契約魔法
「さて、これで終わったわね」
イルバが地面にたたき落とされるより早くマナはそう告げるとポケットから先ほど回していたものと同じ型のネックレスを取り出すとキリアに投げた。
「おぉっと」
目も向けずに左手でそれをキャッチすると面白そうにそれをしげしげと眺めた。
「やっとか。ちょっと遅せえんじゃねえか?」
「しょうがないでしょ。ヴィンセントたちがやっと帰ってきたんだから。文句があるなら隊長に言ってよね」
「何それ?」
興味津々に覗き込んだのは言うまでもなく麻夜である。
「えーっと、あなたは麻夜?でいいのよね?」
「あっ、そういえば初対面だね。話だけではずっと聞いてたんだけど…。うん、私が高杉麻夜、よろしく。で、そのネックレスは…」
「これは、『世界を告げる鐘』。世界の種に反応するネックレスって言えばわかりやすいかな?」
「それで、先回りして守るってこと?」
「あら、理解が早いのね」
「でも、だったら何で最初っからそれを持ってこなかったの?」
「うちの隊には『世界を告げる鐘』が二つしかないの。今まで他の隊員が使ってたのよ。高いのよねーこれ」
マナは『世界を告げる鐘』を憎らしげに睨みつけた。
「でもまあ、十三番隊ならそんなこともないんでしょうけど?」
「この事件が終わればきっと本部に掛け合えば隊員全員分が授与されると思いますよ。それだけの仕事です、これは」
マナの皮肉的な問いかけに対して、暗に自分が『世界を告げる鐘』を持つことを肯定した。
「まっ、それはいいわ。キリア、早く降りてきなさい」
言われるがまま、キリアは急加速で地上に接近し、地上すれすれで減速して緩やかに地面に降り立った。
「どうした?」
「どうしたじゃないでしょ?みんなには伝えたの?」
「ああ…………」
「忘れてたんでしょ?」
図星だったらしく、キリアはそっぽを向く。
それに対してマナは、珍しく声を荒げずため息をつきながらキリア以外に説明を始めた。
「えーっと、まず君たちは半分護衛対象ではなくなりました」
「「…はぁ?」」
指された飛鳥と麻夜は声をそろえて疑問の意を示した。
「さっきも言ったけど、任務が若干変わったのよね。もともと、この世界のサーヴュランスが襲われるっていう事件があったから、スフィアへ逃げることのできないあなたたちの護衛として来たんだけど…」
「じゃあ、うちのマンションに私達たち以外いないのは避難してるってこと?」
麻夜が相変わらず要領よく自分の置かれた状況を理解する。
「ええ、最初は一時避難程度のことだったんだけど、相手が七色の宝石になったんであなたの親たちはそのままスフィアに待機。被害を減らすために護衛を最小限にして目的を確保するって指令だったんだけど、相手が七色の宝石になったんで、護衛し(・)な(・)が(・)ら(・)敵を(・)確保で(・)き(・)る(・)かどうか怪しくなってきたのよね」
「だから、あなたたちには自分の身は自分で守ってもらうことになったの」
「どうやってだよ。二十歳にならねえと俺たちはスフィアにいけねえから、超能力使えねえんだろ?」
飛鳥が冷静な質問を返す。
「よく知ってるわね。でもそれは神能のこと。あなたたちに覚えてもらうのは魔術よ」
マナの言葉を聞いたキリアは踵を返してその場から逃げようとした。
「ちょっと、キリア、どこに行こうとしてるのよ」
「……あれだ。ちょっと忘れ物をとりにスフィアへ」
「あんたがいなくなったらどうやってこの子たちに魔術教えんのよ?バカ言ってないで一度並行世界を閉じなさい」
分かっていた答えだったが、キリアはこれにわずかながらに反抗した。
「俺はな、受けた仕事しかしない主義なんだよ」
が、その抵抗はむなしくもこの少女(実際には二十歳だが、マナのハツラツさは多くの十代のハツラツさの三倍ほどあり、少女と言っても何の違和感もない)の屈託のない笑顔の前に粉砕する。
「大丈夫、大丈夫。私がちゃんと受けてきたから」
「だったらそれはお前の仕事だろ。どっちにしろ俺は受けてねえじゃねえか!」
「それも大丈夫。あんたの分のサインはデュカに書いてもらって、本部に出しといたから」
「……公文書偽造だ」
ため息交じりにこめかみを右手で押さえながらキリアはようやくあきらめの境地に至り、自らが作った並行世界を閉じた。
「あっ、元に戻った」
キリアが並行世界を閉じたことで五人は帰宅する人の波のど真ん中に、迷惑なことにたたずんでいた。
「とりあえず一度家に戻るぞ」
そういうとキリアは雑踏と一体化し飛鳥達のマンションへ向かった。
「まずはじめに言っておく、俺はお前らに魔法を教えることはできない」
「はぁ?さっきは納得してたじゃねえか」
飛鳥の家に全員がそろってリビングで思い思いの席に座ったところで発した第一声はこの言葉だった。
