はじめに
その透明な嵐に混じらず、見つけ出すんだ
幾原邦彦『ユリ熊嵐』キャチコピーより抜粋
さて、話し始めようか。
それは書店で『ストーリーメーカー』を手にする所から始まる。
俺は神奈川県川崎市川崎区のDICEにいた。
DICEはビルの名前で最上階にはTOHOシネマズ川崎が入っており、5階には東急ハンズもあり、4階はユニクロやマックハウスがあり、要するに街に住む人達にとって有意義な楽しめるショッピングセンターとなっていた。
その3階に書店はあった。
俺は埼玉の実家に帰る前の時間つぶしに読むための本を探しに書店を訪れていた。
川崎市民に重宝されているビルであろう――書店の品揃えもそれなりに悪くなかった。
俺はなんの気なしに広いフロアを探索し、ひとまず3冊の本を購入した。
Last Note.『ミカグラ学園組曲1』
デイヴィッド A.プライス『メイキング・オブ・ピクサー』
そして、大塚英志『ストーリーメーカー』であった。
実を言うと、俺自身『ストーリーメーカー』は既読の本であった。
大学1年の頃、新書には面白いものが沢山あると気づいて――ある種の本読みには熱病のように新書にハマり、そして飽きていく時期があるものだと個人的には思っている――その時に、野口悠紀雄『「超」文章法』や戸田山和久『論文の教室』と共に読んだ覚えがあった。
大塚英志は、現代文学やオタク的サブカルチャーをかじっていそうな批評好きであれば、「まんが・アニメ的リアリズム」という、キャラクターを一度経由することで日本従来の私小説的なリアリズムの代替としての「現実」を呼び起こす概念が対になって浮かぶことだろう。
つまりはスゴい人と言うことだ。
その大塚英志の『ストーリーメーカー』の新装版が出た。
出版社は星海社で、この出版社は2000年代に狭く流行した小説や新書の復刻版をよく発売していた。
そのリバイバルは、ヒットもあれば凡打もあった。
希少な本の再版に最初は喜んだものだが、最近は食傷気味でもあった。
副社長の太田克史が出版社の経営上月にいくらかの数は必ず出版しなければならない――といった旨をどこかで語っていたはずだが、どうも仕方なしに発行した本もあるのではないかと穿ってしまうこともあった。
と、閑話休題。
しかし、俺は『ストーリーメーカー』を購入した。
ちょうど、小説というものに対してどう向き合えばいいのか分からない時期だった俺にとって何かしらのカンフル剤になれば良いと思ったからだ。
そうだ。
俺はスランプにあった。
小説を書くことに対して、
小説を面白いと読むことに対して、
ある種の困難を抱えてしまっていたのだ。
つまりは、小説を書けなくなってしまっていたのだ。
『ストーリーメーカー』の概要は忘れたが、確かいくつかの物語の類型を紹介した後、質問に答える形式で物語を作り出すトレーニングを行うものであったことは記憶していた。
ちょうどいい、1からリセットだ。
そう思い、他の2冊とともにレジに向かった。
帰り道、俺が最初に手にとったのは残念ながら『ミカグラ学園組曲1』だった。
大塚英志よりも放課後ストライド、ホップ・ステップ・ジャンピングッ、おもちゃの銃を撃ち抜くのだ・だ・だ・だっ!だった。
1時間ほどかけて、本を読み終え、そのリアリティ皆無の世界観とゲームのような論理レベルで成立した話の枠組みと、なろう小説のイメージと、少女漫画の読んだような情報量の多さと予断ないネタの乱立に、新しい時代の幕開けを感じつつ、俺はしばし思考し、続いて手にとったのは『メイキング・オブ・ピクサー』だった。
いまや『トイ・ストーリー』や『モンスターズ・インク』などでアメリカの映画界に欠かせないアニメーションスタジオとなったPIXARの黎明期の奮闘を語ったノンフィクション小説であり、
冒頭の1ページ目から実に翻訳した海外小説の、それも経済小説的な始まり方をしつつ俺はページをめくっていった。
最後に読んだ『ストーリーメーカー』だった。
失礼な話だった。
土下座するレベルだった。
しかし、下手なおだてに聞こえるかもしれないが、
一番衝撃を受けたのは『ストーリーメーカー』だった。
既読だった俺は、新装版として追加されたと聞く、補講とあとがきを先に読んだ。
結末から読む畑の人間だった。
良かった。
超良かった。
特にあとがきが良かった。
詳細は内容に関する部分のため、控えさせていただくが、
とりあえず俺は、このストーリーメーカーの30の質問をベースに物語を作ってみようと思った。
もちろん、これで俺の「小説書けない病」が治るとは思っていない。
