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神羅

派生世界―『L-328F-P926』 一二月二十六日 一八時三二分(現地時間)

静岡県 富士市 山頂 (並行世界)



「ここね」

山頂付近、マナが持つ『世界を告げる鐘』が激しく鳴り始めた。

「なんか鳴りだしたぞ?」

「ここに『世界の種』がある証拠です」

飛鳥の質問にレイトが答えた。

「じゃあさっそくコーティングを…」

マナが並行世界から出ようとした刹那、飛鳥がふとした疑問を口にする。

「なあ、そういえばあの辻斬りグルモって奴が新入りで幹部が七人ってことは、元々いた八人目はどこにいるだろうな?」

「がはっ」

その瞬間にくぐもった声がその場にいた者たちの耳へ届く。

「何っ?」

「伏せて!!」

パニックに陥る麻夜と飛鳥にマナは反射的に指示を出す。とっさにかがむ二人の上を何かが飛んで行った。

「どういうこと?」

マナの今までに聞いたことの無い声に二人はゆっくりと顔を上げた。

「死覇を殺すには不意打ちかとも思ったが…。この程度なら何の問題もないな」

跳んで行った方向を見ると、そこにはマシューが埋まっていた。

「そんなことは訊いてないわ」

「ではどんな答えがお望みかな?」

「お前、マシューになにやってんだ。仲間だろ、レイト!」

飛鳥は激しくレイトを責めたてる。マシューが飛んできた方向には、レイトが穏やかに立っていた。その表情からは緊張感は見て取れなかったが、この周りに木々の生えない山には原因は他に考えられなかった。

