鉄⦅アイアン⦆
派生世界―『L-328F-P926』 一二月二十五日 十七時四分(現地時間)
東京都 伊舘区 路上 (並行世界)
ひとつ言っておこう、平穏な日常など唐突に無くなるということを…
俺たちは三人で帰宅すべく、駅へ向かって歩いていた。
三人とは俺浮島飛鳥、クラスメイトで幼馴染の高杉麻夜、そして転校生および護衛の国沢麗斗改めレイト=カントリーウェーブである。
すると、反対方向からいかにも、な感じの男が二人道の真ん中を人の三倍ほどの範囲を占領して歩いてきた。
別に喧嘩を売られても親父から護身術をたたきこまれているし、俺以外の人間は知らないが麻夜も実は同じ護身術を教えられている。
今思えばおそらくスフィアの格闘術のひとつなのだろう、一度気になって調べてみたことがあったが、結局それらしいものが見つからなかった(俺と麻夜だけが知っている格闘術なので、スフィアの格闘術であることはほぼ間違いない)。
それに、気に入らないが今は護衛もいる。
だが、この程度の迷惑者など他に山ほどいる。
そう決めて俺は横に避け、後ろの二人もそれに倣った。
が、しかし横に避けた瞬間に予想外のことが、おそらく誰にも予想できない(この世界の人間には少なくとも絶対に)現象が起こった。
その男二人は慣性の法則を無視して横に吹っ飛んだ。
表現としては横に落ちた、と言う方が正しいのかもしれないが、もちろんきっかけは数日前から俺の家に居候している異世界人、キリアである。
「偉くきれいに不意打ちが決まったな。もしかして近づいたのは偶然か?」
等とのんきなことを言うキリアは空中に浮いていた。
今更、キリアが浮いていたところでもう、驚かなくなっている自分がいる。
離れたところから人を吹っ飛ばしたのも、エスパーか何かだろう。
飛鳥が目を向けると、またしても瓦礫の中に人影を認めた。
確かに、確実に言えることは飛鳥は麻夜と護衛の麗斗と下校していたところで、家に帰ってキリアと合流し、これからのことを打ち合わせるのはもう少し後の予定だった。
「よお、大丈夫か?」
その言葉の意味と反して、大して相手を気遣った様子もない様子でキリアは相変わらず宙に浮いている。
気づけば、並行世界に三人とも移動していた、正確に言えば、飛鳥が並行世界に連れ込まれたというべきだが…
「怪我はねえけど…何なんだ、一体?」
「雑魚を片付けてる間に、お前たちをずっと監視していた不審者を確認したんでな」
「全然気づかなかった」
「まったく、どういう教育受けてんだ?」
常に他人の視線を気にして、さらにその中から殺意のこもった物を判別するまるでドラマの殺し屋のような教育を受けている方がおかしいということを言ってやろうと思ったが、この男は実際にそんな教育を受けていそうなのであえて沈黙した。
「すごい、これが並行世界!?ホントに私たちの他には誰もいないのね」
代わりに声を上げたのは、やっとのことで非常識な現象を目の当たりにした麻夜だった。
「お前…こんなのどこがおもしろいんだ?」
「あんたって、夢が無いのね」
「現実的って言ってほしいね」
「しかし…」
二人のとりとめのない話を聞き流し、レイトの関心はキリアに向いていた。
「彼の守護神は一体?」
今、キリアはぶっ飛ばした相手とは離れて腕を組み憮然とした態度で仁王立ちしている…空中を。
「あいつの守護神、名前は無いって言ってたぜ」
「名前が無い?彼の守護神は成り神なのか…」
「成り神?」
「何それ?」
飛鳥の疑問を麻夜が引き継いで麗斗に問いかける。
「何と言いますか…。私たちスフィアの人間が神能を一人一つずつ持っていることは昨日お話ししましたよね?」
「ええ、あなたは確か金属の神だったわね」
昨晩、麻夜は飛鳥がキリアから受けたものと同じようにレイトからスフィアのことを聞かされていた。
「そうです。通常、何かを司る神が守護神として、一柱に対して人間一人に神能を与えます。しかし、何万人に一人程度の割合で成り神と呼ばれる何の力も持たぬ神が守護神となることがあります」
「何の力も持たない?」
「ええ、まあ神壁は使えますが…、成り神とはもともと人間であったものが神に限りなく近づいたものです。ですから、もともと何かを司っているわけでは無いので、人間ですからね、たとえば僕のように自分自身を金属に変化させたりと言ったことはできないんですよ」
「はずれってことか?」
「そうとも言えません。もともと、成り神になれるものは多くの人々を守ったもの、救ったもの、いわゆる英雄的立場にあるものだけですから、その神壁は他の神々のそれをはるかに超えたものになります。一番有名なものでは『絶対不可侵領域』と呼ばれる神能で、あらゆる神能を防ぐと呼ばれています」
