困惑のプロローグ
始まりの街、スターティア。
西洋の中世風の街並みの一角は形容しがたい空気に包まれていた。
街を歩く一人の少女。
小柄の域を一回り小さくしたサイズで金色の長い髪とウサギ耳を模した赤いリボンがが一歩一歩に合わせて揺れる。
新規キャラクターの初期装備である地味だが丈夫そうなシャツとパンツに見方によっては可愛らしい靴。
ではなく。
それらを少し豪華にしたような意匠の衣装。
そして髪の合間に小さなリュックサックを背負い、腰には小さなポーチとナイフを挿していた。
エルフ特有の尖った耳がぴくぴく動き、口元はへの字。森色の目は半眼で、時折周囲に向けられる。
不快を全面に押し出したそのスタイルは少女のこころの内そのものだ。
少女、うさみはお怒りであった。もうぷんすかぽんである。
なぜかといえば彼女を取り巻く視線と態度。
どいつもこいつも遠巻きにうさみを囲み、ひそひそとうわさ話でもしているかのよう。
じろりと視線を送ると慌てて目をそらす。
なんだこれ。
うさみはぷくー! と頬を膨らませる。
ざわり……と空気が動く。
しかしうさみの耳には何も聞こえてこなかった。
なんだこれ。
ひそひそ話であれ、今のうさみの聴力であれば街中の視界内程度の距離なら容易に聞き取れると思うのだが、これが全く、なにも聞こえない。
ただ雰囲気のみが変動する。
なんだこれ。
事態の気持ち悪さにうさみの中のぷんすかがなんだこれに切り替わっていく。
困惑。
うさみは何が何だかわからないのでとりあえず逃げるように駆けだし――
「「きゃあっ」」
直後に目の前に出現した人にぶつかり、もろともに巻き込んで派手にすっ転んだのだった。
□■□
ドラゴン来襲事件のあらまし
ひと月ほど前から大量に出現した精霊のマレビト、すなわちプレイヤーをきっかけに様々な問題が発生し、解決され、あるいは棚上げ、先送りされてなんとかやってきた、そんな中。
近隣に棲む、休眠していたドラゴンが来襲した。
星光竜と呼ばれる、かのドラゴンが目を覚ました可能性がある、という情報が流れて二週間。
スターティアの住民はマレビト景気に沸き返っていたところに冷や水を浴びせられ、そして時間が経ち、当座の問題はなさそうだと不安を忘れつつあった。
そこへのドラゴンの来襲だ。
住民たちはできる限りのことをした。
戦力を集め、防衛体制を構築し、非戦闘員を公共施設に避難させた。
かのドラゴンが伝えられている通りであればこの程度の防備、対策は焼け石に水。
それでもわずかな可能性にかけて準備をしない選択肢はなく。
その上で可能な限り友好的な接触をしようという方針が立てられた。
どうにも中途半端な対応にも見えるがそこにはそれなりの事情がある。
それは精霊のマレビトたちが事態を軽く見ていたという点で、中でも好戦的な意見が多数であったのだ。
死んでも生き返るという能力と、ドラゴンの力を知らないという無知、そしてゲーム、イベントという言葉によって事態を解釈していた。
住民たちはゲーム、イベントなどという概念を理解できない。
プレイヤーたちはドラゴンの能力を知らない。
この齟齬により、両者の認識がずれていた。
ドラゴンの動きが確認されて到達予測時間が二時間弱という短時間であったこと、住民主体の組織である評議会が事態を主導したことから、どうにか方針は穏和な方向に決まりはしたものの、結果としては失敗であった。
ドラゴン接近時にプレイヤーが暴発したのである。
識別アイコンは赤。討伐対象であることを示す色であり、このことから攻撃を行ったのが必ずしも間違いであったとは言い切れない。
しかし当時集結していた人々はそれ以上にこちらへ向かって飛翔するドラゴンの威容に呑まれ、冷静ではなかった。
迫りくる巨大なドラゴンに対して放たれた一発の遠距離攻撃。釣られて更なる追撃が撃ち込まれた。
しかしその攻撃は何ら被害を与えることなく。
集結していた戦力はたった二度の咆哮による威圧と恐怖で完全に崩壊した。
そして皆が混乱し、諦め、あるいは覚悟を決めたとき。
その少女がドラゴンの背から地上に降り立ったのだ。
金色の長い髪に赤いリボンを付けた小柄な少女。後ろ姿しか確認されていないが、多分少女。
アイコンはプレイヤーを示す青だったが、それ以上の情報を【識別】できたという報告はない。
彼女はドラゴンを帰らせると、大量のウサギを呼び出し、ともに消えて行った。
何が何だか理解しがたいが、事実である。
ともかく、こうしてドラゴンは姿を消し、街は救われたのである。
経過の観察は必要であるだろうが、攻撃を受けたドラゴンが実威力のある反撃を行わず姿を消した時点でひとまず安全は確保されたと、住民側は判断し、胸をなでおろしていた。
今回の経験から、プレイヤーはもう少し住民の言に耳を傾けるべきかもしれないと、私見を述べて本文の締めとする。以上。
文責 リリアーナ