「ああ、そっちか…」

レイト本人も、そのことに関して否定をしようとしてない。

「誰がお前らのことを仲間だなんて言ったんだ?」

「なんだと?」

「俺はお前らの『護衛』だ。だから俺は『お前ら』には手を出さんよ。ただし、俺が未熟なために、リグのやつがお前らを殺してしまったら…そこまでは面倒見きれんがね」

「なんですって?」

SF好きの麻夜もさすがに自分の命がかかっているのだから、この状況を楽しんではいられない。

「そしてマナ、お前に関しては何の指令も受けていない、もちろん、そこに転がるボンクラのこともな」

その言葉とともにマシューは立ち上がる。

「貴様、死覇にケンカを売るとはいい度胸だな」

むくりと起き上ったマシューは口についた血をぬぐいながらすごむが、レイトの表情は変わらない。

「そうかな?」

マシューは右手に作った火球をレイトに向かって放つ。

「なっ!?」

マシューの放った火球は鋼となったレイトの身体の前に無残に飛散した。

「おら、どうした?」

レイトは勢いそのままに右足でマシューの脇腹を捉え、再びマシューの身体は宙を舞った。

「あいつ、もしかしてめちゃくちゃつえーんじゃねえのか?」

レイトの表情はその鋼の肉体よりも冷たい。

一方的な展開をみせるレイトとマシューの戦闘は、素人の飛鳥の目から見ても明らかにレイトの言葉の方が説得力があった。

「貴様、私を怒らせてどうなるか分かっているのか!」

「ほお」

レイトはさらに追い打ちをかけてマシューを吹き飛ばす。レイトは地面に仰向けになったマシューの左耳からわずか数センチの位置に鋼となった自分の右脚を突き立てた。

「まっ、待て。実は私は東方死覇なんかじゃない。ほっ、ほら」

そう言うとマシューの顔の右半分から火傷の跡は消え、顔つきも鋭い目つきが垂れ目に代わる。

「なんだ?顔が変わった?」

その変化は離れた位置にいる飛鳥にまで分かる程度の変化だった。

マシューの言葉に構わず、レイトは先ほど突き刺した右脚を引き抜いてマシューの脇腹めがけて蹴りをくらわせた。

「がはっ。たっ、助けてくれ。だっ騙したことは謝る」

「偽物だったのか」

飛鳥は目の前で起こったいることについていけてない様子だった。

「てめえみてえな根性無しが死覇を名乗るとは、時代も変わったもんだ」

「何を…」

「騙して悪かっただ?最初からてめえのことを死覇だなんて思っちゃいねえよ。あの戦慄はお前程度の模擬魔法で真似できるものではない」

「あなた、死覇に会ったことがあるの?」

それまで黙っていたマナが、しかし一切の躊躇もなく訊ねた。

「どうせ死ぬ身だ。知る必要はあるまい」

「助けて…」

マシューは見る影もなくうろたえている。

「その願い、叶えましょう。ただしただじゃねえけどな」

「キリア!」

「キリア…」

声のする方へ全員が目を向けると、キリアが一対の刀を両手に持ってこちらに歩いているところだった。

「ようやく本性表したか。薄ら笑い野郎」

「リグはどうした?」

「どうせもうすぐ同じところで暮らすんだ。知る必要は無かろう」

「貴様…」

レイトが右手を掲げると、刃渡りがレイトの腰ほどもある両刃の斧が姿を現した。

「それがお前の神具か?」

「うぉぉぉぉっ」

キリアは迫りくるレイトの刃を左手の黒刀で防ぎ、右手の白刀を払う。レイトはぎりぎりで刃をかわす。

「おら、ノロノロやってると首が飛ぶぞ」

文面をそのまま受け取ると、キリアの言葉は悪の組織にしか聞こえない。

「仮にも世界を守る組織が言うセリフじゃないな。ゴロツキが」

「悪いな、ただの戦争屋だ」

レイトの斧をはじいた後、キリアは回し蹴りを放つ。

「マナ、そいつら邪魔だ。並行世界から出てろ」

「分かったわ」

マナはキリアの言葉に従って飛鳥と麻夜を並行世界から連れ出した。

「それで逃がしたつもりか?俺はこの後『世界の種』を手に入れるためにあいつらがいるところに行く予定なんだが」

「逃げたわけじゃねえ、邪魔だからどかしただけだ」

「減らず口を…」

レイトはしゃがみこんで地面に手を当てるとレイトの周り三メートル四方が鈍い光沢を放つ鉄へと変化した。

「特別にでかくしてやったぜ。お前の墓石にしちゃあ上等だろ?」

レイトは口角をあげると、変化させた一辺三メートルの一気に引き抜きキリアに向かって投げつけた。

「確かに俺にはもったいない」

迫りくる鉄塊を目の前にしても、キリアの表情は無のままである。

「だからお前に返すぜ」


「なんだ…あれは…」

キリア達をひそかに尾行していたパグは目の前の光景を疑うことしかできなかった。

レイトの放った鉄塊は勢いよく、放った本人に向かって襲い掛かった。