「魔法の使い方なら教えてやる。だが今回の魔法の会得法じゃあ、俺はお前らに魔法を教えることは無理だ」
「今回の会得法?じゃあ、他にも方法があるの?」
この質問は麻夜から発せられたが、飛鳥も同じ疑問を持っているようだった。
「ああ、まあな。今からお前らに覚えてもらうのは契約魔法だ」
「契約魔法?」
「ああ、スフィアに行けないお前らにとってはこれ以外ではまず魔法は使えない」
「へー」
「前に話した『神能』は神に与えられたって言ったな?この契約魔法はこれに似ていて、神と契約してその神の持つ力を使うことができる。ただし、能力の階級としてこの魔法は一番下に位置しているから、せいぜい一時的な、その場しのぎにしかならない」
「へー、それで、どうやったら私は魔法が使えるようになるの?」
自分が魔法を使えると知ってから、麻夜の目は輝きを増し続け、そのまま目から何か飛び出してきそうな勢いであった。
「契約者、つまり、スフィアの人間にその神能の力を使うことの許可を得ることだ」
「契約者?」
「ああ、神能が神と人との契約なら、契約魔法は人と人同士の契約だ。契約魔法はその神能をもつ者に認められさえすればすぐにでも魔法を使える」
「へー、意外と簡単なんだな」
ボーっと聞いていた飛鳥の言葉には意外感が含まれているのが明白だ。
「まあな、デメリットも大きいが」
「デメリット?」
「ああ、ひとつは契約魔法を与えたものには一方的に契約を破棄する権利がある。つまり、魔法を与えられた者は魔法を与えたものの気分次第で魔法が使えなくなるってことだ」
「まあ、自分の魔法で自分が攻撃されちゃあシャレになんねえだろうしな」
「そうね」
飛鳥の意見に麻夜も賛同した。
「まあ、体を不可視にする神能の持ち主とかなら、そういうこともあるかな。とにかく、ひとつめのデメリットは魔法が完全には自分のものじゃないってことだ」
「ふたつめは?」
「ふたつめはその魔力は、魔法を与えた者から離れれば離れる程威力が無くなり、異世界では完全に使えなくなることだ」
「なるほど」
「で、俺たちは誰と契約するんだ?」
「マナだ。あいつの神能は雷系統だから比較的に扱いやすい部類に入る。閃光弾的に使って逃げる時間も稼げる」
「ふーん」
「でっ、どうすればいいの?」
キリアはポケットから同じデザインのネックレスを飛鳥と麻夜に放ってよこした。
「それを着けろ。それらはすでにマナ側の契約は完了している。後はお前たちがその契約を許可するだけだ」
「どうやって許可すりゃいいんだ?」
「特別なことじゃない。そのペンダントを持って、心の中でマナと魔法の契約をすると念ずればいい」
そう言われて、二人は黙ってそれぞれのペンダントを握る。
「なんともねえけど」
「そうだな…」
一瞬のうちに、キリア、飛鳥、麻夜の三人は並行世界へと移行する(並行世界は同一世界と認識される)。
「あそこに見える赤い塔めがけてちょっと撃ってみろ」
「ちょっとできるかっ」
やれやれ、といた調子でキリアは自ら実演してみせる。
「こうだ」
キリアの言う、赤い塔に向けて手をかざすとキリアの右手から雷の束が塔めがけて放たれた。
「自分の手が延長され、あの塔を掴むイメージだ。やってみろ」
促されて、飛鳥と麻夜は見よう見まねでキリアと同じように手を動かす。
「おおぉ」
二人の手の先からひらひらと、頼りなさげではあるが雷の帯が出てきた。
「うーん、最初なら、こんなもんなのか?まあいい。そのままその帯の先に意識を集中して刀を作る。これも雷の束の先を鋭くするイメージしろ」
二人はキリアに言われた通りあーだのうーだの言いながらそれぞれの思い描く、「鋭い」と言うイメージを己の雷の束に送る。
「おおぉ」
感嘆とともに飛鳥の魔法は雷刀に生成されていた(正確に言えばナイフ程度の大きさだったが)。
どうやら、皮肉なことに無関心な飛鳥の方が魔法の扱いはうまいようだ。
「まあ、そんな感じだ。あとは自分で勝手に大きさを調整しろ。次はその帯で体を中心に球を生成しろ。球状のバリアを展開するって言った方がイメージしやすいか?」
キリアの指示に従って二人は雷のバリアの生成を試みる。
「まあ、その…なんだ。がんばれ」
二人のできは、残念ながらキリアの期待には応えられなかったようだ。
言葉と同時に、三人は元の派生世界に移動する。
「どうでした?」
飛鳥の部屋に待機していたレイトは成果を訊ねる。
「まあ、最初の発動まではまずまずだ。威力は使い物にならんが…」
二人の前でキリアははっきりと言ってのける。ここで下手に褒めると実際に戦闘となった時に危険なことをキリアは知っている。
「あとは任せた」
一方的に告げて、キリアは飛鳥の家を出た。