異世界の女
「あぁ、くそったれ!!」
肩まで伸びる銀色の髪はまるで絹の様に美しく、見る者全てを魅了するだろうことがうかがえる。
また、その髪の美しさに劣らない整った顔立ちをした彼女...Ashley•Muirheadは何度目になるかわからない部下のミスに悪態を吐く。
とは言っても部下に当たり散らすのに何の意味もないこともわかっている。
彼女らは頑張ってくれているのだ。
なぜこうもウチには人員が不足しているのか。
いくら転移者に価値がないからと言って、人命がかかっているのだ。
相応の体制は整えておくべきではないか。
今更そんなことを考えたところでここ数年はなんとか乗り越えて来た、いや、来てしまったのだ。
当分何かしらの問題が起きなければこの状況は変わることはないだろう。
問題など起こす訳にはいかないのだが。
見渡す限り続く草原...カリテール草原に轟く酷く鈍いエンジン音の主である少し古い型のバイク。
それに跨っている彼女は時速四百キロに迫ろうかという速さの中で平然と愚痴をこぼしていた。
今から四日ほど前のことだろうか、転移者の出現がここカリテール草原で確認された。
それ自体はそんなに珍しいことではない。
では何故彼女はこんなにも苦虫を潰したかの様な顔でバイクに跨っているのか。
通常転移者の観測がされた瞬間、転移者保護団が速やかに対象を確保することになる。
今回もその例に漏れず、転移者保護団は転移者の確保に走るはずだったのだが、何故かその日は同時に五人もの転移者が出現したのである。
年に数人しか現れない転移者。
それから考えるに一日に五人という人数は異例の出来事だった。
しかし、彼女の受け持ちである転移者保護団は深刻な人員不足に悩まされている。
そのため、一人を後回しに四人の転移者の保護が迅速に成された。
理由として、四人は比較的近く、命の危険があるエリアに出現したこと、残りの一人が距離はあるが比較的安全なカリテール草原に出現したこと等が挙げられる。
その上、四人のうち一人が大きな怪我をしてしまった為、カリテール草原に出現した転移者の確保がさらに後回しになる。
怪我を負った不幸な転移者は一命を取り留め回復に向かっていった。
もう大丈夫だろう。これでひと段落だ。
転移者保護団である彼女達の表情には安堵の色が見て取れた。
それからしばらく。
哀れ忘れ去られたもう一人の転移者の存在に気づいた時には発見から四日が経ってしまっていたのである。
それに気づいた彼女らは至急最高責任者であるアシュレイに事情を説明。
こうして彼女は休暇を返上し、カリテール草原をバイクに跨って走っているのである。
「あぁ、最悪だ。上層部の野郎どもを血祭りにあげてやらないと気がすまねぇ」
彼女は見た目に合わない汚い言葉を連発する。
彼女はやっとのことで久しぶりの長期休暇をとることに成功していたのだ。
それが蓋を開けてみればどうだ、こんな何もない辺境までやってくる羽目になるとは。
それもこれも充分な人員を配属させない上のやつらのせいではないか。
綺麗な蒼い目には誰が浮かんでいるのだろうか。
憎悪と怒りに染まっているその顔はそれだけで人を殺せそうである。
「まだ着かねぇのかよ!」
彼女は片手に持った四角いタブレットの様なものを確認している。
その画面にはこの草原の地形と転移者であろうアイコン、そして現在地が表示されていた。
「もう見えてもいいはずだろうが!」
彼女は何に向かって吠えているのだろうか。
しかし、それでも怒りは治まらず、もはや魔法でここ一帯を焼け野原にして転移者はいなかったことにして帰ってやろうか。
そんな危ない思考に染まり始めた頃、ようやく視界に変化が生まれる。
地面に倒れ込んだ小柄な男。
あれが転移者だろう。
「ちゃんと生きてやがんだろうな?」
徐々に速度を落とし始めた彼女は、倒れている最後の転移者であろう男を確認する。
息はしているようで胸が微かに上下している。
眠っているのだろうか。
取り敢えず彼女はその男を起こす。
蹴って。
もはや八つ当たりである。
見たところ二十代前半だろうか。
ヒョロヒョロである。
こりゃ役立たずだろう。
この世界では生きられないだろうな。
彼女は名前も知らないその男が目を覚ますのを待つ。
さっき蹴ってしまったことを少し悪く思ったものの謝る気などはさらさらないのだろう。
さらにもう一発蹴りを入れると彼女は溜息を吐く。
「あぁ、くそったれ」
悪態をついたその顔には憐れみの表情が見て取れた。