重力使い(グラヴィティ・マスター)が鉄塊の重力を小さくしたために風の影響を受けたのではない、明らかな敵意を持って、レイトに向かって行ったのがパグには分かった。

「…斥力?」

パグの脳裏に浮かんだのはその二文字であった。

しかし、パグの知る限り重力に対する斥力(少なくとも見かけ上であっても)をもつ神能の存在は確認されていない……ただ一つを除いては。

「彼はいったい何者なんだ?」

報告では今回作戦を受けた第七七七支部は額面通り受け取れば決して強い部隊とは言えない、むしろ能力は低いと言って差し支えない。

今までパグがこの世界に来てから監視を続けてのキリア達の評価は報告以上程度だった。

確かにキリア達、というよりキリアの能力はその部隊に与えられた数字よりはるかに高い、正規軍として採用しても差し支えないと言ってもよかった。が、しかし…

「これはまるで…」

今の攻撃はそれ以上、いや、下手をすると死覇である自分以上の力があるのではと感じた。


「なんだ、これはっ!?」

キリアの反撃に脅威を感じたのはパグだけではなかった。

実際に反撃されたのはレイトなので、それは当然ともいえた。

「何って、お前が物騒なもん投げてくれるからお前に返しただけだろ」

レイトの裏切りにもまたその攻撃にも微塵の動揺を見せずキリアは淡々と答えた。

「ふざけるな!てめぇ、今一体何をやった?触れもせずに鉄塊を弾き飛ばすなんて…」

「まあ、ちょっと珍しいかな、斥力は…」

「斥力だとっ!?」

レイトの顔は恐怖にひきつった。レイトももともと時空制御局の人間だ、斥力という言葉が持つ意味を知っていた。

「てめぇ、何者だっ!?」


「っ!?」

そこで、パグに通信が入った。

《おう、パグ、悪いな、まだ、派生世界(そと)か?》

「あっ、ヴァルケさん。ちょうどよかった、今とんでもないことが」

《?どうした?》

いつも冷静沈着なパグがいつになく興奮していることに、ヴァルケは多少の驚きを覚えた。

「観察対象、いえ、そのうちの一人、キリアと言う男が…」

《キリアだとっ!?》

今度はパグの三倍ほどの驚きの声が通信機越しに聞こえてきた。

「どうしたんですか?」

《その男の特徴は?いや、外見なんぞあてにならんか、そいつはどんな神能を使っている?》

「はぁ、神能かどうか、それに見たままの神能か信じられませんが、斥力のようなものを…」

《斥力だとっ!?》


キリアと、ヴァルケの口から同時に放たれた言葉はレイト、パグともに衝撃をもたらすこととなる。

《そいつが斥力を使うのなら間違いない、》

「俺か?なんだ、今まで一緒だったのに知らねえのか?」

キリアとヴァルケの声はシンクロし、ゆっくりと残りの二人の脳内へ彼らが発する言葉が浸透していく。

《そいつは先代東方死覇…》

「俺の名は」


《「キリア、キリア=トライハート=神羅」》

その宣告に二人は固まることしかできなかった。

先に意識を取り戻したのはパグであった。そこは、腐っても西方死覇ということか、すぐさまヴァルケに問い返した。

「しかしヴァルケさんっ!確か先代の東方死覇は爆死したはず、それに、どう見ても俺より年下ですよっ!?」

《なんだ、お前らしくもない。そいつの強さが必ずしも年齢と結びつかないだろ。それに、やつの斥力をもってすればあるいはあの程度の爆発は防げたかもしれん。確証はねえが》

「あの程度って…、神羅以外の死傷者がいなかったとはいえ、爆心地と思われる地点から半径四十キロは焼け野原になったんですよ」

《あいつにとっては訳もないだろうさ、なんたってあいつは…》


「はっ!?」

パグが意識を取り戻してから一拍おいて我に返ったレイトは自分の記憶と現在の状況を照合し始めた。

「おまえ、守護神は成り神じゃなかったのかっ!?」

予想外の反撃に思考が混乱したレイトであったが、確かに、キリアの守護神には名前が無いと、飛鳥が言っていた記憶にレイトはたどり着いた。

「誰が言ったんだ?そんなこと…俺の守護神は『ななしの神』だ」

「名無し……、まさかっ!?七死の命っ!?」

キリアは平然と言ってのける。

「真名は『神羅』。かつて世界創生時に太陽と月を廻って起こった神々の神戦時に七つに分かれた世界に唯一属さず、あらゆる神々と争い、その神々たちのあらゆる能力を手に入るその神能は『神喰(ゴッド・イーター)』と呼ばれ、やがて七つの世界に死を与える神、名無しの命は七死の命となり、太陽の神天照と月の神月詠を配下とした。通常一人の人間が受けることのできる神の加護は一つだが、七死の命の加護を受けた者は天照と月詠の加護も得る。通常の人間が加護を受けることができる守護神が一柱なのは人間に対してあまりにもその力が大きいため二つ以上の神能は器である人間が耐えられないからだが、もし仮にその器の中に入れることができたならどうなると思う?」