「へー」
「ですが、もともと人間ですので、神と同じく名を名乗ることは許されていません。ゆえにそういった方々は成り神と呼ばれているのです」
「なーにくっちゃべってんだ?お前…」
キリアは言葉の途中で、隕石のようにビルに突っ込んでいった。
否、キリアが先ほどまでいた場所には別の人影が見えた。
その男の短髪は炎が燃えているように真っ赤で、ナイフのように鋭い目であった。
自分の真下にいる、先ほどキリアによって地面にのめりこまされた男は今もまだそこにいるので、どうやらまた新たな敵…らしかった……が、ビルから立ち込める煙の中に立つキリアはどこ吹く風と言った風にレイトに声をかけた。
「お前、正式に指令が下りたのを知ってるか?」
「ええ、私が直接確認しましたから」
キリアは肩に着いた砂埃を叩きながら自分を蹴り飛ばした男には目もくれずレイトに言葉を続けた。
「連絡がいっていると思うが今回の標的は七色の宝石だ。すでにトパーズは連行済みだ。残りの…とりあえず、ここにいる二人を拘束する。諜報部であるあんたには七色の宝石の他の幹部の調査を頼みたい。俺もちょっと探してみたが、雑魚ばっかだったんでね。まあ、ひとまずこいつらを捕まえるからそいつら二人を頼む」
「いえいえ、僕も一人相手しますよ。互いの戦力を知っていた方がいいでしょう」
「まあ、いいけどよ」
「ぐふっ!!」
くぐもった声が聞こえたのは、キリアが地面にたたきつけた方の男を蹴り飛ばしたためである。
キリアは、蹴り飛ばした後でレイトに指示した。
「ならあっちでやれよ。危ないから」
あっち、とは無論キリアがぶっ飛ばした男のいるところである。
「承知しました」
「んじゃあ、俺はあっちの方でも捕まえてくるか。おい、飛鳥、もうすぐマナがここへ来るからその子と一緒にそこにいろ」
それだけ言うとキリアは再び空中を走って赤髪の男へ向かった。
「でも、なんで空に浮いてるの?」
「と、言いますと?」
「だって、さっき言ってた神能ってキリアさんは神壁以外持ってないんでしょ?」
「そういや、そんなこと言ってたな」
麻夜の疑問に飛鳥が同調した。
「おそらく、魔術を使っているんでしょう」
「魔術っ!?」
「うわぁー、出た」
目をりんりんと輝かせている麻夜とは対照的に、飛鳥は長年付き合ってきた幼馴染のもはやおなじみとなった超常現象に対するこの執着に呆れているのであった。
「ええ、空中浮遊は割とメジャーな魔術ですし。あなたたちが想像している魔術とほぼ同様のものと考えていただいて差支えないと思います」
「ふーん」
「でも、ちょっと待って、そんな超常現象が許されるんだったら神能の価値がなくなるじゃない?」
どうでもいいことによく気が付くやつだ、と飛鳥は心の中で思った。
口に出して言わないのは、この手の話に反論すると、きまってこの幼馴染の長い反論が待っているのを知っているからだ。
「そうですね。現象としてはほとんど変わりませんし、空中浮遊のような能力にはほとんど関係ないのですが、対人戦となると話は変わります」
レイトは自らの拳を金属に換えて近くにあった建物の壁をえぐり、えぐりとった壁で金属の球を作って、サッカーボールのように自分の担当する敵に向かって蹴り飛ばした。
その球は男の腹に命中してまたしても男は吹っ飛んだ。
「能力階級が異なります。よって、階級が下の魔術は神能に通用しないんです」
「よーわからん」
「つまりこういうことです」
レイトは再び同じ金属塊を作ると再び男に向けて蹴った。
「ん?」
男は今度は地面に手を置き地面を盛り上げ壁を作った。
「あ、壁ができた」
そもそも、この男はくさっても『七色の宝石』の一員のはずなので一方的に今までやられている方がおかしいのだが。
「でも、残念…」
レイトの言葉通り、鋼の球は土壁を突き破ってまたしても男に直撃した。
「このように、魔術で神能は防げません。それでは、私もあの男を捕まえてきますので、ここでお待ちを」
「ええ、頑張って」
その言葉を残し、レイトも通常では考えられない距離を跳躍した。
(さっさと終わらせよう)
心の中でレイトは決意すると、今度は右手を手刀の形にした後右腕を金属に換え、文字通り自分の腕を刀に換えて敵の土壁を二つに切り裂いた。
「何っ!?」
ようやく声を発することを許された男であったが、その言葉は一瞬にして眼前に現れたレイトに対する驚きの声であった。
「時空制御局第十三支部レイト=カントリーウェーブです。今からあなたを捕縛します」
「なめるな、組織では新入りじゃあるが、組織に入る前から名前は結構売れてんだ!!辻斬りグルモって名前聞いたことあるだろ?」
「知りません」
