地球に帰りたい男
しばらく呆然としていた彼は、現実から目を背けるようにスマホをいじり始める。
スマホを起動させ、最近はまっているゲームを立ち上げる。
そういえば、さっきゲリラが来ていたんだった。
彼は気づかない。
自分がどこでなにをしているのか。
そんなものは御構い無しにゲームの世界に入り込む。
それから数十分後、ようやく彼は現実に目を向ける。
手元のスマホには、クリアを表すファンファーレが、まるで種明かしとばかりに存在感を放っていた。
してやられたという顔でスマホを見つめる。
果たして異世界でスマホのゲームができる何てことがあるだろうか。
なるほど、答えは一つしかないだろう。
キョロキョロと視界を回しながら、周りの様子を確認する。
こんな手の込んだドッキリなんて、テレビ番組かなんかだろうか。
最近のテレビはすごいんだな。
こんなのに騙されるなんてヤラセかよ、なんて思っていてすいません。
すっかり騙されました。
そんな誰に向けてなのかわからない謝罪を胸に、表情を緩めていく。
彼は恥ずかしさよりも安堵の気持ちが勝っていることに苦笑する。
よかった。
もう異世界なんて懲り懲りだと、異世界生活約一時間弱にして元の世界の素晴らしさに気づかされる。
そうだ。
元の世界で何もできなかった人間が、どうして異世界なら変われると思ったのだろうか。
その時の自分を問い詰めてやりたい。
「もういいだろう」
俺はどこかにいるであろう誰かに向けて降参してみる。
何の目的があってこんなことをしたのか、今考えてみると確かに面白いものが見れたことに気づき、恥ずかしさが込み上げてくる。
やっぱり動画とか取られているのだろうか。
全国の茶の間はさぞ賑やかになってくれることだろう。
これで一躍有名人か。
...是非とも削除を依頼したいものだ。
しかし、俺の気持ちとは裏腹に誰も姿を現さない。
まだ足りないのだろうか。もうこれ以上の醜態は晒せないぞ。今のがナンバーワンでオンリーワンの俺の実力だ。
「おーい、もう勘弁してくれ」
俺は両手両足を伸ばし地面に仰向けになる。
このまま眠ってしまえばさすがに起こしにくるだろう。
そう考えて俺は目を瞑り、この後に起こるであろうことに頭を悩ませながら意識を手放す。
陽の光に照らされ俺は起きる。周りを見渡しスマホを確認する。時刻は午後8時を過ぎていた。
嫌な汗が背中を伝う。
「おいおい、もう本当に勘弁してくれ」
力なく呟く彼の言葉に答えるものはなく、虚しく独り言と消えていった。
このドッキリは日本ではないのだろうか。
昼夜が逆転している。風もあるし、地面の感触は本物だ。
そんな馬鹿な。
鞄も昨日?と同じ位置にあるし、あの忌まわしい儀式の跡が確かに地面に残っている。
ということは場所は変わっていないはずだ。
頭が混乱する。
必死に頭に浮かんでいる結論から逃げるように頭を働かせる。
「誰かいるだろう!!」
自然と言葉が荒くなる。
やはり草原に響き渡った彼の怒声に返事など帰って来ず、サラサラと風が草原を撫でるのみ。
スマホの設定が変わっているのではないか。
そんなに用意周到なのか最近のテレビ番組は。
そう思い立ち、すぐさまスマホを確認する。
特に変わっている点は見られない。
俺は混乱でうまく思考が定まらないのを感じ、一旦落ち着くことにする。
どういうことなのだろうか。
いや、答えは出ているのだろう。
「あぁ、死にたい」
俺は人生で何度目かわからない口癖をつぶやき、ふて寝を決め込んだ。