「何っ!?」

驚いたのはレイトだけではなかった。

「二つの神能?」

パグは無意識に呟く。当然、その道に長けている者ほど、その事実は受け入れがたい。

しかし、それはヴァルケによって事実であると告げられる。

《二つどころの騒ぎじゃない、七死の命の『神喰』だけでなく、天照のあらゆる実態を破壊する『日射国』、月詠の実体のない者を破壊する『闇切国』、そして…》

「神々の力は互いに反発しあいそこで大きな力を生む。星を司る神々を従えたことと、その大きな反発力はやがて俺の中で一つの力となった」

《そして、引力と斥力を操る『相反する(ダーク・マター)』という神能が生まれた》

「そんなバカな!神能を生むって、それじゃあ、彼は神ってことですかっ!?」

《まあ、『相反する力』が神能じゃないとも、キリアが神になったとも言えるが、あっ、そうだ、間違ってもキリア本人に神になったなんて言うなよ?すっごく嫌がるからな》

「……」

《どうかしたのか?パグ?》

「いえ、神羅が生きていたことをさも当然と言う風にお話しされているので、なんとなく…」

《ああ、まあ、さっきも言ったが、やつはもっとも『死』というものから遠い存在だったよ。もっとも『死』が似つかわしくない男だった。爆死と言う結果が制御局の正式決定でなけりゃ絶対に信じちゃいなかっただろうからな》

「そんなに…」

《ああ、まあお前も見てみりゃわかる。俺もそっちに行くとするかな》

「今からですか?」

《ん?ああ、まあ、そのあと色々ありそうだからな…。今から上層部(うえ)と掛け合ってすぐに『一方通行』を解除する》

「色々?」

《とりあえずお前は本部にこのことを連絡しろ。キリア程の戦力、ほっとくには惜しいからな》

「分かりました。では、すぐに」

そこでヴァルケとの通信を切断し、死覇専用の秘匿回線で直接時空制御局本部に接続を試みた。



「神羅だとっ!?ふざけたことをっ!お前、その名の意味を知っているのか?」

「さあな、今度調べておくよ」

「ちっ」

会話は無駄と悟り、今度は右腕を鋼鉄にしてキリアに殴り掛かった。

「その程度じゃ届かんね」

言葉通り、レイトの拳はキリアの身体に触れる寸前でまるで磁石の同極を近づけたようにはじかれた。

「くっ」

「分かったか?」

キリアが両腕を垂らして手を広げると、別空間から柄に鎖のついた二振りの刀が出現した。

直刃の日射国(ひのさすくに)の御太刀と黒刀乱刃の闇切国(やみきるくに)の御太刀。

二振りの刀に共通するのは柄についた鎖が刀と同時に出現したキリアの両腕にまかれた重厚感のあるブレスレットにつながっていることだ。

「鎖のついたその刀…。本当に、本物……」

「ほー、この刀のことは知ってんのか?」

この質問にはキリアは素直に感心した。

「嫌味のつもりか?実体のあるもの全てを切ることのできる日射国の御太刀、実体のないもの全てを切り裂くことのできる闇切国の御太刀、貴様がまだ東方死覇だった頃、犯罪者たちが震え上がったその二振りの刀を知らぬはずがないだろう?」

「……七色の宝石が活動を始めたのは約二年前、今のお前のニュアンスは犯罪者側の発言だった。…お前、七色の宝石を作る前にどこかの組織にいたのか?」

レイトは自虐的な笑みを浮かべてこれに答えた。

「東方死覇辞めて、今は探偵でもやってんのか?……そのとおり、俺はかつて『北の(ノース・フォレスト)』の下部組織、『森の(フォレスト・ウルフ)』の構成員だった」

「森の狼?どっかで聞いたことがあるような」

キリアが大げさに考えるそぶりを見せると、レイトは吠えた。

「てめぇが潰した組織の一つだっ!!」

「はて、俺は現役のころ敵を逃した記憶が無いんだがな」

「お前が『森の狼』の本部を潰した時、俺は制御局の方にいたからな。組織が無くなったことも制御局の支部で知った」

「ふん、制御局の危機管理も杜撰なもんだ。スパイが正規軍にいるとはな」

「ああ、なんせ力が物言う組織だからな。跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するスフィアだ、なによりも力が優先される」