自分と物語の距離のとり方を、うまく見つけられるとも思っていない。
頭の良さそうな、衒学的な引用症候群を許してもらえるのなら、
村上春樹も『風の歌を聴け』において、「結局のところ、文章を書くことは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みに過ぎない」と言っている。
だが、それでも俺は挑もうと思う。
強固な自我が物語を生む一方で、物語の生成によって強固な自我を生むこともできるという、大塚先生の逆説的な論理を完璧に信じた訳ではないが、
そのテキトーな、けれど熱を持った、ゼロ年代らしいアクロバティックな理屈に乗っかってみようと思う。
もしかしたら、俺はもっと良い物語を描き出せるようになるかもしれない。
だから、この物語は君たちのためのものじゃない。
俺のための小説だ。
君たちがこの小説に寄り添えたければ、俺と同じように『ストーリーメーカー』をレジに持って、自室のPCの前でキーボードを走らせるしかない。
それじゃあ、始めていこう。
人間の「物語発生装置」を再起動させる30の問い。
『ストーリーメーカー』に書かれている質問は以下の通りだ。
Q1:まずあなたがこれから書こうとする物語のうち、頭の中に現状あるものをどのような形でもいいのでとりあえず書いて下さい。
Q2:Q1のプロットを一文で言い表すとどうなりますか。
Q3:あなたがこれから書こうとする物語の主人公について思いつくままに記して下さい。
Q4:あなたの主人公が現在抱えている問題を「主人公は☓☓☓が欠けている状態になる」という形で表現して下さい。
Q5:あなたの主人公の「現在」について設計して、一番イメージに合うものを以下より選択して下さい。
・まだ運命を自覚していない、普通の人
・何らかの社会的地位や成功の状態の人
・かつて成功したが、今はうまくいっていない人
・全く成功していない人
Q6:Q5を選びましたら、ログラインを「主人公は☓☓☓な状態で△△△を求めているが最後に□□□になる」といった程度のシンプルな文章を作ってみて下さい。
Q7:あなたの主人公の現在に影響を与えた「過去」について記入して下さい。
Q8:Q4の質問を踏まえて主人公が「欠けているもの」を手に入れるために誰かから与えられる、(あるいは自らこなさなくてはいけない)具体的な課題やミッション、クエストはなにか考えて下さい。
Q9:その外的な目的や課題を主人公が最終的に達成するか否かを決めましょう。
Q10:その結果象徴的に手に入れるもの、ないしは失うものは何でしょう。
Q11:主人公の目的達成を妨害する中心的キャラクター「敵対者」は誰ですか?
Q12:主人公と敵対者の価値観や考え方はどう違いますか。
Q13:主人公の傍らにいて目的達成を助けるキャラクターは誰ですか。
Q14:主人公を助ける中心的キャラクターが主人公を助けるのは何故ですか。
Q15:主人公を庇護したり主人公が成功するポイントとなる力、アイテム、アイデア、知恵などを与えてくれるキャラクターは誰ですか?
Q16:主人公がQ15のキャラクターから援助を受けるのは何故でしょう。
Q17:主人公の生きている「日常世界」はどういう場所・環境ですか。
Q18:その日常に聞きが迫っていることを予感させるできごとは何ですか。
Q19:その日常はどのように具体的に脅かされますか。
Q20:主人公に行動を起こさせるきっかけとなる「使者」「依頼者」は誰ですか。
Q21:主人公が行動を起こすことをためらったり、誰かにとめられます。そのくだりを必ずつくってくおいて下さい。
Q22:主人公の行動に対して何かタブーを与えますか。
Q23:主人公が物語の中で到達する「日常」と最も離れた場所はどこですか。
Q24:主人公はそこで直面した問題をどうやって解決し、その結果、主人公はどう変わりますか。
Q25:主人公が目的を達成するために失ったものは何ですか。
Q26:敵対者と直接、対峙した時、主人公は敵対者を理解しますか、和解したり、赦すことは。赦せないとしたら何故、どこが。
Q27:この物語の結末において主人公の生きる環境はどう変わりますか。
Q28:これまでの回答をもとにすとーりーをグラフの各項目に書き込んでまとめて下さい。
Q29:以上を踏まえてQ1で書きかけたプロットを第一部第五章のキャンベル/ホグラーの「ヒーローズ・ジャーニー」の12のプロセスに当てはめて整理して下さい。
Q30:もう一回、あなたのつくった物語を一言でまとめてみて下さい。
次回「問1~問5」に続きます。