困惑のさいとしーいんぐ その1
中世ヨーロッパ風の街並みを、おててつないで歩く二人の姿があった。
ちっちゃい金髪ポニテがうさみ、相対的におっきく見えるが実はそんな大きくない赤髪ツインテがバニさんだ。
『いわれたとおりにやったけど、あれでよかったの?』
うさみがパーティチャットでバニさんに尋ねる。
パーティーチャットというのは、パーティに所属するメンバーにのみ聞こえる声で話ができるシステムである。
このパーティというのは宴会ではなく、クランより小規模・少数のプレイヤーで構成するグループ行動を支援するシステムだ。登山の際に組まれるグループを指す用語と同様のもので、要するに一緒に行動する仲間ということだ。
パーティチャットをはじめとして、システム的に様々な特典があるので、ゲーム内で一緒に何かをする場合、特に戦闘を行う場合はパーティを組むのが常識であり基本である。
そしてうさみがヒソヒソやられて声が聞こえないと気持ち悪がった原因はこのシステムによるものだ。
一緒に行動、特に移動しているプレイヤーはパーティを組んでいる場合が多く、そうである以上パーティチャットを利用する。ヒソヒソ話をしないといけないような内容ならばなおさらで、そうするとつまりうさみの耳に届かなくなる、というわけであった。
『ええ、ツカミはオッケーというやつですわ。かわいい女の子のいじらしい姿をみせてしまえば、大体世論は味方につきますもの。これでとりあえず三分の一ほどは解決です』
『ええー……』
バニさんの言葉を聞いて、うさみはちょっと嫌そうな顔をする。
結局のところ目立つのは避けられないから印象を塗り替えてごまかそう、と提案され、可愛らしい服に着替えさせられ、慣れない演技までしてやっと三分の一。難儀なことになったなあ。というか世論というのはうさみにはよくわからん理屈でうごいているらしい。ムズカシイ。
『あとはわたくしやあいす、リリアーナあたりと一緒に遊ぶ姿をが目撃されて広まれば、三分の二。噂の上書きは完了ですわ。残り三分の一はうさみの能力がすごいことになっていることと、噂の少女の正体は実際にうさみであること、そのうちばれるでしょうからその時の対応次第ですわね』
一度目立ってしまった以上、注目を受けるのは避け得ない。ひとまずよくわからない謎の人物という第一印象を可愛らしい有名プレイヤーの知人に書き換えた。
しかし、うさみの能力や実際にドラゴンから降ってきた事実は変わらない。今後の行動で周りの目は変わってくる。なんにしても、
『うさみが十全に能力を発揮すればどうなったって注目を集めることになるでしょう。だからといって、委縮してゲームを楽しめないというのはナンセンスです。他人が関わるゲームですからある程度の配慮は必要ですが、人に迷惑をかけない限りは、何をやっても自由。堂々としていればいいのです』
『堂々と』
『堂々と、ですわ』
バニさんはうさみのやりたいようにやりなさいという。うさみは悪目立ちして変な目で見られるのが嫌だったわけだが、もう目立ってしまったのはどうしようもないことだ。そしてやりたいことをやれないというのも気分が悪い。まだ泳いでないし。
『なにか言われたら胸を張ってニヤリと笑って見せれば大体どうにかなりますわね、経験上。それでも面倒に当たったなら相談に乗りますわ』
『うん、じゃあそうしてみるよ。ありがとね』
うさみがバニさんを見上げて言うと、バニさんはニヤリと笑った。
そしてパーティチャットを解除する。聞かれても問題ない、というか半ば周りに聞かせるために。
「さて、それではなにから始めましょうか。うさみは水着を買いたいのでしたっけ?」
「うん、海が見えたから泳ぎたくなって。あ、でも――」
うさみは一旦言葉を切って周りを見回す。
「この街も見て回りたいかなあ。さっきはよく見てなかったけど、前来た時とだいぶ違う感じだよね。あ、それはそれとして」
うさみは下、正確には自分の服を見て。
「かわいい服とか、スカートとか落ち着かないというか……」
「む、似合ってますのに」
「ええっと、スカートって走りまわったらめくれるじゃない? それにかわいい服とか、汚すのは気が引けるし」
うさみはスカートが気になっていたのだった。
小さなころはスカートでも平気で駆けまわったものだが、ある程度羞恥心を身に着けてからはスカートでか激しい運動をするようなことは避けていた。むしろスカートを避けていた。汚れると困るのでかわいい服も疎遠であった。
「聞き捨てならないことを言われた気もしますが、……まあたしかに飛んだり跳ねたりには不向きですわねえ。装備を外してしまえば、クラスのデフォルト装備に戻りますけれど、今は出先ですししばらく我慢してくださいな」
「はぁい」
倫理規定の関係で、裸にはなれないようになっている。服装を含め装備品は基本的に装備コマンドを介して変更するようになっており、すべて外すと能力補正のない初期装備が自動的に割り当てられることになる仕様だ。
装備コマンドで着脱できるので外でも装備変更は可能であるが、装備を外してしまえば服が荷物になる。どうしても必要な状況であればともかく、これから買い物や観光をしようというときにわざわざ荷物を増やすこともない。
「では観光からということで、主だった施設を巡りましょうか。それと、水着ですけど、予算はいかほど?」
「よ、よさん?」
予算。お金のこと。
「……ああ、そうですわよね、お金、ないですわよね。失念しておりました」
「ええっと、どうしよう……?」
山籠もりしていたうさみがお金など持っているはずもなく。
うさみの水着購入計画はさっそく暗礁に乗り上げたのだった。