先代東方死覇
「ん?なんか、違和感が…」
麻夜の言うとおり、三人が今立っている並行世界はどこか現実世界と違っていた。
「すみません。キリア程空間影響力が無いもので」
「空間影響力?」
「空間影響力とは、文字通りに空間形成、主に並行世界を形成するときに必要な先天的な能力です。この能力が高いほど並行世界は元の世界に近い形で形成されます。並行世界は派生世界には一つしか存在でき無いため、並行世界はその世界に存在するもっとも世界に影響を与える者の空間影響力によって上書きされます」
「で、その能力が高かったらなんか意味あんのか?」
飛鳥の疑問ももっともだ。要するに、その世界の再現性の問題だ。不完全ながらも、レイトが形成したこの並行世界は活動するのに今のところ支障はない。
「並行世界を形成するうえで再現された世界自体はほとんど意味はありません。極端な話、何もない平地だけでも十分なんです。問題は再現率自体に意味があるってことです」
「再現率?」
麻夜もレイトの言わんとする意味を理解できない。
「空間影響力とはそのまま空間に与える影響の強度を表しています。この力が高いほど世界の再現率は上がります。つまり、再現率が高いほど強大な力を有している指標となるんです」
「じゃあ、キリアめちゃくちゃ強え―ってことか」
飛鳥の発言は疑問とも納得とも取れたが、レイトはこれを質問と捉え、部分的に否定した。
「それは一概には言えないかな。彼と仕事をするのは初めてだけど、あれほど再現率の高い並行世界を見たことはありません。ですが、彼が第七七七番隊の隊員ということを考えると彼の実力を判断するのは難しいかなあ」
「ああ、確か数が大きいほど弱いんだったわね」
「ええ、一般的には…」
(キリアが本当に再現率の、額面通りの力を持っているのかは微妙なとこだが、間違いなく部隊の数字以上の力があるのは確かだ)
レイトの中でキリアの評価は、飛鳥達に語るよりずっと複雑であった。
派生世界―『L-328F-P926』 一二月二十六日 七時三八分(現地時間)
東京都 伊舘区 路上
「ふぁーっ、眠ぃ」
その後もレイトに付き合ってもらい雷術の練習をしていた飛鳥は翌朝いつもの三割増しの眠そうな顔で通学路を歩いていた。
「張り切り過ぎなのよ、いつもはキョーミありませんみたいな顔して」
「なんつーか、あれだよ。ジャケ買いしたゲームが意外に面白かったってやつだ」
「はぁ、あっそ」
そういう麻夜も少し眠そうだった。
その後ろをいつもと変わらぬ様子でレイトがついて行く。
その日、普段と違うと言えば麻夜が眠たそうにしているということだけだった。
下校時までは…
「なんだ?」
下校時間、普段は通過するだけのそこに人だかりができていた。
しかも若干、黄色い声が混じっているような気がする。
これは、つい先日も聞いたことのあるタイプの声だ。
「どこから来られたんですか?」
「明日から来られるんですか?」
「彼氏いますか?」
「なんでお前がいる?」
人だかりの中心にはこの学校の制服に身を包んだキリアとマナの姿があった。
まるで芸能人のように取材を受ける二人にやれやれといった具合で飛鳥は声をかける。
「よお、遅かったな」
それまで一切言葉を発していなかったキリアがようやくのんびりと体を預けていた校門の柱から体を浮かす。
もちろん、キリア達が沈黙を守っていたのは、わずかな時間しか滞在しないこの世界で、自分たちのことを嫌な奴と思われても一向に構わないからに他ならなかったが、その効果は残念ながら無かった。
むしろ、沈黙は血気盛んな高校生の少年少女にとっては不思議な魅力として映ったようだった。
「とりあえず帰るか。手続きはもう済んだし」
「手続き?」
ようやく追いつき、人ごみの中に飛鳥達を認めた麻夜はどうやら自分の好きなSFチックさを感じて身を乗り出して聞いてきた。
「転校手続きよ。そんなに目を輝かせるほどのモンじゃないわ」
「そうなの」
「そうよ、とりあえず帰るわよ」
周囲の視線を一切無視した異世界人二人の発言に大人しくついて行く高校生二人+異世界人一人。
「キリアはなんとなくそんな雰囲気だけど、マナも結構冷酷なのね」
この発言は独り言に近かったが、すぐ後ろにいたレイトは律儀に答えた。
「そうでもないですよ。初めての方だとそんな印象を受けるかもしれないですけど、異世界人への対処はあれくらいじゃないと、任務が遂行できません」
留学生ということで、キリアとマナは高校へ潜入しマナは飛鳥達のクラスに、キリアは三年五組に編入することになった。キリアが三年五組になったのは、飛鳥達のクラスに転校生が多すぎると不審に思う者が出てくるであろうと考え、後で情報操作を行う手間を省くためである。護衛と言うことで一応飛鳥達のクラスの真上に教室のある三年五組に編入した。
