困惑のさいとしーいんぐ その8
「『冒険者ギルドは該当の人物を確保し、情報を手に入れ、協力関係の構築に成功しました。めでたしめでたし』」
「それはちょっとそっちに都合が良すぎやしないかね?」
「あら。ではこうでしょうか。『冒険者ギルドは該当の人物を確保し、情報を手に入れ、しかし協力関係の構築に失敗しました。めでたしめでたし』」
「おいおい、自分が何を言っているのかわかってんのかい?」
「『冒険者ギルドは該当の人物に接触し、情報を一部手に入れ、しかし敵対関係を構築しました。めでたしめでたし』?」
「紅蓮の!」
サース支部長が怒鳴りながら机を叩くと、その衝撃でお茶のカップがガチャンと音を立て、お茶がこぼれた。一つだけ。
ひとつはエイプリルさんが、バニさんとうさみのものはうさみがひょいと持ちあげて退避させたのだ。
ごつい大人の男の人に怒鳴りつけられるという状況はわりと怖いものがある。
だがまあ、星光竜の咆哮と比べると何のことはないともいえる。
「支部長、興奮しすぎですよ!」
受付のお姉さん、エイプリルがサース支部長を抑えつつ、懐から取り出した布でこぼれたお茶を処理していく。
バニさんはニコニコとした笑顔を崩さず平然としており、横のうさみは嫌そうに顔をしかめた。
「バニさんなんでそんな挑発してるの?」
うさみはギスギスした空気は嫌いなので、非難をこめて尋ねた。普段ならこの状況で口をはさんだりはしなかっただろうが、思うように正直に喋るように言われているので、あえてストレートに。
「ふふ、これは互いの立場を確認するための挨拶ですわ。サース支部長さんやエイプリルさんの行動も半分以上演技です。ねえ?」
「チッ、どうだかな」
「支部長それ認めてますよ。お茶こぼさなくてもよかったと思うんですけど」
「ま、今回は腹の探り合いは時間の無駄です。予定もあるので巻いていきましょう」
サース支部長が渋面を作ってそっぽを向き、エイプリルはジト目でにらむ。
うさみが空気をぶち壊さなければさっきの調子で話が続いていたのだろう。もうちょっとおとなしいやり方もあるだろうに、やはりバニさんはめんどくさい人なのでは。うさみは疑いを強めた。
「こちらの要求はうさみの自由の保障です。冒険者ギルドの一員として普通に活動できること、今回の件で悪い意味で特別扱いを受けないように特別に配慮すること。もちろん他の組織に対しても、ですわ」
「なかなかに難題だな。要するに後ろ盾になれと?」
「間違っても市民の方たちから悪意を向けられることがないようにしていただきたいのです。可能なら目立たないようにもしてほしいのですが、まあ、時間の問題でしょうから」
バニさんがうさみに視線をやると、残り二人の視線も集まる。うさみは注目を集めて怯んだ。
「【Lunatic】、か。確かにな」
「え、支部長見えるんですか! 私全然見えませんのに!」
「それは受付としてたるんどるから、とは今回は言えんか」
何言ってるんだこの二人。うさみは首をかしげてバニさんを見た。
『他人のステータスを見るスキルがあるのですわ』
パーティ会話で教えてくれるところによると、識別というスキルで人の能力とか見えるらしい。隠蔽というスキルでそれを妨害することもでき、スキルの成功度によって見える範囲が違うという。セットしてある称号が一番見えやすいそうで。
そして受付に必要な技術だからそのスキルか類似するなにかを持っているのだろう、と。
『るなてぃっく? あ、ほんとだ』
うさみのステータスの称号欄に【Lunatic】と書いてあった。……あれ、ルナティックってたしかよくない意味ではなかったか。たしかにな? ん? おかしくない?
横にあるプルダウンのスイッチを叩いて開いてみるとほかにもいっぱいずらあああああああっと並んでいたので適当に無難そうなものを選ぶと、称号欄が変わった。【馳子】。意味わかんないけどこれでいいや。うさみは満足した。
「で、見返りは?」
「星光竜に関する情報がひとつ。今朝の事件の詳細の情報がひとつ。一番大きいことは、うさみが冒険者ギルドに所属します」
「ふむ」
「断言しますが、現状で星光竜に対するカードになりうる異界のマレビトはうさみしかいませんわ。そして、うさみが異界のマレビトであることを踏まえてお答えくださいまし。オールオアナッシング、ですわね」
「痛いところを……」
サース支部長は難しい顔でしばらく黙りこんだあと。
「わかった、飲もう。うさみ嬢、よろしくお願いする」
うさみに向かって右手を開いてつきだした。うさみは一瞬戸惑った後、握手と思い至り手を出して握った。サース支部長の手は大きかった。というよりうさみの手が小さいのだが。
「やはり異界のマレビトは見た目で判断できんな」
サース支部長も手の大きさを意識していたのか、そんなことを口にする。
うさみは子供にしか見えない上エルフなのでなんかもう特別に判断しがたいことこの上ないのだ。他にも見た目詐欺な人がいるのだろうかと本人は考えていたが。
「さて、それでは話を聞かせてもらいたい」
こうして、改めて今朝のことと、星光竜について気づいたことについて話をした。
その結果サース支部長は頭を抱え、エイプリルさんは急いで記録をまとめるのためにお昼を食べられなくなったのだった。