「ふーん、まあ、そうかもな」

「だから、俺が裏切ったからって、ごちゃごちゃ言うんじゃねーっ!!」

レイトは全身を鋼にしてキリアに突っ込んできた。

「まあ、もっとも俺にとって制御局の方がアルバイトだが…」

自分の射程圏内にキリアが入ると鋼にした自分の足を地面に突き立てて一気に拳を振り下ろす。

「なっ!!」

キリアの額にインパクトした瞬間、期待していた反応は返ってこなかった。

「どうした?意外そうな顔してんな」

「くっ…」

「そんな顔すんなって、おまえの攻撃を相殺する程度の斥力を発現させただけだ」

「そんなことが…」

「だいたい、お前が言ったんだろ、この組織は力が物を言うって。俺はそこの頂点の四人のうちの一人だったんだぜ?十三番程度のやつが俺に勝てるとでも思ったのか?」

不敵な笑みとともに斥力の強さを増幅してレイトを弾き飛ばすと、体勢の崩れたレイトめがけて日射国の御太刀を振り下ろした。

「―がはっ」

振り下ろした刀はそれを防ごうとしたレイトの左腕をきれいに切り落とす。

「金属になってるから血は出ねえのか」

本来緊迫する場面だが、キリアは不釣り合いな表情で戦況を鑑みている。

「まあいい、てめえは生きて本部まで連れて行く。その方が本部は嫌がるだろうからな。今はやりの反政府組織の親玉が正規軍のスパイだったなんて」

(こいつ、マジでやばい)

