困惑のさいとしーいんぐ その4
窓口まであとちょっと、というところまで来たうさみに、バニさんが追いついてくる。
用事は終わったのかなあとうさみが振り向くと、なぜかさっきのチンピラ風の三名を引き連れていた。
はてな。うさみは首をかしげる。
「うさみ、紹介しますわ。ボランティアで“テンプレ”を実演しているロールプレイヤーの、アースさん、イラクサさん、ぽてとさん、のお三方ですわ」
「「「こんにちはっす!」」」
でかいの、ほそいの、中くらいの。
なんだか知らないが先ほどと比べてやたら愛想がいいというかいっそさわやかで、体育会系の空気を放っていたのでうさみは混乱した。
「て、てんぷれ? ろーるぷれいやあ?」
「バニ姐さん、やっぱり堅気の人に説明なしでやっても理解してもらえませんよ!」
「あらー?」
うさみが困惑しているのを見て、アースさんが焦ったようにバニさんに訴えるが、バニさんはおかしいなあという風に首をかしげるばかりであった。
テンプレというのはテンプレート、お約束もしくは決まりごと、あるいは王道ともいう、ある分野内で通用する概念で、和食といえば一汁三菜であるとか、ノーアウト一塁なら送りバントであるとか、エッチな本はベッドの下に隠すであるとか、分野ごとに様々なものがある。
べつにその通りにしなくてはいけないわけではないが、やっておくのが鉄板で、やらないならそれを補って余りある妙案が期待される。
今回でいうと異世界で冒険者ギルドに入ると絡まれて何やかんやあって主人公が存在感を示すという、若者向け娯楽小説に置けるお約束展開が存在しており、それをこの三名が再現したということらしい。
ロールプレイヤーというのは語義的には役者と近い意味で、役割を|演じる人
《プレイヤー》と直訳されるが、これはMMOゲームにおいてはゲーム内でキャラづくり、要は設定を決めて演技するという楽しみ方を実践しているプレイヤーのことを指す。
その度合いは様々で、一切合切全ての行動を演技して通す猛者から、状況によって使い分ける者、今回の彼らのように演技を演技と割り切って交流などに使用するものなどが存在する。
入れ込みすぎて結果的に他者に迷惑をかけてしまう人もおり、そういう人ほど良く目立つので、人によっては嫌っていたりするため、注意が必要なのだが。
「つまり、その、わたしにテンプレ? を楽しんでもらいたかったっていうこと?」
「あ、はい。バニ姉さんが是非にと」
「バニさん?」
「よ、よかれとおもって」
説明を受けたうさみは、腕を組んでふんすとお怒りをあらわにした。
その姿は当事者以外の見物人を和ませ、当事者の一部も何この子カワイイと思っていたりしたが、じろりとにらまれ怒ってますよアピールをされたらさすがに反省の色を示した。可愛らしい女の子に嫌われるのは人生における損失であるからだ。
「あのね、このサイズだと……いやサイズ関係なく、大人の男の人ってそれだけで威圧感あったりするんだよ。ぶっちゃけ怖かったの。わかる? 後ろにバニさんがいたし、最悪走って逃げられると思ってたからよかったけど」
「「「「はいすみませんでした」」」わ」
怖かったと本人から言われてしまえばどうもこうもない。
お約束を再現して楽しもうという試みはともかく、内容が良くなかった。事実だけ抜きだしてみれば、『ガラの悪いのに絡まれた』という、遠回しに言ってもよろしくない思い出が残るだけである。お互いがそうと認識して初めて楽しめるかも、という内容を分野に疎いものに押し付けてしまっては事故が起きて当然だ。
「んもう。もういいよ。接待しようとしてくれたんでしょ? 気持ちだけ受け取ったよ」
うさみはため息をひとつついてから、お許しの意を示した。
悪気がなければ何をしてもいいというわけではないが、まあ今回は大事に至らなかったわけだし。これがもし、うさみがその場で泣いてたりしたら問題だったろう。だが不完全とはいえ、そのテンプレとやらをなぞったような結果であったので、あまり強く言っても仕方がない。
後ろからバニさんが見守っていたことがわかっていたことで、うさみも強気に出ることができたのもある。
最低限の配慮はあったのだ。
「すまなかったな、うさみさん。それじゃ俺たちはこれで。また会いましょうぜ」
「あ、うんまたね」
改めて頭を下げて去っていく三人の姿を見て、うさみは悪いことしたかなあという気分になった。聞いた感じバニさんが主犯であるし。でもあの人達もあの風体は自分で選んでやってるんだよね。じゃあ自業自得? かな?
微妙に理論武装をしつつ手を振って見送った後、バニさんを見上げるうさみ。
「えー、今回は失敗しましたが、彼らを悪く思わないでくださいまし? あれで気のいい方々なのですわ」
「うん、バニさんが原因だよね」
「ほほほほ。あ、ただ本当に下衆な方もプレイヤーの中にはいますから、そこは気を付けてくださいましね。そう言った方はああいういかにもなアバターではない場合が多いですけど」
「ふうん」
話をそらされたが、なるほど性質のよろしくない人もいるにはいるらしい。そういう人たちが見た目でわかるような外見をしていないであろうということもまあ理解できる。
「とはいってもほとんどのプレイヤーはゲームを楽しみに来ていますから、悪意を持ってプレイしているのは少数派です。普段は気にしなくてもよろしいでしょう」
「そうだよね。とはいえ、ちょっと嫌な話だねえ」
「NPCの方は普通に外道の人もいますがこれは逆に見た目の雰囲気でわかります。それと、頭の上の三角形のマーカーの色で敵味方がわかりますわ」
プレイヤーは青、敵は赤、中立は黄色、が基本だという。
試しに見回してみると、バニさんは青、暇そうにまた欠伸している受付の人が黄色、と予想通りの目印がついていた。
なるほどなあと感心していると、バニさんが促す。
「さ、それでは当初の目的を果たしましょう」
「はあい」
そしてようやく、受付に進んだのだった。
なお、一連の出来事を目撃していたプレイヤーによって、バニさんが幼女に叱られていたという噂が広まったのは言うまでもない。
幼女じゃないよ。ロリだけど。