困惑のさいとしーいんぐ その11
「うーん。うーん……」
うさみは腕を組んで考えていた。
魔法を作るっていってもなあ。どんなのがいいかなあ。
特に指針がないもので思いつかない。
今までは星光竜さんを抜くという目的のために無い知恵絞って考えてやってきたわけだけれども。
今の目的は海で泳ごうってくらいなので別に新しい魔法とか要らないよね。
「無理ならいいですよ?」
エイプリルが気づかうように言ってくれるが無理なわけじゃないのだ。魔法を作るだけなら、至極簡単なのである。
「ちょっと思いつかなくって。どんなのがいい?」
必要は発明の母というけれど、不足を感じなければ新しいものを思いつけといわれても難しいのである。
なのでうさみは逆に尋ねた。
「どんなの、といわれましても」
「そうですわねえ。HPを増減する魔法はどうでしょう。回復と能動的に自身のHPを減らす手段ですわね」
エイプリルは問い返されて困ってしまって小首をかしげたが、その横からバニさんが口を出す。
「うさみは自分のHPを任意に管理できると便利だと思いますの。HP低い方が強化されるでしょう? でも少なすぎると事故がありますから」
「あー。そういえばヒール?してもらったら能力が減ったねえ」
能力が減ったときは体が重く感じたものだ。
逆説的に自分でHPを減らせれば能力を増やせるだろう。星光竜さんと全力でやり合った際の全能感はなかなか味わえないものだった。
「回復魔法は神殿で購入できますから、今回は適当ではないでしょうし、HPを減らす手段を用意するのはどうです?」
神殿で回復魔法が買えるという新しい情報が出たのはともかく、一理ある。うさみはそう思い、既存のものから参考になりそうなものはないかと記憶を探る。うーん、これ使えなかったやつだけど今ならどうだろう。
「それじゃあ、前作った奴だけど」
安全のため二人から離れ、
「【微塵跳び】!」
うさみが魔法を宣言すると、轟音が響いた。
「ひゃあ!」
「きゃあ!」
二人は思わず身をすくめ目を閉じる。
そして轟音の余韻でぐわんぐわんする中、目を開けると。
うさみがいなかった。
「う、うさみさん?」
「どこへ?」
室内を見回してもうさみの姿はない。それなりに広いとはいえ、障害物もないので見えなくなるようなことはないはずなのだが、いやもしかしてそういう魔法? でも跳びって。あ、ということは?
「いたい」
降ってくる声に、バニさんとエイプリルは上を見上げた。
すると天井からエプロンドレスと足が生えていた。中身、奥の方はなぜか見えない。システムの配慮であろうか。
「あああああああああ天井が!」
うさみが天井に突き刺さっていたのである。ギャグ漫画か。
「あ、HP五十くらい減ってる」
天井から降ってくる声からしてうさみがHPの確認をしたのだろう。
千以上ある中の五十ほどということは五パーセント弱減った計算になる。
「それって一部は天井に突っ込んだ時のダメージでは?」
「あー」
修理費がーと頭を抱えるエイプリルをわき目にツッコミを入れるバニさん。
つまりうさみは先ほどの魔法でドカンと一発天井に突っ込むような跳躍を行ったのであった。
轟音と共に大ジャンプを行い一見姿を消したように見えるという荒業だ。
「これ作った時に使ったら死んだから、ちょっとはHP減ってるはずなんだよ」
天井から生えた足が振り回されるとゴガっとなにかが壊れるような音がしてうさみが落ちてきた。エイプリルが「あ」に濁点を付けて叫ぶ。
十メートルほどのの高さからくるんと一回転しながら落ちてきたうさみは着地できれいに衝撃を吸収しピタリと止まって見せる。じゅってんれい。
「おおー」
バニさんが拍手を送る。エイプリルは天井の穴を凝視して口をパクパクさせていた。
「これねえ、微塵隠れって知ってる? 忍者の術なんだけど火薬でドーンって目を引きつけてる間に隠れるやつなんだけど、それを参考にして爆発の威力で移動しようとしたんだけど使ったら死んだからお蔵入りにしてたんだ」
「まさかうさみがニンジャだったとは、見抜けませんでしたわ、このバーニング娘の目をもってしても!」
「忍者じゃないよ?」
しかし一瞬で上空十メートルほどの高さの天井に突っ込んだ威力と速度は評価に値するとして、これだけの速度で吹っ飛んでいたら死ななくても狭いところでは使えないだろうしどちらにしてもこのままでは使えないのではなかろうか。
さらにいうなら、五パーセントもHPが減らないとなるとこれを何度も使う必要があるのでそれはどうなのできないことはないけれどうるさいし。
あと痛いのはなんとかならないかな。
青くなっているエイプリルをよそ目に二人の談議が進む。
「それこそ自分に攻撃魔法使う方が手っ取り早いでしょうし。ただその場合もっと痛いですけれど」
「え、これより痛いのはいやだなあ」
“痛み”は最大HPに対する減少したHPの割合によって強さが決まるので、一度に大きなダメージを受けるとめっちゃ痛いのですわと告げるバニさんにうさみはしり込みする。痛いのは好きではないのだ。
ではどうしましょう。
「一度に大きく減るのではなくじりじりと減るようなのはどうでしょうね。例えば、魔法都市にあった文献にわたくしがまだ扱えない高位の火魔法に生命力を燃やして燃え尽きるまで能力を倍化する魔法があるらしいのですが」
「せいめいりょくをもやす?」
生命力なるものにはあまり馴染みがない、というと違う意味に聞こえるかもしれないが。HPというものを認識したのが今日であり、その増減をまだあまり意識ができない。むしろ魔力の方が扱いに慣れているかもしれない。なので生命力といわれてもピンと来ないので、ちょっと視点を変えてみよう。
うさみはしばし考え、
「うーん、火事場の馬鹿力的な? リミッターを解除みたいなイメージ?」
「なかなか燃える語彙ですわね。そういう解釈かもしれません。ただ、魔法ですしあるいはもっとファンタジックな方向性かもしれませんが」
「えっと、魔法も結構、学校で習った物理法則応用できるんだ。もちろん完全に同じじゃないんだけど。例えば、電撃の魔法に対して避雷針用意してもそっちに逸れなかったり」
星光竜の電撃魔法に対して導体による防御を試みたが容赦なくうさみ本人が撃ち抜かれた。もしかすると知識不足によって対策が正しくなかったのかもしれないけれど。
「だから曖昧な部分はあるけど、現実世界の知識をもとにした魔法を考えるの、多分それなりに有用だと思う。ちょっとやってみようか」
そしてうさみは火の球体を生み出すと周りを跳び回らせつつ、うーんと考え始めた。
バニさんはそれを見て真似をできないかと魔力の操作を試み、エイプリルは天井を見てはうさみをすごい目で見つめ、そしてまた天井を見てを繰り返していたのであった。