レイトは敵わないと悟ると全速力で空に逃げ場を求めた。

「逃がすわけねえだろ…」

キリアの刀身が当たる範囲から退くレイトに向けてキリアが日射国を振り上げると、斥力の力を上乗せされた斬撃が刀身から離れて空中をレイトめがけて襲い掛かった。

「こいつは鎌鼬なんかじゃねえぜ?さっきお前の鉄くずを弾き返した斥力の力場が刃になったとと思え」

「だからなんだってンだっ」

「それ、加速するぞ」

キリアの言葉通り力場の斬撃は刃から離れた斬撃は距離の二乗に比例して威力を増しながら加速しレイトに襲い掛かった。

「うっ!!」

キリアの放った斬撃はレイトの両足を奪い、バランスを失ったレイトの身体は地面にたたきつけられる。

ゆっくりと、キリアはレイトに近づいて行く。

「くっ」

残った右腕を地面に叩きつけると、地面が金属へと変化し槍となってキリアに牙をむく。

しかし、無情にもその槍は飴のように曲がり、あさっての方向に向かって飛んでいく。

この間にレイトは切断された足を接合し、左腕を回収するためにキリアに背を向けて走り出す。

「往生際が悪りーな」

キリアは日射国を地面に突き刺すと、右手を広げ、ドッジボールほどの斥力球を生成しレイトの背中に向けて投げつけた。

「がはっ」

見事に命中した斥力球はレイトを吹っ飛ばしレイトの身体は地面に激突し激しく砂埃が舞い上がった。



「圧倒的…」

パグは思わず声を漏らした。それほどまでに、力の差は歴然だった。

裏切り者とはいえ、レイトは仮にも正規軍、十三番隊に所属するほどの実力の持ち主だ。

それがまるで赤子同然…

「そりゃ、そうさ。あいつは元東方死覇なんだからな」

「ヴァルケさん、早かったんですね」

パグが振り返ると、そこには炎帝、ヴァルケ=A=ガルムハルムがうれしそうな顔で大きな岩にもたれかかっていた。

「ああ、あいつに逃げられるわけにはいかないんでね」

「はあ、確かにすごいのは分かりましたけど…、なんていうか…」

「まるで、悪党か?」

「ええ」

「まあ、正義の味方じゃねえかもな。本人も言ってるし」

「本人?」


「さてと、それじゃあそろそろ決着(ケリ)をつけようか」

「くっ」

「身体の形状を変化させる能力は色々見てきたが、固体に変化させる能力で切った体がくっつくってのは知らなかった」

「てめえ、知らずに…、何のためらいもなく。貴様それでも制御局の人間かっ!?」

追い詰められたレイトの思考は未だにまとまっていない。言葉に反応し、キリアは歩みを止める。

「何言ってんだ?お前、制御局が正義の味方とでもいいたいのか?」

「犯罪者から全世界の市民を守るのが時空制御局の任務だ。あながち間違ってはいまいっ!」

もはや自分が犯罪者であることはレイトの脳裏からは切り離されている。

それほどまでに、キリアへの恐怖は極限に達していた。

「そんなんだから、お前は三流なんだ。俺たちは戦争屋だ。どんなにきれいごとを並べようとも、少なくとも、俺はな」

「―っ!?」

それでも、数々の死線をくぐり抜けてきたレイトである。自分にはもはや成すすべがないことを悟った。

「つっても、俺も鬼じゃねえ。ちょっとの間だが、一緒にいた仲だ」

キリアは両手に持った刀を異空間に戻して、手をポケットに突っ込んだ。

「チャンスをやろう。腕をくっつけていいぜ。全力でかかってきな」

「ふっ」

レイトはゆっくりと、己の腕を本来あるべき場所へ戻す。二、三度左の掌を開閉し、キリアの方へ向き直る。

「行くぞ、これが全力だ」

「硬てえだけだろ」

レイトはキリアと同様に異空間から剣を取り出した。

「宝剣、七色の宝石だ」

「へぇ、確か、東区の一部の地方の神話に出てくる剣だったか」

「よく知ってるな。まあ、今更驚かねえが」

「そうかい」

それ以上は語らず、レイトの右腕と宝剣が融合していく。

融合が完了すると同時に剣をキリアに向かって振り下ろす。



勝負が決まったのは、やはり一瞬であった。

レイトは剣を振り下ろす格好のままうつぶせに倒れこんでおり、キリアの右手には日射国の御太刀がしっかりと握られレイトに審判を下したことを物語っていた。


「空間抜刀術、いつみてもいい腕だ」

「空間抜刀術っ!?その技の使い手が現存するなんて!」

ヴァルケの発言に、思わずパグの声が上ずる。

異空間から物質を取り出す瞬間に生じるエネルギーを斬撃に変える空間抜刀術は、もはや伝説となっている失われた武術である。

「…なんだ。懐かしい感じがすると思えば、ヴァルケじゃねえか」

振り返ると、物陰にいたヴァルケがしっかりとキリアの後ろに立っていた。

「さも当然のごとく言うんだな。相変わらず自分勝手なやつだ」

「ちょうどいい、見てたんなら分かるだろ。こいつ連行しといてくれ」

