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異世界でなら俺だって  作者: からから
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弱虫男

目を覚ますと空には無数の星と美しい月が浮いている。

あぁ、綺麗だ。

死にたいと毎日の様に口にしていた俺は生きていることに安堵していることに気づく。

こんなに空をまじまじと見るのは異世界に来てすぐのあの時以来である。

今日の月は赤い方しか見えない。満月である。


「申し訳ありません。あなたの体調に気を配れていませんでした」


少しアクセントに特徴がある日本語が飛び込んでくる。

その声の主は言わずもがなアシュレイである。言葉の内容とは裏腹に彼女の表情からは申し訳なさなど微塵も感じ取れない。しかし、初めて会った時からずっと仏頂面だった彼女の顔からは怒りの色は見て取れない。怒りがというより一切の感情が抜け落ちているかの様でまるで感情のない機械なのではないかと心配してしまう。もっともその顔は芸術的に美しく、機械というよりは彫刻という表現の方がしっくりくるだろう。


「食料を用意しました。それを摂取して今晩はお休みください。明日早朝に出発します」


彼女はそう言い残し少し離れた位置にあるテント...なのだろうか。テントというには少し豪華すぎるし、未来的すぎるのではなかろうか。テントであろうと思った理由は倒れる前に見た岩が近くにあったためである。こんな家は少なくとも倒れる直前まで存在しなかったはずだ。普段は見えない様に魔法でも使われていたというなら納得するが。

そもそもこの世界に魔法があるのかも怪しい。今までの出来事を思い出してみると連絡のできるタブレットに、ものすごい速度で動くバイク、レーザー銃に急に現れた近未来的な家の様なもの。この世界はファンタジーというよりもSFチックである。ここが未来の地球であると言われてもすんなり受け入れられる。


推定テントに向かって歩いていく彼女はふと立ち止まり、振り返る。


「あなたはそっちの簡易住部屋を使ってください。そこに全て揃っています。」


そのまま振り向きもせず簡易住部屋へと入っていく。

草原に1人残された俺はとりあえず言われた通りアシュレイが入っていったのとは逆の方向にある簡易住部屋にふらふらと向かう。

簡易住部屋の扉の様なものの前にたどり着く。


「名前を」


どこからか無機質な声が聞こえる。

アシュレイの声ではない。

周りを警戒するが人の気配はない。

となると目の前の扉からだろうか。もはや驚くまい。


「足集利智樹」


目の前の扉の様なものは確かに扉であった様で簡易住部屋へ入ることに成功した。自動ドアだった。

部屋の中は外から見た時よりもずいぶん広く感じる。

これも異世界パワーなのだろう。

簡易住部屋は風呂とトイレ、そしてリビングのみの空間となっていた。

リビングには冷蔵庫の様なものとテーブル、そしてベッドが置いてある。

取り敢えず驚くことばかりではあるが後で驚こう。喉が渇いた。ふらふらとした足取りで冷蔵庫の前へ移動し中を開く。

中にはペットボトルに入った液体が並べられている。

色は様々である。

というか飲み物しかない。

まあいい考えるのは後だ。

俺は一心不乱にペットボトルを空にしていく。


どれくらいそうしていただろうか。空のペットボトルが足元に散乱している。一体何リットル飲み干したのか。不思議と喉の渇きだけでなく空腹もすっかり治っていた。ここは異世界である。不思議なポーションだったのだろう。もう驚く気力もない。



さて、これからのことを考えよう。

恐らく彼女はこの状況を説明する気などさらさらないのだろう。そんな気があるのなら初めて会った時に済ませてしまうはずだ。そして今までのことを考える限り俺をどこかに連れて行くのが彼女の目的であろう。

であるならば俺の頭で考えられる行動は三つ。

一つ目はこのまま彼女のいいなりになる。

二つ目はここから逃げ出す。

三つ目は彼女を問いただす。


この中で最も現実的な行動は言いなりになること。一番安全でこの異世界で最も生き残る可能性があると考える。今までの彼女の行動から俺の命の危険はゼロと言っていいだろう。いや、何度か死にかけたか。まあ、それは彼女の性格の問題であって彼女の目的は俺を生かしたままどこかに連れて行くこと、のはずだ。でなければわざわざ嫌な顔をしながらバイクに乗せ、簡易住部屋を用意して食料を与えるなんてめんどくさいことしないだろう。つまり彼女に何かしない限り命の問題はないだろう。と考える。


逆に逃げ出すのは一番危険で死ぬ可能性が大きすぎるだろう。そもそも彼女と会う前の俺は死にかけていたのだ。普通に考えたら逃げるなんて選択は取れない。

しかし、彼女はここから先は歩くと言ったことから目的地は近いのだろう。他に理由がある可能性もあるがこんなひ弱な現代っ子を歩かせるというのだ。近くなければ目的地になんて辿り着けないだろう。

ならば逃げることにも現実味が出てきたのではないか。

どっかの村に匿って貰おうか。

いや、これだけ高度な技術を見せびらかされているのだ。中世ヨーロッパな世界観なわけないだろう。

街に入ることすらできない可能性もある。

それでも俺の隠された能力が発揮され...ないな。


三つ目の選択肢に至っては論外である。

あのレーザー銃でぶっ放される未来しか見えない。


もう取れる行動は一つしかないではないか。

考える意味はあったのだろうか。

俺の無い頭を振り絞った結果、こんなもんが限界だったみたいだ。

明日は朝が早いらしいし、早く休むべきであろう。

じゃないと目覚まし代わりに眉間に風穴が空くかもしれない。

取り敢えず何日ぶりかわからない風呂に入ることにする。


全自動だった。

風呂場へ移動した瞬間アームが現れたかと思えば服を着たまま洗われ乾かされた。

これは風呂なのだろうか。

洗車のようだった。

もっとゆったりとお湯に浸かっていたかったのだが。

そのままベッドに倒れ込む。


「あぁ、死にたい」


山積みの問題の欠片も解決していない現状に思考が暗く染まっていく。人体実験とかされるんだろうか。奴隷にされたり見世物にされたりするんだろうか。目的地に着いた瞬間殺されるのではないか。


「地球に帰してくれ」


こんな時だけ神様に頼るのはいけないことだろうか。

もしかしたら、神様ならば慈悲深い御心で救ってくれるかもしれない。

異世界転移なんてことが起こっているのだ。神様くらいいるだろう。

地球に帰ったら真面目に頑張ろう。

ちゃんと現実と向き合おう。

一生懸命生きるのだ。


そんな考えがこの世界では現実逃避であることに彼は気づかない。

目を瞑った彼の頬を一筋の涙が流れる。

異世界の本当の怖さなどまだ何も体験していないというのに彼の精神はもう崩れかけていた。


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