困惑のさいとしーいんぐ その6
エイプリルは勤続[ピー]年のベテラン受付係である。
ベテランとはいえまだ若い。10のころからお手伝いをしていた結果としてのベテランであり、まだ適齢期の範囲内に収まる歳だ。ほんとほんと。若いのよ。
そんなエイプリルは今新規に立ちあげたギルド支部に応援に来ていた。異界のマレビトの大量出現という異常事態において、ベテランでありなおかつ若い、そう若いエイプリルは忙しい新支部で戦力として期待され、実際に朝から晩まで働き通しなのだ。それでも耐えられる自分の若さが憎い。いや憎くない。憎くないよ。
そんなわけなのでちょっと隙間の時間帯に欠伸の一つや二つ見逃していただきたい。うまいこと抜けるところで力を抜くことこそ長時間パフォーマンスを維持するために重要なのである。常に全力で当たっていたのではいくら若くてももたないのだ。わかる?
特に今日は朝からバタバタしており、エイプリルも一度は死を覚悟したりとそんな事件があったのだから。
ドラゴン、それもワイバーンのような亜種ではない、正真正銘の、しかも記録が正しければユニーク個体。伝説級の幻獣である。そんな存在が街に接近してくるというのは、エイプリルが生まれるずっと前にあって以来、要するにエイプリルにとって生まれて初めてのことであり、同時に街の人の大半にとっても同様のことである。
なんだかんだあったが控えめに言って街がひっくり返る騒ぎであった。
市民の避難誘導を担当していたので直接ドラゴンを見てはいないが、街の防衛戦力に異界のマレビトが相当数集まっていたというのになにもできなかったという。
幸いだったのはドラゴンを抑えた人物の存在だ。
聞くところによると、方針を違えて先制攻撃を仕掛けたものが出て、応じるように攻撃体勢をとったドラゴンを抑え、追い返した人物がいるのだそうで。
なにそれ夢でも見てたのだったら確保しなさいよその人をと思うが、なぜかウサギと共に去っていったとか意味がわからない。
ともかく、攻撃されたドラゴンが飛び去った、というのは事実であり、それをもって厳戒態勢は解かれて街は一応元通りになった。
というのが早朝の出来事だ。
早朝。
要するにあんまり寝てないのである。
だから欠伸のひとつくらい大目に見てくださいよ。
なんてことを思いつつもうすぐお昼休憩になるから仮眠取ろういやでもご飯抜きたくないなあどうしようと考えていたときにそれは来た。
エルフの女の子である。
エルフは珍しいが、異界のマレビトが現れてからは以前ほどでもなくなった。というのもマレビトの三割弱はエルフなのだ。二割がドワーフで一割が兎人族、残りがヒューマン。
力仕事などにはあまり向かない種族であり、魔法に適性があるせいか、お隣の魔法都市に向かうものが多く、実数ほど見かけないが、それでも格段に見るようになった。
しかし、そのエルフはちっちゃかった。ドワーフ程ではないにしろ、それほど長身ではないエイプリルと比べても頭一つ違うだろう。エルフは長命なので見かけで判断できないというがはて。
よくないのはちょうど欠伸をしていたのを見られたことで、ばっちり目が合って苦笑いされてしまったことだ。そしてこちらに向かってくる。受付に用があるのだろう。うわあ気まずい。
しかし、まっすぐにとは行かなかった。
三人組の冒険者に絡まれたのだ。
冒険者ギルドはその性質上血の気が多いのがそれなりに居る。
なので中には他者に絡むようなものもいる。そういう輩にペナルティを課すのもギルドの仕事なのであるが。
しかし、あの三人は……おや、向こうで紅蓮の魔女こと†バーニング娘†女史が手を振っている。
この女性は異界のマレビトであり、なかなか腕のいい冒険者ギルド員であり、趣味でお芝居などやっている人で。
つまり茶番であった。
多い日には日に数度行われるこのお芝居、チンピラ風の三人組が悪役で、冒険者ギルドに入ってきた人に絡むのだが、思わぬ反撃を受け、結果絡まれた人のすごさを演出するというものらしく。
正直冒険者ギルドの風評が悪くなりそうなのでやめてほしいのだが、異界のマレビトにはなぜか好評で、どうしたものかと扱いに困っている。一応一通りことがすんだら見ていた人にお芝居でしたアピールはしてくれているのだけれども、通りがかりに見かけて歩き去ってしまった人とかいるよねえ。
やれやれと思いつつ、様子を眺めていると、思いがけないことが起きる。
エルフの少女が囲まれたところを物凄い体さばきでかわして抜けだしてみせたのだ。
思わず見入ってしまったところでまた目が合った。何この子。ちょっとすごい。
そこに†バーニング娘†女史が合流し、趣旨を説明しはじめたので、少女の目がそらされた。
何者だろうか。
興味が湧いたがそれはそれとしてもうすぐお昼休憩なのですが、用事ないんですか。
席立ってもいいかな。
あれなんだかエルフ少女が四人を叱っているよ。珍しい光景。
そんなこんなでよしもう休憩入ろう! と立ち上がろうとしたところで、少女のお説教が終わり、こちらを向いたのだ。
目が合った三度目。ご飯と仮眠が遠のいた。
受付業務のお時間だ。
しかし、その結果、ご飯と仮眠が吹き飛ぶほどの事態に発展するのは、エイプリルとしては予想外のことであった。
「…………えーと、あれ、おかしいなーはんのうしないぞーこわれたかなー? すみませんちょっと代わり用意しますので、奥までよろしいですか?」
冒険者登録はいい。
情報提供でお金がもらえますわ、という話になったところで予想できたかもしれない。このうさみという少女がただものではないのは先の茶番の中で見えていた。そして朝の事件。……いやでもそれを全文部結びつけるのは、やっぱりちょっと無理かな。うん、予想外です。
星降山へのルートと、異様な登山ルート。そして竜の棲家の詳細な地図。
まずい、これは取扱注意どころじゃない、危険物だ!
こうしてエイプリルは危険物の隔離のため、小芝居をうつことになったのである。




