困惑のらびっとすくらんぶる その4
「あっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
「バニさん痛い! キャラ壊れてるよバニさん! 痛い痛い!」
うさみの話を聞いたバニさんは爆笑した。
それはもうお嬢っぽいキャラ付けがどこかに飛んでいったくらいの爆笑ぶりである。
ちなみに、うさみが痛がっているのは飛んでいったキャラ付けではなく、バニさんに背中をぺちぺち叩かれているからだ。うさみは田舎のおばちゃんを思いだしたがそれを口に出すのはやめておいた。自重ができる子なのである。
「あー、おかしい。いえ、ごめんあそばせ。つい。それで、地下帝国パラウサとしてはこれからどうされますの?」
「どうって?」
目じりの涙をぬぐいながらバニさんが尋ねる。が、うさみは何を訊かれているのかわからなかった。ことにした。目をそらしているので間違いない。
「でしたら、そうですわね。訓練に励んでいるウサギさんたちがニンジン畑を襲撃してきたのはなぜですの?」
「走ったからお腹が空いたんじゃないかなあ。そうじゃなかったら日課とか……」
ご飯のことは棚上げしてきたのでうさみはノータッチである。ということはいつも通りの調達が行われるわけであり、いつも通りでなかったのは囮作戦が実行され有効に働いたことである。それから、
「いまの【いたずらウサギ】たち、通常1~5くらいのはずのレベルが40以上の群れだったのですがどう思います?」
「え、見てなかったけど、そうなんだ。走っただけでレベルが上がるんだねえ、すごいねえ」
【いたずらウサギ】は最弱級の敵として三指に入る実力者である。要するにごく初心者向けの敵であり、そんないたずらウサギが出現するスターティア南平原は初心者向けの訓練場として認識されている。
一方レベル40以上というと、迷いの森の昼に出現する敵に匹敵するレベルである。
つまり街から出てすぐの場所に現在最前線組も攻略しきれていないエリアの敵が出現するということで、要するに人類ピンチ。
「高レベルの敵が徘徊するのは、街の方々にとっては一大事ですわね。初心者の方にとっても。普通の」
初心者といわれてうさみが自分のことかと反応したが普通のと強調されたので引っこんだ。
例えば畑が街の外にあるということは農家の皆さんは街の外で活動するのだ。そこにどうあがいてもかなわない敵性の存在がうろついていたらどうなるか。どうしようもない。すると、まあその、街が飢えることになるだろう。食糧を生産できなくなる。
輸入しようにも同じ問題が立ちはだかる。輸送するには街の外に出る必要があるのである。
「というわけで、街側はウサギさん討伐に注力することになりますわ。するとプレイヤーにもその仕事は回ってきます。プレイヤーVSウサギさん帝国。全面戦争ですわ」
「ぜんめんせんそう」
「おおっと、そこにウサギさん帝国の本来の敵であるわんこ共和国が!」
「わんこが!」
なんだかノリがおかしくなってきたが、まあここまで言われなくてもうさみも本当はわかっている。
敵は狼であるのに人間を敵に回すのは不利なのだ。二正面作戦だ。
大体ニンジンとかやっぱり人間が栽培してたのだ。群生地じゃなかった。
べつにウサギさんはニンジンしか食べられないわけではないしわりといろいろ食べられる。るな子と同じなら。なのでニンジンにこだわる必要はないのだが。
ウサギさん視点で考えても不利なのに、うさみはべつにウサギさんではないというか、成り行きで関わっているが認識的には他人である。エルフだし。同様に人間側に肩入れする理由も特に無いのだが。……水着とか?
そんな具合で立場があいまいなのでこの状況はあまり歓迎できない。どっちに転んでも後味が悪そうである。
それに唯一はっきりしている、狼の勢力が弱体化する分には構わない、という立場があるが、漁夫の利で拡大するんじゃないかなこれ。だめじゃん。
というわけで。うさみはどうにかウサギさんと人間との対立を回避するほうが都合がいいのである。わかってる。
「わんこの伸長は看過できぬ」
「本当に犬苦手ですのね」
バニさんは犬とか好きなほうなのでちょっと残念である。ただし迷いの森の入り口の氷狼は倒す。あれはやらねばならぬ。
「で、地下帝国パラウサとしてはどうしますの?」
「どうっていわれても」
一周回って帰ってきたが、なぜ地下帝国パラウサの意向をうさみに訊くのか。
「ウサギさん側への窓口が他にありませんものねえ。というより、うさみの言うことなら聞くでしょう。制御できるかどうかはともかく。人間側は冒険者ギルドを通せばある程度はコントロール可能ですわね」
「むう」
つまり、うさみが動かなければウサギさんとスターティアの街の衝突は避けられないということだ。うさみ以外に地下帝国パラウサと接触している者がいるという話はないとバニさんは言う。うさみ同様に情報を公開していないだけかもしれないが、うさみとしても地下帝国パラウサで他のプレイヤーと会っていないので、他の人がなんとかしてくれる可能性にかけるというのは選択肢としてありえない。
では仲介して誰かに任せるというのはどうだろうか。あのウサギさんたちがうさみ以外の人の言うことを聞くだろうか? ぽっと出の人間が何か言っても聞きやしないだろう。うさみに助けを求めてきたのは以前の件と、るな子、そして星光竜と一応とはいえ対等な関係を持つという実績あってこそである。
やはり、うさみが直接関わらなければまとまる話もまとまるまい。
「しょうがないなあ」
うさみはいくらか骨を折ることを決めた。そうでないと後味が悪そうだからだ。もうどうしようもなくなったら放り投げて逃げてしまってもいいが、できればうまいことまとめたい。無責任なようだがこのあたりが本音である。
とはいえ。
「でもこれ、どうまとめたらいいの」
早速つまづいたのだった。
いやだってもうね。ニンジン畑がね。どうしよう。