「お前が仕留めたんだ。お前がやりゃあいいじゃねえか」

「今の俺にとっちゃ、少しばかり目立ちすぎるんでね」

「それだ。お前、あの爆発で死んだんじゃ…」

「ああ、死んださ。だからほっといてくれ」

キリアはそのままその場を去ろうとするが、間がいいのか悪いのか、マナが大声を出しながら並行世界に戻って近づいてきた。

「キリアーっ!もう終わったの?」

「ああ、ついでに連行する手間も省けたぜ」

「手間?」

「こいつに任せた」

振り返りもせず答えるキリアにマナは詰め寄った。

「任せたって、それじゃあ、何の功績もないじゃない!大体誰よ、この人達」

この人達、とはもちろんヴァルケ達のことである。

「そこのおっさんはヴァルケ=A=ガルムハルム、そっちのやつは知らん」

「……、え――――っ!!」

そこへさらに飛鳥達が合流する。

「どうした、マナ。レイトかっ!?」

「もしかして、逃がしちゃったとか?」

続けざまに放たれた飛鳥と麻夜のその疑問には、キリアが答える。

「誰が相手したと思ってんだ?そこで伸びてるよ」

キリアの指す方向へ飛鳥が目を向けると、うつぶせのレイトと、どうやら敵ではなさそうな男たちがいた。

「誰だ。おっさん?」

「俺か?俺の名はヴァルケ、南方死覇をやってる」

「ちなみに私はパグ、西方死覇をやってます」

「西方死覇?ああ、あの爺さん、そういえば引退したらしいな。お前はその弟子ってとこか?」

キリアは今日の天気ほどの関心をパグに示した。

「そうです。それにしても、先代東方死覇にお目にかかれるとは…、それにまさか私より若いとは思いませんでした。てっきり、ヴァルケさんの騎士団時代のお仲間かと」

「何でだよ?」

そこで、麻夜が話に割って入る。

「で、その何とか死覇ってなんなの?」

「制御局実行部隊の頂点に立つ四人にのみ与えられる称号よ」

「それって…」

「つまり、全世界で最高の部隊の、最強の四人のうちの二人ってこと」

マナの説明に、さすがに皆が静まり返る。ただ一人を除いては…

「まあ、そういうことだ。そして、そこでトンズラしようとしてるのが、先代東方死覇、キリア=トライハートさ」

「キリアが…」

「まあ、すごい実力の持ち主ってことはなんとなく思っていたけど」

「昔の話だ。今の俺には関係ない話だ」

「そっちの御嬢さんはさほど驚いてないようだが」

「わっ、私は…」

ヴァルケに急に話をふられたマナはいつもの歯に衣着せぬ物言いは鳴りを潜める。

その表情は、それが不意を突かれたからだけでなく、何かその心に秘めている秘密を知られないようにしているのだと、ヴァルケは見抜いた。

「んー、それにしても美人だね~。これなら、キリアが大好きな仕事をほっぽって自分の彼女に夢中になるのも分からんでもないなぁ」

「か、かか、彼女ってっ!!」

今度は一転、マナの顔は真っ赤になって、目はよく漫画などでデフォルメされて表現される、ぐるぐるの渦巻きみたいになっている、と表現するのがぴったりの典型的なパニックに陥っている。

その表情は、それが不意を突かれたからだけでなく、その心に秘めている想い(実際に気づいていないのは本人とキリアだけだが)をズバリ言い当てられた気がしたからだと、パグは見抜いた。

「ヴァルケ、お得意の詮索術はそれぐらいにしておけ。つまらん冗談はその御嬢さんは大っ嫌いなんだ」

「そうかい?結構お似合いだと思うんだがね」

「おお、おっお似…」

「いいから、さっさとそいつを連行してくれ。俺たちはもう帰る」

「そうはいかんねぇ」

「?」

そこでようやくキリアはしっかりとヴァルケの方に向きなおした。

「まさか、お前の顔を見るためだけに俺がわざわざ来たと思うのか?」

「……」

キリアは無言でヴァルケの言葉の続きを待つ。

「戻ってこい、キリア。お前の力は遊ばせておくには惜しい力だ」

「何言ってやがる。俺はちゃんと働いてるぜ?なんなら七七七番隊の報告書でも見せてやろうか?」

「どいつもこいつもC級犯ばっかじゃねえか」

「相変わらず、顔に似合わず手際のいい奴だ」

「顔に気品さがにじみ出ている俺に向かって失礼な奴だな。とにかく、お前の力は断じてそんな小物を狩るためにあるんじゃない」

「なぜ俺にこだわる?その後ろのやつも、ノエルも俺の後任だっているだろう。何よりあんたがいる、何の不足がある?」

和やかなムードから一転、一気に緊張がその場を支配する。

何の事情も知らぬ飛鳥と麻夜、マナも、死覇であるパグにも不用意に発言ができなくなっていた。

「分からんな。何故戦闘狂のお前がそれほどまでに拒む?確かに、東方死覇の地位にはたてんかもしれんが…。そもそも、なぜあの爆発から逃げることができた?それに、どうして生きていたならすぐに戻ってこなかった?」

