両手を使って軸足しか残っていない状態でやってくる第三波であるが。
うさみがその場で片足のままくるりと回転し、止まった時には両手にウサギさんが抱っこされていた。
もふもふ。
波状攻撃をはじめとする一度の投射戦力を分散させる戦術は、敵方に十分な対応能力があった場合、各個撃破されてしまう危険がある。戦力は集中して運用するのが基本であり、時間差攻撃ではなく同時攻撃を行っていればこんな結果にはならなかったかもしれない。つまり一歩くらい動かせたかもしれないという意味であるが。
「それで、決闘って何するの? 決闘っていうからには何かを決めるんだよね?」
抱っこした二羽のウサギさんのお腹をもにゅもにゅしながらウサギが言う。
他方、打ち上げられた三羽であるが空中に留め置かれていた。いや、正確には物凄くゆっくりと高度が下がっているのだが。
これはバニさんから聞いて作ったよくある魔法シリーズの一つ、【落下制御(仮)】の魔法である。その効果は落下速度を緩やかにして高所からの落下を安全にするというもので、もちろんうさみによって三羽に対し使用されたものである。緊急用の魔法ということもあり、うさみのスキルにかかればわざわざ口に出さなくとも使うことができるのである。なお別に緊急用で無くてもよほど予備動作、詠唱時間が必要なものでなければ即時かつ功労による宣言がなくても使えるのだけれど。
「西部劇みたいな早撃ちとか? でもてっぽーがないか」
うさみとしては決闘というと西部劇映画を思いだす。他には歴史の授業できいた決闘裁判とか。ちなみに日本の法律では決闘は犯罪ですとか。
空中の三羽はバタバタ動いているが特に落下速度に変化はない。うさみの腕の中の二羽はもにゅもにゅされるがままになっている。もにゅもにゅ。
「負けたら死ぬのかな? わたしは死んでも生き返るけど、ウサギさんは死んだらどうなるの?」
そういえば、とスターティアの街でウサギ肉の串焼きなど売っていたことを思いだすうさみ。
――余談であるが、ウサギを数えるのに使う助数詞は『羽』が使われることが多い。
これは過去の文化に由来するもので、詳しいことは古代からの食文化史など調べてみると知ることができるのだが、物凄くざっくりいうと、『四足の獣肉は食べたらダメです。ただし鳥ならおっけい。』という文化がかつてあり、ウサギは鳥扱いで食べてもおっけいだった、という話が諸説ある中でもわりと有力な説である。ウサギが鳥とかちょっと無理がないかと思う人もいるだろうが事実である。
という話をうさみは知っていた。
そしてうさみは、ウサギさんを『羽』で数えていた。
「丸焼きと串焼きってどっちが」
料理として簡単なのかなあ、丸焼きってなんだかんだ難しそうだよね、焼け具合とか。串焼きはお肉解体するところからだよね大変そう。なんてことを最後まで言う前に。
びくぅっ!
っと手の中のウサギさんと、空中のウサギさんと、あと様子をうかがっていた他のウサギさんたち(るな子やウーサー陛下、ぴょん五郎も含む)が固まって。
そのあとぷるぷると震え出した。
「えっと、それで決闘どうするの?」
「や、やんちゃした連中はよく叱っておくので許してやってほしいぴょん」
こうしてちょっと張り切っちゃったウサギさんとうさみの決闘は未遂で終わったのだった。ということになった。




