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たかがたがだが

作者: 乙坂巴

 耳がかゆい。


 そういえば最後に耳かきしたのはいつだっただろうか?しばらく考えたけれど思い出すことはできなかった。思い出せないということは、少なくとも1~2週間の話ではないということだろう。毎日やるようなことでもないから、つい忘れがちになってしまう。


 私は耳かきを手に取り、リビングのソファーに腰かけ、耳かきを始めた。


 あぁ、気持ちいい。


 久しぶりだということもあり、思わずため息が漏れるほどの気持ちよさだった。外国では年単位で耳の掃除をせず、痛みが出てきたら病院に行くというような人も珍しくはないと聞く。たかが1か月かそこらでこんなにも気持ちがいいのだ。年単位で耳かきをしていなければいったいどれほど気持ちがいいのかと想像してしまった。


 もっとも、そうなる前に今日のようにかゆくて我慢できなくなってしまうのだけれど。


 耳の中は、いつ掃除したか忘れるくらい触っていなかったから、なかなか汚れていた。こういう人目に付きにくいところにも気を配るのが、エチケットよね。1種の女子力とも言えるかも。


「痛っ!?」


 調子にのって奥まで入れすぎたみたい。血が出てはいないかな、と指で耳を触り、出血の有無を確かめる。幸い指に血が付くようなことはなく、傷がついたわけではないみたいだった。あぁ、よかった。もっと慎重にやらなくちゃ。


「あれっ?」


 今度はやりすぎないように気を付けようと思いながら、再度耳かきを手に取ったところで、何かがソファーに落ちていることに気づいた。


「なんだろ、これ?」


 耳掃除を始める前にはなかったはずのそれを手に取り、観察する。


 およそ2センチ四方くらいの白い立方体で、ちょうど消しゴムのような見た目だった。固くもなく柔らかくもなく、不思議な感触だった。そして、その立方体の1面に黒いマジックペンのようなもので『たが』と書かれていた。


「たがって何?多賀?多賀さんの消しゴムなの?何でこんなところに?」


 この消しゴムのようなものは、耳掃除を始めるまではなかった。それは確かなことだと思う。ということは、耳から出てきたということになるけれど、いつから入っていたかとか、誰があるいはどうやって入れたかとか以前に、この大きさでは耳の中に入るはずがない。


「多賀さんって誰よ!?そんな人知らないし」


 どこから出てきたのか知らないが、さして必要なものとは思えない。少なくとも私には意味のないものだ。私はその消しゴムのようなものをゴミ箱に捨て、耳掃除に戻った。まだまだきれいにしなくちゃね。なんといっても、私には耳が2つあるからねっ!


 あぁ、気持ちいい。


 翌朝、目覚まし時計のアラームの音で目が覚めた。なんだかいつもよりも音が大きく聞こえる気がする。耳掃除をさぼっていたことで聞こえにくくなっていたのかもしれない。でももう大丈夫!ばっちりきれいにしたからね!


 身支度を済ませ、朝食を食べ終えると、学校へ行くため靴を履く。


「おかーさーん!いってきまーす!」


 そう声をかけると、キッチンの方から返事が返ってくる。


「はーい。いってらっしゃい。気を付けてね」


―――寄り道して帰りが遅くならないといいけど。


「大丈夫だって。そんなに遅くはならないから!」


 玄関のドアを開け、家の外に出る。全くお母さんったら心配性なんだから。そもそもそんなに遅く帰ったことなんてないのに。まあ、大事に思ってくれてるのはうれしいんだけどね。


「おはよー」


「おはー」


 教室に着くといつもの2人があいさつしてくれた。私を含めてこの3人は、去年も同じクラスだった。中学校はばらばらだったけど、高校に入学してすぐに意気投合して、今も仲良くしている。担任の先生も、そこの3人娘、なんて私たちをひとまとめにして呼ぶくらいいつも一緒にいる。


「おはよー」


 私は席に着き、カバンから教科書を出し、机に入れた。


「ねえ、聞いてよー。実はね、昨日の事なんだけど…」


―――またその話すんの?もう何回目だよ?どんだけ話したいんだよ。


 そんなにうんざりするほど聞かされるなんて、よほどのことがあったんだなと思った。


「もしかして、さっきまでその話してたの?」


「そうだけど…、何で分かったの?」


「なんでって、今そう言ったじゃん?」


「あたし?あたしは言ってないけど…」


「あたしも」


「え?でも…」


 確かに聞こえたはずなのに、どういうことなのか。2人ともこんな意味のない嘘はつかないはず。そのことはずっと一緒にいた私自身が1番知っている。空耳?ほかの人の声と聞き違えた?なんにせよ2人は知らないと言っている。きっと私の勘違いだろう。


