困惑のさいとしーいんぐ その9
「ねえ、なんであんな無茶苦茶強気な交渉が通ったの?」
冒険者ギルド内訓練スペースプライベートエリアにて、準備運動をしながらうさみが尋ねる。
冒険者ギルド内訓練スペースというのは大雑把に言えば床が地面の体育館だ。壁には倉庫への扉があり、その上に武器とか更衣室とかプレートが張ってある。
おかしなことに、冒険者ギルドの建物の大きさを考えると明らかに大きすぎるし、こことは別に共有の部屋があるらしいので空間的につじつまが合わないのだが、この世界はゲームのなかであることだし、うさみのリュックのこともある。狭いスペースを拡大する魔法か何かの技術が存在して、利用されているのだろうなあ。
という風に納得しながら。
「それはもちろん、こちらが、というか、うさみの立場が圧倒的に上だからですわ」
「ふへ?」
ちょうど体を曲げていたので、うさみは変な声を出してしまった。
うさみの立場が上というのはどういうことだろう。
第三者的に見てうさみの能力が相当高いであろうことはわかる。いままでの星光竜に対する反応から、類推できる。
しかし、別に能力イコール勢力というわけではないし、うさみ本人としては人の視線にビビる程度の存在でしかないとも理解しているので、バニさんの言うことがよくわからない。
どういうこと?
「まず、星光竜が物凄く強い、気まぐれひとつでこの街を一蹴可能で場合によっては実行しかねない相手である、ということは」
「えっと、うん、わかる」
星光竜は強い。うさみが見た範囲では、この街に居る戦力では手も足も出ないと思う。
少なくとも咆哮一発で瓦解する程度の人間が何人いても、なにもできないだろう。
速いし空も飛ぶし、なにより容赦なく殺してくる。もしかすると四桁越えてるかもしれない回数殺されているうさみが言うのだから確かである。
「その星光竜に対抗しうる、今のところ唯一の存在がうさみなのですわ」
「え? いや、無理だよ?」
「いえ、実情はともかく実績として一度追い返したでしょう?」
「ええ? いやまあ、でも、えええええええ?」
あれは水着のためであって、星光竜が本気でやると決めたとするとうさみは止められる気がしないのだが。
そもそも戦いとかわからないしやったことがないし、仮に戦うにしても攻撃が通じるイメージが全くわかない。
「まあうさみの話を聞けば、戦力としては数えにくいというのはわかります。が、会話が通じる相手だということは確かでしょう。何といってもドラゴンが背に乗るのを許したのですから」
「背中に乗るのって意味があるの?」
「ドラゴンは自身が認めた相手しか背中に乗せないそうですわ。そもそも会話すら。ここから先はこのゲーム内に限らないイメージですけれど、気位が高く、それに見合った実力もあるので他の存在が塵芥に見える、みたいな感じなのでは?」
「つまり、ええとちょっと待って」
うさみはメニューを開いて称号リストを開いた。さっき見た中にそれっぽいのがあったのだ。
「……【星光竜の好敵手】っていう称号がある」
「ビンゴ」
語尾に音符マークがつきそうなほどはずんだ声でバニさんは言った。楽しそうだなあ。
「で、それだけですと、うさみを拘束するとかそういった方向に行ってもおかしくないのですけれど」
「なにそれ」
「何らかの手段でうさみを戦力として組み込み、星光竜に対抗するのと同時に自分たちの組織を優位にしようという政治的な動きが出る可能性ですわね」
うさみに言うことを聞かせられるなら、それは強力なカードになる。強力な外敵への唯一の対抗手段であり、その戦力を利用できるなら人間の間の争いでも有利になるだろう。直接的にも間接的にも利用しようと思えばいくらでも利用できる。
「NPCはNPCで社会を構成しているようですから、そういうこともあるようですわ」
「社会ってめんどくさい……! でもそれだったら冒険者ギルドにぶっちゃけたのってまずかったんじゃ?」
「そこはそれ、うさみがプレイヤーであるということを盾にできるのです」
プレイヤー、異界のマレビトを本当の意味で拘束することは不可能である、という認識がNPCの間にはあるという。
なぜならば、プレイヤーは常時ゲームをプレイしているわけではなく、この世界には断続的にしか存在していないからだ。また、ゲームをやめるという最後の手もある。
NPCの視点からすると、現れたり現れなかったり突然いなくなり二度と見られなくなったりする、ついでに言えば殺しても復活するという存在だ。
永遠に排除するということはできる。二度とこの世界に来たくなくなるようにすればよい。
しかし思うように操ろうとするとこれは難しい。少なくとも何かを強要することは至難である。
むしろ好意的な関係を築き、メリットを提示してお願いするのが一番成功率が高いだろう。
「というわけで、冒険者ギルドが中心となって各組織と提携し、プレイヤーの大部分を管理できるよう体制を整えた上で、抜け駆けがないよう評議会に各種職業ギルド、自警軍などの組織が相互に目を光らせている状態なのが今のスターティアなのです。例外は中立の神殿と超時空企業体くらいですわね」
「ちょ、ちょうじくうきぎょうたい?」
ファンタジーならぬ単語を聞いたうさみは思わず問い返す。
「用事が終わったら案内しますわ。それより、エイプリルさんが来ましたけれど、準備はよろしくて?」
「え、あ、うん」
衝撃でいろいろふっとんだが、要するに下手にうさみに手を出すと星光竜に対抗できなくなるよと冒険者ギルドを通して街全体を脅したわけだ。いいのかなあ。ちょうじくうきぎょうたい。
うさみはちょっと冒険者ギルドに悪いことしたような気持ちになった。元凶は自分と星光竜であるし、でももうちょっと柔らかいアプローチはなかったのかなあ。ちょうじくう。
おっと超時空に囚われつつある思考を切り替えないと。
毒を食らわば皿までとも言うし、せっかくだからもやもやを体を動かして発散しよう。
うさみはそう決めて顔を上げたのだった。




