困惑のだいあろぐ その2
10/9 誤字訂正
開かれた扉をみんなが見るが、そこには誰の姿も見えなかった。
と思うと、小さな手がそっと扉のふちにかけられて、金色の髪のちっちゃな頭がひょこっと現れ、扉の前に集まっている群衆を見てビクッと震えて引っこんだ。
ばたん。
閉じられる扉。
わずか一秒ほどの出来事でゆっくり確認する間もなかったが、金色の髪が確かに見えた。
頭の高さはずいぶんと低かったが、身体を傾げて頭だけを出したのならば、低くなることだろう。もともと、【Wonderland Tea Party】に連れ込まれたという少女はたいへん小柄であるという話。
「きゃ~ん! なに今の子! かーわーいーいー!」
一番近くにいたリリアーナが騒いでいる。
ぴんぽーん。ぴぴぴぴんぽーん。
たしかに先ほどの挙動は小動物めいていて庇護欲をそそるところもあり、可愛らしいといって間違いはない。
この場を主導するリリアーナの反応もあって、みんなもますますその正体が気になってくる。正体不明の謎の人物というだけではなく、あのかわいいの何なん!? という方向性も加わって。
事実、今現在も件の掲示板がすごい勢いで進んでいる。この場に集まっている者が書きこんでいるのだろう。
ぴぴぴんぽーぴぴぴぴんぽーん。
みんなが次の状況の変化をかたずをのんで見守る中、リリアーナがチャイムを連打していると。
バンッ。
「う・る・さ・い・で・す・わ!!!」
派手に音を立てて扉が開き、怒りの叫びが響き渡る。
中からのっしのっしと歩み出てくるのは、紅を基調としたドレスに身を包む、ツインテールの赤髪の美女。
【Wonderland Tea Party】のクランリーダー、†バーニング娘†。
その名前からわかる通りのネタプレイヤーであり、ゲーム内でもリリアーナと並ぶほど有名な人物である。
謎のお嬢様口調に芝居がかった言動。戦闘中、魔法を使うときに叫んだりと奇行も多い。しかし、それはそれで同好の士がいる部類のものでもあるし、整った見た目もあってファンも多い。
また、ゲーム攻略の最前線級の一人でもあり、主に臨時パーティを募ってはあちらこちらで活躍している。
例えば、クラン結成解放クエストを発見、クリアして情報公開するなどの実績もあるため、好意的に見る者も多い。
バニさん、娘さん、燃えるお方、などなど表で裏で様々な愛称で呼ばれそれなりに親しまれている。
とまあそんな人物が現れて、扉の前で腕を組んで仁王立ち、じろりと周りを見渡したので、みんなの間に緊張が走る。
「小学生のいたずらではあるまいし! チャイム連打しないでいただけます!?」
至極もっともなお怒りのことばに、みんなして目をそらす。ちゃうねん。やったのはそっちの人です。ていうかいつまでたっても出てこないのが悪……いやいやなんでもありません。とにかく我々は悪くない。
しかし一名、気にもかけない者が居た。
「バーさんバーさん! さっきのかわいい子誰!? 紹介してくださいよ!!」
リリアーナも最前線にいるプレイヤーなので、クラン結成前からバニさんとちょいちょいパーティを組んだり、クラン結成後も急用などで普段同行する面子に欠員が出た際に穴埋めメンバーとして、都合がつけば参加することもあるという間柄であり、平たく言うと懇意にしているといってもいい。
なので今更ちょっとにらまれたところで気にしないのである。
「だから『バーさん』はやめてといつも言っているでしょう!」
なのでじろりがギロリに変わっても動じないのである。いつも怒られているので。
しかし周りはそうではない。
バニさんがぷりぷり怒り、リリアーナがそれを受け流す姿はたま~に見かけられる光景であるが、周囲としてはヒヤヒヤものだ。
懇意にしているといってもいいが、こと個人レベルの性格の相性はいかがなものかといったところで、これだけやり合っていても致命的な決裂に至らない点ではいいといっていいのかもしれないが、しかし基本仲が悪いものと見られていた。
というか『バーさん』呼ばれたバニさんの目つきはそれだけで人が殺せそうな圧力で、それだけ怒らせているリリアーナはしかし平然と受け流し一向に引く気がないようで「もうなんなのこの二人こわい」と関係者は語る。
関係者でもそうなので直接の接触が少ない者にとってはもう。ドキドキしちゃう。
ともあれリリアーナは後ろのみんながビビっているのも、バニさんが目を吊り上げているのも気にかけず。
「バーちゃんも今朝のこと知っているんでしょ? 噂の子をバーさんが連れ込んだってもっぱらの噂ですよー。どうなんですまさか百合? きゃー!」
「誰がバーちゃんですの! それに百合はあなたの名前でしょうに。……ではなくて!」
詰め寄るリリアーナを押し返すバニさん。
「あの子はわたくしの! おともだちの! ゲーム初心者の! 子ですわ!」
「ゲーム初心者?」
「そうです! それをまあちょっと金髪で赤いリボンをしていたからと? 遠巻きに囲んでヒソヒソと? かわいそうに。ずいぶんと怖がっていましたのよ!?」
バニさんがぷりぷりとお怒りの言葉を投げる中。その背後に異変が生じた。
バニさんの腰のあたりから、金色の頭飛び出てがちょこんと覗いていたのである。
赤、ではなく、青いリボンを頭につけた頭は、そーっと目が見えるところまで顔を出す。
その様子に気づいた集まっているみんながざわめくと、注目されていることに気づいたか、びくりと震えるとさっと再び姿を隠す。ちょいみせ二回目である。
「はうっ!? こ、こわくないですよー? 出てきても大丈夫よー?」
リリアーナがなぜかぶるりと震え、猫なで声で話しかける。
すると先ほどの少女がまた、そーっと顔を出し、リリアーナと目が合うとさっと隠れた。三度目。
「きゃああああん!」
歓声だか悲鳴だかわからない声を上げるリリアーナ。
それを見てバニさんがため息をつく。
「うさみ」
後ろの少女に声をかけ、その手を取る。
そしてその少女がおずおずと姿を現した。