「やっぱ私の勘違いだったみたい。それで?」


「何それ?まあ、あんたが変なのは今に始まったことじゃないからいいけど」


「ちょっと!?ひどくない!?」


「いや、ホントのことだから」


「ひどいよー」


 2人とも私のことをバカにしているような気がするけれど、これは仲がいいからこそのものだと思うし、私自身つらいと感じたことはない。


「あれ?何の話してたか忘れちゃった」


「昨日見た変な人の話でしょ?もうボケちゃった?」


「ああ、そうだった。昨日ね、家に帰る途中で…」


 そんな他愛もない話を続けていると、教室に担任の先生がやっていた。私たちは話を切り上げ、自分の席へと戻る。


 いつものようにホームルームが終わり、いつものように授業が始まる。


 でも。


 なんだか今日は騒がしい。耳掃除をしたからどうこうというレベルじゃない。クラスメイトはそれぞれ授業に関係ないことを声に出しているし、先生はそれに対して注意もしない。それどころか、先生もちょくちょく、今日の昼はどうしようかなぁとか、そろそろテストの問題作らなくちゃなぁとか、そんなことを言っている。いつもはこんなことなかったのに。


 集中できないんですけど!


 このままじゃ全然授業の内容が頭に入らないので、静かにしてもらおうと手を上げかけたところで、違和感に気付いた。


 先生が授業に関係のないことを話しているとき、口が動いていない。最初は腹話術の練習なのかなと思った。でも、それにしては全く口を動かしている様子がないし、発音もはっきりしている。かくし芸にしてはレベルが高すぎるし、言っちゃ悪いけどこの先生はそんなに面白味のある人ではない。


 周りを見渡すと、他のクラスメイトも同じように、口を動かさず、腹話術のようにして話している。


 クラスメイト全員が?


 私1人を仲間外れにして腹話術を?


 そんなことはありえない。


 まず、私を仲間外れにするなんて2人が許すはずがない。それくらいには信頼しているし、万が一サプライズを企画していたのだとしても、クラスメイト全員はおろか、先生までが協力するとは考えられない。もう1度言うけど、この先生はそんなに面白味のある人ではない。


 それじゃあいったいなんなのか?


 空耳?


 クラスメイト全員プラス先生の考えが聞こえることが?


 あり得ない。そんな空耳があってたまりますか!大体幻聴ってレベルの音量じゃない。うるさくて集中できないくらいなのに。


 大体みんな思ってることを口に出すもんじゃない………。


 思っていること?


 もしかして。


 何でかわからないけど、私には人が考えていること、思っていることが聞こえてる?


 少なくともクラス全員プラス先生が私にナイショで腹話術の練習をしている、その練習の声が私に聞こえないと思っているというよりは、いくらか可能性がありそうに思える。


 いやいや、そんな可能性があってたまりますか!私は自分でも気づかないうちに疲れてただけ。そう、これは夢なの。しばらくすれば、目が覚めて、いつも通りの…、


 ちょっと田中君!下ネタはやめて!あなたの性癖なんて聞いてもうれしくないからっ!足の指の良さなんて知りたくないからっ!


 美香ちゃん!美香ちゃんが飼ってるウサギの可愛さは伝わったからっ!もう十分もふもふ伝わったからっ!


 ………


 駄目だ。全然夢が終わらない。このまま教室にいたらおかしくなってしまうそう。とにかくここを出よう。


「先生。なんだか気分が悪いので、保健室に行ってきてもいいですか?」


「あ、ああ。分かった。1人で大丈夫か?」


―――男の俺がどうこう言うのははばかられるからまいいか。見たところ顔色も悪いようだし。


「はい、大丈夫です」


 それでいいんですか先生。そりゃいろいろ聞かれるのは嫌ですけど、もしかしたらさぼりかもしれないのに、そんな簡単に許したらみんなが真似するかもしれませんよ?まあ、私はさぼりじゃないからいいんですけど。


