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異世界でなら俺だって  作者: からから
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栄養不足男

ここはカリテール草原。

酷く鈍いエンジン音を轟かせ草原をもの凄い速度で走っているバイク。

それに跨っているのは青い顔をした頼りない男と、肩まで伸びた美しい銀髪を風に遊ばせながらハンドルを握る絶世の美女。

その美しさとは裏腹に表情には怒りの色が見てとれる。

彼女はこの旧型バイクでこの地まで転移者を保護するためやってきたのだが、いささか判断を誤った様で、ふざけた男を後ろに乗せることに対する不快感と、長過ぎる移動時間への怒りを隠そうともせず叫ぶ。


「あぁ、くそっ!この草原広過ぎんだよ!」


その言語は少なくとも日本語ではない。となれば彼女の世界の言葉なのだろう。叫ぶと同時にバイクの速度を限界まで引き上げる。

そのすぐ後ろ、ありえない速度に対する恐怖と、彼女の謎の怒りに対する恐怖に挟まれ、情けない表情をしたその男は身を震わせ、声のない悲鳴をあげていた。

声を出してしまえば彼女の怒りが増幅するであろうことをこの短い付き合いの中で理解した彼は、その謎の言語の内容が自分に向いていないことだけを祈りながら恐怖を押し殺すことに集中する。




どれ程の時間そうしていただろうか。

このバイクのスピードにも慣れ始め沈黙が気になりだした頃、ようやく視界に変化が現れた。

変化と言っても少し大きな岩がぽつんと存在するだけなのだが。

異世界に来てから今まで視界には無数の草しかなかったのだ。それだけで俺には大きな変化に思えた。

その岩が見えた瞬間。体に少しだけ負荷がかかる。

バイクの速度が落ち始めた様だ。元の世界では体験したこともないありえない程のスピードを出していたバイクだが止まるときは一瞬だった。魔法なのだろうか。


「降りてください。ここからは歩きます。」


この短い時間でわかった彼女の性格。初対面で俺の眉間に平然と銃口を突き付け、額には青筋が浮かび、何か気に入らないと引き金を引く。異世界に来て右も左も分からなかった俺でも従うべきだと理解した彼女の人間性は一言で表せば短気、いや、凶暴というべきか。それから考えると不自然なほど丁寧な日本語である。それが逆に俺の恐怖心を駆り立てる。

俺は彼女の言葉に従いバイクから降りる。

しかし、うまく立てない。膝が笑っている。そもそも彼女と出会った時点で餓死寸前だったのに、元の世界では体験したこともないスピードを出すバイクに数時間もの間跨っていたのだ。俺は正直限界である。


「何をしているんですか。早く着いてきてください」


少し前を歩く彼女はそんなこと知ったことではないと言った様に急かしてくる。

何故俺はこんな目に遭っているのか。

俺の前にいきなり現れた異世界人であろう彼女。自分から名乗り俺の名前を確認し、着いてこいと言っているからには俺をどこかに連れて行くことが目的なのだろう。そのことから考えるに、少なくともこんなふざけた状況を俺よりも理解しているはずだ。

それに彼女は俺の知っている言語である日本語を話せているのだ。少しくらいこの状況についての説明はあってもいいのではないか。ここはどこなのか。彼女は何者なのか。どこに向かっているのか。何故日本語を話せるのか。俺はどうなるのか。

バイクに跨っていた時は恐怖から考えることを放棄していたが、地面に足を着いた瞬間、安心感からかこの状況に対する思考が止まらない。しかし、栄養不足のせいか、彼女の冷たい視線のせいか、うまく言語化できない。何から言えばいいのかわからず彼女の視線に耐えきれなくなった俺は彼女の後を追うため一歩を踏み出す。

ぐらり。

俺の踏み出した左足が自分の体重に耐えきれず倒れてしまう。

起き上がろうにも体がうまく動かない。

数日飲まず食わずだったのだから仕方がないだろう。

せめて飲み物が欲しい。喉はカラカラで視界は掠れている。今までよく保っていたものだ。異世界人との遭遇に思ったよりも舞い上がっていたのだろう。しかし、肉体はもう限界だった様である。力が入らない。

次に目を覚ました時、今度こそ女神に会う覚悟をしたほうがいいかもしれない。

できればもう一度彼女...アシュレイに蹴られて起こされたいものである。もちろん死にたくないって意味で。他意はない。

あぁ、もう無理、限界。

そのまま俺は意識を手放すのだった。


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