ちなみに、世界統一時間でキリアの年齢は二十一歳、マナは二十歳だが、テレビドラマや映画で学生役を演じる役者たちよりは少なくとも高校生には見える。
もっとも、時折見せるキリアの眼光は殺し屋のそれそのものであったが。
「お昼一緒にどうですか?」
が、そのようなことは少女たちには無意味であった。
「いや、結構だ。つれがいるんで」
そして、どのような黄色い声をかけられようがキリアは無関心だ。
「ねえねえ、キリア君ってなんか…こう」
「うん、うん。大人の魅力ってがあるよね」
(そりゃまあ、魅力かどうかは知らんが大人なんでね)
等と心の中で思いつつ、キリアは立ち上がり予め打ち合わせていた通りに学生食堂へ向かった。
「どうだった?そっちは?」
「どうもこうもない。毎回思うんだが、何故そんなに一緒に飯を食いたがるかね?腹に入りゃ一緒だろ」
「あんたってそこだけは昔から変わらないわよね」
心底不思議そうにキリアが、心底呆れたようにマナがつぶやいた。
「栄養の摂取なんて効率よく行った方が良いに決まってんだろ」
「あんたには情緒ってもんが無いの?」
「今更だな。俺にそんなもんがあると思っていたことの方が驚きだ」
「そう言われればそうね」
「そんなことより、飛鳥達はどこに行ったんだ?」
「レイトが立ち会って並行世界で魔法の練習してるわ」
「毎回思うが、スキエンティアの連中はどうしてこうも魔法が好きなのかね?」
「まあ、やっぱ無い物は欲しくなるんじゃない?」
「そんなもんかね」
食事を栄養の摂取と割り切るあたり、キリアに物欲が無いことは想像に難くない。
「いずれにせよ…」
キリアがそう言いかけた瞬間、世界は暗転する。
「この干渉力は幹部クラスだ」
今まで雑音を形成していた学生たちは消え去り(正確に言えば並行世界に移動したのは二人の方だが)、代わりにレイトたちと思われる怒声が聞こえる。
「飛鳥達の様子が気になるわ」
「待て、もう一人いる」
そう言うとキリアはレイトたちの声とは逆の方向へ顔を向ける。
「お前は飛鳥達のところへ」
「キリアは?」
「俺はこっちだ」
珍しく難しい顔をするキリアだったが、大人しくマナは指示に従って飛鳥達の方へ向かった。
「さて、こいつはどうしたもんかね」
一人残ったキリアは小さくつぶやいてもう一人の幹部の方へ向かって飛んで行った。
「はて、これはどういうことかね?」
キリアがその場に到着した時にはすでにその幹部の男は地面に突っ伏していた。そのとなりには甲冑の上にローブを着た男が立っていた。その甲冑はヴァルケのものによく似ている。
キリアの接近に気付いた男はキリアの方へ振り返るとその鋭い眼光を向けた。壮年の男の顔の右半分のやけどは、男が一般人では無いことを物語っている。
「なぜ…こんなところに神羅が…」
「神羅?」
キリアが降り立つと、七色の宝石の幹部が意識を失う前に残した言葉が耳に入った。
「誰だね、君は?」
「人に名を聞くときはまず自分から名乗れって教えてもらわなかったのか?」
並の者なら萎縮してしまいそうな男の睨みにもキリアは怯むことなく言葉を返した。
「ふふ、なかなか面白い小僧だ。よかろう、私の名はマシュー=ランバルだ」
「さっきの神羅ってのは?」
「口にしてくれるな。とうに捨てた名だ」
「なら、あんたが先代の東方死覇だってのか?」
「昔の話だ。今はマシュー=ランバルというただのしがない賞金稼ぎさ」
「フリーでやってるってことか?」
死覇を相手にしても、無遠慮に物申すキリアは態度だけは一人前に死覇級だった。
「まあ、そういうことだ。そろそろ君の名を教えてもらってもいいかな?」
「俺はキリア=トライハートだ。所属は時空制御局第七七七支部」
「だったらちょうどいい、さっさとこいつを連行して、報酬をいただこうか。確かこいつの首には四千万ニブルの懸賞金がついていたはずだ」
ニブルとは、統一世界の通貨である。
「四千万程度の首を相手にするなんて、死覇の名も安くなったもんだ」
「私も食わねばならんのでね。それにあまり目立ちたくもないしな」
「ふっ、それはそうかもな」
キリアはポケットに手を突っ込んであさっての方向を向いて苦笑いを浮かべた。
「まあいい、だが残念だな。俺は今この世界から離れられない」
「何故だね?」
「この世界は今七色の宝石をこれ以上増やさないために『一方通行』状態だ。一度入ったら『一方通行』が解除されるまでここへは戻れない。あんたとそいつの転送はしてやらんこともないが金が欲しけりゃ自分で手続きすることだな」
「……いつ解除されるのかね」
「『一方通行』のことか?そりゃあ『七色の宝石』を全員潰すか、俺たちが潰されるかのどちらかだな」
マシューは顎を二、三度なでるとキリアに告げた。
「仕方ない、私も協力しよう」
「はあ?」
かくして、『七色の宝石』の討伐部隊に東方死覇が加わった。