 なるべく静かに教室を出て、保健室へと向かう。


 途中に通り過ぎた教室からも、私のクラスと同じように、授業とは関係のないあんなことやこんなことが、それこそうるさいくらいに聞こえてきた。


 でも、教室をのぞいてみても普通に授業が行われているだけで、変わったところはなかった。


 どうやらおかしいのは私の方ということみたいだ。


 どうしてこんなことになったのか。


 授業が始まるまでは変わったことなんて何も………。


「あっ!」


 授業が始まる前、3人で話していたときに誰か分からない声が聞こえた。あの時は特に気にしていなかったけど、話の流れからしてあれはその時考えていたこと、いわゆる心の声というやつだったのかもしれない。


 その可能性に思い当たると、もうそれしかないと思えてきた。


 朝、学校に着いた時にはもうおかしかったということは、原因はそれより前ということになる。


 私は、必死に朝家を出る前の事や昨日のことを思い返したが、原因になりそうなことは思い当たらなかった。しいて言うなら、耳掃除をしたくらいか。


 耳掃除?


 今の私の状態は、声に出していない思い、音になっていない考えが聞こえていると見ていいと思う。


 それはつまり、普通は聞こえないはずの心の声が聞こえている。つまり、私の耳が聞こえすぎていると言えないこともない。


 昨日、私が耳掃除をがんばりすぎてきれいにしすぎたから、通常聞こえない声まで聞こえるように、なんてそんなことがあってたまりますかっ!


 耳掃除くらい誰だってするでしょうがっ!昨日初めて耳掃除をしたわけでもあるまいに、そんな特殊能力に目覚めるなんて、目覚め方カッコ悪すぎでしょ!?


 そう。耳掃除は最近していなかったというだけで、私が生まれてからおよそ18年間、数えきれないほど耳掃除をしてきて何もなかったのに。


 昨日の1回の耳掃除でどうにかなるなんて。朝起きて顔を洗ったら人相が変わって別人になったと言ってるようなものじゃないか。


 昨日の耳掃除だって、これまでと同じように、何も変わったところなんて…。


 あった。


 私は、昨日の耳掃除の最中、痛みを感じた後に見つけた白い消しゴムのようなもののことを思い出した。


 あの時はゴミか何かとしか思ってなかったけど、耳に傷1つついていなかったのにあれだけ痛かったのは変だし、そのタイミングであの白い消しゴムみたいなのを見つけたのも気になる。


 確か、『たが』って書いてあったんだっけ?


 あの時は名前か何かかなと思ったけど、『たが』?


 もしかして、『たが』が外れるとかの『たが』?リミッターとかそういう意味の?


 私の耳から『たが』が外れたから、聞こえないはずの声まで聞こえるようになったってこと?


 まさか。


 まさかだよねぇ?


 そんなギャグみたいなことがあるわけ。


 とにかく。


 このギャグみたいな状況をどうにかする方法は、私の頭の中にはなかったし、そんな特殊な状況に陥った場合のことを考えている人の心の声は聞こえなかった。


 保健室の先生に相談しようかと思ったけど、どうせ信じてもらえず、この子頭がおかしいんじゃ…、なんて考えている心の声を聞く羽目になりそうなのでやめた。


 第一、いくら保険の先生だろうと、文字通り『たが』が外れた耳をどうにかする方法なんて知っているとは思えなかった。


 そんなこと、知っている方が頭がおかしいと、今の私でもそう思う。


 とにかく。


 『たが』が外れてこうなったのならば、『たが』をはめ直せば治るはず。『たが』をはめるという言葉を聞いたのは初めてで、正しい使い方なのかどうかわからないけど。


 私は昨日、ソファーの上にあった『たが』らしきものをゴミ箱に捨てた。


 幸い、今日は燃えるごみの日ではなかったので、あのゴミ袋はまだ家にあるはず。


 私は保健室に向かっていたその足で、学校を抜け出し自分の家へと走った。


 私は真面目な模範生なので、もちろん学校を抜け出すようなことはしたことがない。もうドキドキ。


 ちょっと!私の心臓うるさいよ!もう少し静かにして!


