困惑のあるけみ・まじかる その8
『――創造の神様は生み出した世界を見回して、このものらを何と呼ぼうかと考えました。そこで言葉の神様を呼び出し、このものらに名前を付けるようにと命じます。そして言葉の神様は世界にあるものに名前を付ける旅に出ることになりました――』
『――旅に出た言葉の神様は早速名前を付けます。今降り立ったこれは大地。上にある青いものは空。歩きだして出会った動くものを動物とよび、大地に根差して動かないものを植物と。そしてさっきの動物より大きい動物に出会い、大きい動物。さっきの植物より細い植物に出会い、細い植物。こんな調子でどんどん名付けていきました。そして“大きく細く長い動物よりも短く、小さく細く短い動物よりも太く、とても臭く鋭い動物より爽やかな動物”を名付けてから考えます。これはもしかするとややこしい上、解りにくいのでは――』
『――これは薬効があるので薬草――』
『――これはよくわからないのでカンガルー――』
『――これは“薬草よりも傷が治らないが毒にも効く薬草”おや、またわかりにくくなって来たのでは――』
『――こうして長い旅の末、言葉の神様はすべてのものに名を付けて帰りました。そこで創造の神様は言います。新しいものが生まれているのでそれらにも名前を付けてくれ――』
『――言葉の神様は想像の神様に言います。キリがないので世界の中のものに言葉を与え、名づけをさせましょう。適当なものが世界の中に居りました。こうしてヒトには言葉が与えられ、名づけの権能を分け与えられることになりました――』
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「神話ですわね。錬金術師ですのに、神学にも通じてますの?」
「日曜礼拝くらいは顔を出していますですよ。……時間があったら」
話しているうちに、この手の話、世界の背景設定や裏話が好きなバニさんが寄ってきたので全員揃っている。一緒に居るのにバラバラなことをするモードは早々に終わったのである。
「創世記っていうとこれかな」
一方うさみは新品の本を取りだして開く。先ほど神殿に寄ってちょっと司祭になった時にもらった支給品であり、神話が書かれた本である。
「結構フリーダムだわね、神様」
「なんというか、やんちゃですわね」
「人間が下請けの下請けになってるねえ。言葉の神様は中間管理職?」
創造の神様がトップで言葉の神様がその部下のようだ。言葉の神様が名前を付けることでそれらを司る神様が現れたりもしている。
神様がやんちゃなのは現実世界の神話でもよくあるのでらしいといえばらしいが、世知辛い風に例えられたらちょっと哀愁。
「それで、これが?」
「重要なのは言葉の神様の名付けの試行錯誤のところです。最初に戻るですけど、この薬草はどう見えるです?」
改めてメリーの手の中の薬草を見比べる。
「こっちの方が大きいですわね」
「魔力は逆の方が強いかな。品質も」
「匂いは……区別がつかないわね」
「味も見てみよう」
「ひゃあ! 舐めないでくださいです!?」
薬草を検分するが、うさみたちには決定的な差異はないようにも思えた。ちょっとしょっぱかった。
「え、えーと普通の【鑑定】ですと品質値しか見えないそうですけど、【錬金術師の見識】と合わせるとアイテムを構成する特性が見えるようになるのです。右は【HP回復・微】【大きい】左は【HP回復・微】【品質+・小】というものなのですね。総合的な品質は左の方が高いのですが、右は【大きい】ので二個分の材料として使えるです」
「「「ほうほう」」」
三人して【鑑定】してみるが特性とやらはわからない。なので尋ねる。
「【錬金術師の見識】はどうやれば得られますの?」
「錬金術師がレベル15になれば覚えられるです。クラスをつけて調合や採取を繰り返すですよ。これを覚えれば錬金術初心者を卒業です……と覚書に書いてあったです」
さらに説明が続く。
この特性というのは錬金術でものを生産する際に引き継がせることができるという。もちろん、特性を認識していなければできないのだが。
「たとえば【大きい】布で鞄を作ると【大きい】鞄になるですよ」
「いやまあそれはそうだろうけど」
それは材料が大きければ大きく作れるだろう。とうさみは思ったがそういうわけではないらしい。
「例えが悪かったです。【かわいい】薬草をつかえば【かわいい】ポーションができるのです」
「かわいいポーション?」
「瓶の形が小動物とかでしょうか?」
うさみはちょっと想像してみた。かわいいかも。でもそういうわけではないという。見た目同じだけれど、かわいいのだそうだ。なにそれ。
「ここで言葉の神様の所業を思いだすのです。試行錯誤の結果として世界に様々な形容詞をばらまいたわけですが、これによって世界のものは特性を得たのである、というのがある派閥の主張だそうです。まあ小難しいことは置いておいても、なんであれ神様の御業ですから、そこに力があると」
「そしてそれを引き継がせられると」
「です。そこには錬金術なりのルールがありますが、例えば水に強い素材や水中活動する生物の素材があれば」
「相応しい特性を集めて水着がつくれるわけね」
「おおー!」
盛り上がる一同。というかうさみ。化学繊維がなくたって大丈夫。魔法も錬金術もあるのである。未来は明るい。いざ海遊び!
「ところでそう聞いていますと、他の生産スキルより錬金術が上位にあるように思えるのですが」
「いえ、必ずしもそういうわけでもないのですよ。錬金術にも制限が多いですし、他の技術の知見が必要なことも多々あるのです。それに素材の特性を生かす、というのは他の生産技術でもやっていることですし」
硬い金属で武具を作るとか、伸縮性のある布を作って服を作るとか、そういったことらしい。素材からこだわって食事を作るために畑から手を入れるなどもである。錬金術を他の技術に応用する場合は、そうした手間を部分的に緩和するという要素が大きいのだそうだ。
「というわけなので、錬金術で水中活動用の衣装は生産できるですよ。りろんてきには」
「り、理論的には?」
「メリーさん針子さんの修行はしていないのです」
思わぬ陥穽にうさみは鎮静化してしまうのであった。