「ふっ、どうでもいいことだ。俺が生きていた理由なんて。まあ、戦闘狂なのは否定できないがな」

そこで、緊張の糸がほぐれる。

「なんというか、変わったな。お前」

「そうかもな」

「まあ、いいか。確かに、現状戦力は事足りてはいるからな。ただし、今度酒に付き合えよ」

しかし、この和やかなムードは次のヴァルケの一言で瞬時に崩される。

「これなら、本部にお前を発見したことを報告したのはおせっかいだったかな?」

「何っ!?」

「どうした?」

「いつだっ!?いつ連絡した!?」

「こっちの世界に来る前だから、世界統一時間で約五十八分前だ」

何をそんなに焦ってるんだ、とヴァルケが言う間もなくキリアはマナに指示を出す。

「マナ、お前はすぐに支部に戻れ」

「分かったわ」

険しい顔つきで、マナは並行世界から姿を消した。

「何をそんなにあわててるんです?」

ヴァルケの言葉をパグが引き受けてキリアにぶつける。

「ちっ、もう来たようだな」

パグの言葉を完全に無視してキリアは空を見上げる。

「あれは…、専属騎士団?」

専属騎士団とは、時空制御局の上層機関である世界統一機関の重要人物に与えられる専属の部隊の通称である。

部隊と名付けられているが、その実は要人のボディーガード部分が大きい。つまりは、護衛がそれほどの人数が必要なほど重要な人物であるということだ。

「キリア=トライハートだな?」

その集団の先頭にいた男がキリアに告げる。

「いかにも」

キリアは素直に答えを返す。

「ヴァルトシュタイン卿がお呼びだ。おとなしく我々に従ってもらう」

「それはお前らの態度次第だ…と言いたいところだが、しつこく俺の周りを嗅ぎまわられたんじゃ鬱陶しくて仕方がない」

「おい」

そう言って先頭の男は後ろの男に指示を出す。

「こいつをつけてもらう」

「おい、あんたら、それじゃあ連行じゃないか」

ヴァルケが先頭の男にかみつく。

「南方死覇よ、これはヴァルトシュタイン卿のご指示です」

「……」

ヴァルケは、何か言いたそうだったが、小さく、まあいいかと言ってそれ以上は追及しなかった。

この間にも、他の団員がキリアの両手両足を神具の錠で拘束していく。

「あ、そうだ。ヴァルケ、悪いけど、こいつらの事頼むわ。あと『世界の種』も」

「ん?ああ」

「ついでに、そこに突っ立てる『元東方死覇』の事も頼むわ」

キリアは目線だけでマシューの方を示す。

「『元東方死覇』?」

「いや、俺は…」

マシューはばつが悪そうに目を泳がせる。

「つーことだ、二人とも。俺はこれから行くところができた。この世界は、とりあえず大丈夫だ。もう会うこともないかもしれんが元気でな」

「あっ、ああ」

「こちらこそ、ありがとう」

突然の出来事に、飛鳥と麻夜は何とか声を絞り出す。

「それでは、これより貴様を連行する」

専属騎士団の一人が統一世界へ通じる空間を形成する。

「はいはい、あっ、ちょっと待て」

「なんだ、貴様に選択肢は無い」

「なに、こいつらにひとつ伝え忘れたことがあっただけだ。大人しくしてやってんだからそれくらい大目に見ろよ」

「…さっさとしろ」

「お前ら、これからどうする気だ?」

「どう…とは?」

「将来の話さ。一応お前らには選択肢がある。この世界で普通に生活し、普通に死んでいくことも、お前らの親みたいに世界を守ることも」

「そんなこと…」

「私は…」

二人とも、この問いにすぐには答えが出せない。

「お前らがこの数週間どのように感じたかは分からん。実際、かなり危険な目にも会ってるしな。すぐに答えを出す必要はない。この仕事は常に命がけだ、自分の身が可愛いならこの仕事はやるべきじゃない」

そこでキリアは飛鳥と麻夜に背中を向け、自ら統一世界へと続く空間に向けて拘束具を引きづりながら歩き出しその手前で止まる。

「それでも…この仕事がやりたいってんなら」

そして最後に顔だけ向けて一言残して、キリアは異空間へ消えた。

「ようこそ、この素晴らしきクソッタレな世界へ」




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