 自分の家に帰る途中、通り過ぎた民家の中から、その家の住人らしき人の心の声が聞こえてくる。


 爪切りはどこにあったっけ?とか、この甘さとしょっぱさのハーモニーがたまらんとか、この靴下穴空いてるから捨てようとか。


 さらに困ったことに、心の声が聞こえてくる範囲とその大きさが時間を追うごとに大きくなってきてる。


 今は自分の足音がうるさいくらいだった。


 「はぁ、はぁ、はぁ。着いた」


 家の中に入り、昨日『たが』らしき白い消しゴムのようなものを捨てたごみ箱の中を探す。昨日と同じビニール袋だからこの中にあるはず。


 ビニールがこすれる音が体中に響き渡る。


 ない。


 そんなはずはない。確かにこの中に捨てたはずなのに。


 心臓の鼓動、脈拍、血液の流れが手に取るように聞こえてくる。


 シンクの蛇口から落ちる水滴の音が。


 食べ物を冷やす冷蔵庫の音が。


 時を示す時計の針の音が。


 音が。

 

 音が。


 おとが。


「あぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁああぁぁ!!」


 私はたまらず家を飛び出した。


 どこか静かなところに行かなくちゃ。


 車が通らないところに。


 機械がないところに。


 建物がないところに。


 人がいないところに。


 私は夢中になって逃げた。


 どれだけ夢中になっても周りの音が聞こえなくなることはなかった。


 私は空き地に着いた。とても広い空き地。


 車の通りはまずないし、建物も人も流れる水もない。


 相変わらず自分の体の音は聞こえ続けていたけど、それでもさっきよりはいくらかましだった。


「はあ、これ重いんですけどー」


 声が聞こえた。


 おかしい。ここには私のほかに人はいないはず。


 でも聞き間違えるなんてことは、この耳に限ってあり得ない。


 声は私のすぐ後ろ、それも低い位置から聞こえた。今では、どの音がどの位置でなっているのか正確にわかるようになっていた。


 後ろを振り向く。


 しかし、誰もいない。


「それ絶対こっちの方が重いわー」


 また声が聞こえた。


 さっきと同じ、今私が向いている方。目の前の低いところから。


 低いところから?


 聞こえてくる場所ははっきりと分かっている。目の前に地面近くから。でも、そこには人がいない。透明人間がいれば解決するけど、手で辺りを探っても、何にも触れなかった。


 もしくはとても小さい人間がいれば、解決する。今の私は耳は良いけど目は普通だし。


 もしかしたら小人が見つかるかもしれないと、しゃがんでみる。筋肉が収縮し、軟骨がこすれ、骨がきしむ音がした。


 声が聞こえてくるあたりの地面を見てみると、蟻が行列を作って何かを運んでいた。


 なんだ、蟻か。


 ………


 あり?


「ほら、この蒸発しやすい液を辿って付いて「そっち軽すぎるんじゃ「おいぶつかってんじゃ「うわ、鱗粉が!鱗粉がはがれて「ここ、蜜がほとんど残ってなくね?誰だ「動くなよ。動く「草うめぇ!マジ草!「はい、もしもし。あぁ、ごぶさ「給食当番さんおねがいしまー「ドックフードの方がキャットフードよりまずいってホントか「じゃあ、逆にジェンガでドミノするってのはどうよ?新しくね?俺って天「当機は着陸態勢に入り「きゅうりって水だろ?だから、水筒にきゅうりいれてきたらオシャレじゃね?「よし!巣が完成した!あとは卵を「いや、お前それ、普通にドミノするのと変わらねえ「おせぇよ!こっちは腹減って「よしっ!穴ほろっ!「お前河童かよ!」おぉ、扇情的ー!」や、やめろぉぉぉ!!」たよ。じゃあ、逆に水を食べるっていうのはどうよ?」され、流されるぅー!」2番の、この犬は2足歩行かつ買い物などができるが、人間と呼ぶことはできない」世間はそのことを、水を飲むっていうんだよ!」の前、ドックフード食って吐いたから。マジでシャレにならんかった」のためを思って言ってるのに、何だって君はいつもそうなんだ!」った。あとで連絡するからよろしく」ください!いただきます!」いただきます!」ォルム。カブトムシこそが最強だって教えてやるよ」007円のお返しになります。ありがとうございました」ラマカン砂漠のモノマネやってよ」っしゃ!ゴキブリしとめてやったで!」か来た!誰か来たよっ!お客さん!誰?だれっ!?」なかかからんなぁ。場所変えた方がええんかな」を、自分のやったことへの責任をどう取るおつもりですかっ!」



「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああゝ嗚呼アァァァァァァァァぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」



 聖徳太子ってすごい。そう思った。

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