困惑のらびっとすくらんぶる その8
「そこで提案である! 地下帝国パラウサと取引を行うのだ! ニンジンを売りつけ十分な量を供給してやれば畑が荒らされることはなくなるだろう!」
そんなことを言いだしたウサギさん仮面への反応は大きく三つに分けられた。
一番多いのは困惑。
何言ってんだこいつ。
消極的な否定から純粋な混乱まで内訳は様々だが、この反応をしたものはとりあえず置いておかれる。具体的に動きださないからだ。状況が動けば別の反応に合流するものもいるだろうが、ひとまず様子見である。
「できるわけねーじゃん馬鹿じゃねーの」
一番声が大きいのが否定。
まず否定から入る人、なかでも口に出す人は大体声が大きいもので、ついでに言えば口が悪いものも多い。今回も多分にもれずそういった人物が声を上げた。
「なにをー! 馬鹿といったものが馬鹿なのだぞ!」
ウサギさん仮面が頬を膨らませて言い返す。実際には仮面のせいで頬は見えないが、大げさなまでの身振りがそんな表情を容易に連想させた。
「ゲームのモンスター相手に取引できるわけねーじゃん。それに地下帝国パラウサ? ってのもあんたが言ってるだけだろ。存在してるかも怪しいぜ! 公式のアナウンスもないしよ! っていうかまずあんたの恰好が怪しい」
「いや、そう簡単に否定するのはどうかと思うな。恰好が怪しいのはともかく、まだ全部話してないだろ彼女」
「そうだよ! なんであれウサギさんと仲良くできる可能性があるなら試すべき!」
最後に肯定的な反応だ。
ウサギさん仮面が一番求めている反応である。
ウサギさん仮面が現れた状況や言動からして、尋常でない何かを感じ取った者や、単にウサギさんが好きな者、あとウサギさん好きな兎人族達などがその中にいる。
ウサギさん仮面の言葉を否定する前にとりあえず聞いてみようという気を起こしたものたち。
「怪しい怪しい言わないでいただきたい! この格好はやむを得ない事情があるのだ! ウサギのクラスになるとうさ耳が生えて基本装備がバニーさんになってしまう故なあ……」
「「「ウサギのクラス!?」」」
追加される爆弾への反応は大きかった。
未発見のクラスに関する言及だ。未だ掲示板等でも情報公開どころか発見報告もされていない情報である。
「地下帝国パラウサで教えてもらえるクラスである! ゲーム内で一週間ほど経過した頃にクラスチェンジした! ウサギさんと懇意にした結果である!」
ざわり。
ゲーム内で一週間というと、突然兎人族が追加された時期と一致するのはここに居るメンバーのうちそれなりの割合が知っていた。
特に兎人族のプレイヤーの中には、種族が追加されたのちにキャラを作りなおしたものもいた。
「じゃ、じゃああなたは兎人族ではない?」
「うむ、我はエルフである! ウサギにクラスチェンジするとリアルうさ耳が生えてくるのだ!」
次々に明かされる新事実に困惑が加速し驚愕に包まれ、そして不審も育つ。
「そんなんあんたが言ってるだけじゃねーか」
「ちょっとあんた黙ってな。本当かデマかは実際に見ればわかるんだからこの際関係ないだろ」
「そうですわね、この場合、言っていることは事実だとして、この方の提案が妥当かどうかが、」
「ちなみにウサギ専用スキルの中に、いったことがあるお地蔵様にワープするスキルがあるぞ」
「なん!」「です!」「とー!」
誰かのセリフの陰でウサギさん仮面がぼそりとつぶやいた言葉。
つぶやきであっても空間全体に響いているので気持ち悪いくらいはっきり聞き取れるその言葉に、今までになく大きな反応が返る。
このゲーム、世界の広さに対して移動手段がなかなかに渋い。
プレイヤーの移動手段は基本的に歩行である。そして例えば隣り町までの距離は長い。数時間の範疇で到着できることを考えると近いのかもしれないが、実際に単純な移動にそんなに時間をかけていると存分に遊べないというか、ゲームは余暇でやるものであって、そんな移動だけに何時間もかけていられないというか。
歩行以外の移動手段としては馬などの騎乗動物や馬車などが一般的だが、それらを利用してもやはりそれなりに時間はかかるし利用するのにスキルは必要だしお金もかかる。
魔法によって高速移動やワープができるようになる可能性は予想されているが未だ発見されたという情報はでてきていない。
あえて言うならこの日の朝に誰かさんがドラゴンに乗って移動していたとかそのくらいだ。あれは遠目に見ても相当な速度であったことがわかっている。
他にも移動問題に対してゲームシステムからの補助はあるのだが、結構なお金がかかるのだ。
さらに、持ち運べる物資の制限があることが不便さを後押しする。
見た目よりたくさんのものが入る魔法の鞄と呼ばれるアイテムはあるが、それらをつかってもある程度限界はある。
例えば拠点から離れた場所に出現するモンスターから取れる素材を集めたい場合。えっちらおっちらモンスターを倒しに行って素材を獲得し、来た道を帰って拠点に戻るという流れである。往復の移動だけで何時間もかかる。持てるだけ持って帰るとしても限りはあるので滞在時間は限られる。何度も繰り返すことで補完するにも、やはり移動時間が足を引っ張る。
さらに単独ではなくパーティを組んでいるなら、全員がまとまった時間を確保するためにスケジュール調整も必要だったりして機会そのものも減ってしまう。移動時間は“重い”のだ。
そんな現状、お地蔵様間をワープで移動できるスキルの登場はまさに待ち望まれていた。
お地蔵様は多くのフィールドに配置されており、死んだ際に戻るセーブポイントとしての機能がある。アイテムの補給等はできないにしても、遠出の際は目的地に近づくたびにセーブ場所を更新し、事故を回避するのがセオリーだ。何人かで移動していて不慮の事故で一人死んでリアル数日分の移動をパーにする、なんてことを避けるためだ。逆にうっかり自身の適正レベル以上の場所でセーブしてしまい拠点に帰れなくなるドジっ子も稀に居るのだが。
ともあれ、そんなセオリーが必要なくなるほどのパラダイムシフトを引き起こす、待望のワープ移動スキルを示唆されたのである。