まるで漫才のようだが、本人たちは至って真面目である。
「くそっ」
捨て台詞とともにグルモも自分の体を金属に換えた。
「体を金属にできるのが自分だけだと思うな!俺はこの体で何千人もっ…」
最後の言葉は自分のかかとを金属に変換したレイトの回し蹴りによってかき消された。
「がっ」
今度はグルモの体は吹っ飛ばなかった。
レイトの右手はしっかりとグルモの襟をつかんでいた。
「バカな、俺の体にひびが……。それに、なんでてめえの足は傷一つないんだっ!?」
やっとのことで振り絞ったのは自分が絶対的に信じていた力が目の前で崩壊したことへの疑問であった。
「何を言っているのやら。魔術と神能に絶対的な差があるように、神能も同系統の能力はその神能を与えし守護神の階級で決まることは常識でしょう」
「ったりめえだ!だから言ってんだ!俺の守護神『マーレイ』は鉄の神第三十位だ!時空制御局の下士官程度にやられるわけはねえんだ!」
確かにグルモの言うとおり、時空制御局において何万とも言われる多種多様の神能があれど、二桁の階位を持つ守護神を持っているのは第一から第十番隊の隊員か、第十一から第二十番隊の隊長および副隊長クラスが持つ程度だ。(支部であったり、○○番隊などの呼称が変わるが、基本的には同じである。正確に言えば建物を支部、そこに所属する部隊が○○番隊となるが)
よって、確かにグルモはかなりの実力者であることには変わりないし、隊長でも副隊長でもないレイトがグルモ以上の神能を有しているのは考えにくいことであった。
「だから、言っているじゃないですか。答えは簡単です。あなたの神能より僕の神能の方が上位能力であっただけですよ」
「そんなことっ」
またしてもグルモの言葉は途中で膝蹴りをくらわされて途切れ、意識を失い金属化は解けて地面に突っ伏した。
「階級だけ見るからそうなるんです。僕は目立つことが嫌いなんですよ」
レイトはグルモの左腕をまくると、そこに刻まれたタトゥーと確認した。
「鉄…アイアンですか。……それにしても…」
自分の仕事を終えたレイトは、空を見上げてため息をついた。
(正規軍でもない第七七七番隊なんて末尾の部隊の隊員が、あれほどの魔術を?)
レイトの視線の先にはのらりくらりと敵の攻撃をかわすキリアの姿があった。
「何のつもりだ?」
「何の話だ?主語がわからんね」
「てめえ、さっきから俺の攻撃を避けてばっかりじゃねえかっ!?」
「いやぁ、珍しい技使うな~と思ってな」
珍しい技、とは先ほどから自分の右腕を炎の鞭のように振り回している男の技を指していた。
「そりゃあそうだろう。自分の身体を炎に変換できるのは炎神でも階位二十位以上の守護神の神能のみだからな」
「あっそ」
「そういうことだ。言っとくがグルモのアホの金属化と一緒にするなよ。自分の身体を固体に変換する神能と液体、気体に変換する神能では生まれた時から百倍から三百倍の差があると言われている」
「俺はどっちにも変換できねーから関係ない。そんなことはどうでもいいからかかってこいよ」
キリアは右手の手の甲を相手に向けて手招きした。
「だったら、反撃して来いよっ!!」
言いながら男は大きく腕を振り上げてキリアに襲い掛かってきた。
「ふむ…」
キリアは腕を組んで何か考えながら空中にとどまった。
その隙を見逃さず、男は炎の鞭で縛り上げた。
と言っても、実際にキリアが燃え上がることはしない。
身体を炎にするといっても、鞭や剣と言ったような武器の形状を取る場合、炎の性質は消える。
どちらかと言うと、武器の性能に炎のエネルギーが加算されたような感じだ。
武器の形状を保ちながら、炎の性質を残せるのは、ヴァルケのような一握りの者しかいない。
「ファイア・スネークの異名をとるこのイルバのその鞭から逃れたものはいない…残念だったな、このまま地面にたたきつけてやる!」
言葉通り、イルバは己の腕の延長である鞭を一度振り上げて地面にたたきつけようとした。
「くっ」
自分意思がまったく効かず、イルバは目を凝らして自分の腕を見た。
しかし、自分の腕に変わった様子はない、目に見えぬ糸で縛られているという感触もない。
グルモではないが、それこそ腕が鉛になったように動かない。
「なるほど、そういうことか」
「ぐぅわっ!!」
キリアが納得すると同時に、今までになく大声でイルバが悶えた。
イルバの炎の鞭は内部から出てきた高速の水の刃によってばらばらにちぎられた。
本来、打撃、斬撃など物理攻撃、また魔術を寄せ付けない自分の身体を炎化する神能を持つイルバは生涯で初めての苦痛を味わっていた。
イルバの炎を裂いた水の刃はキリアの腕の動きに合わせて一つにまとまって水の塊となった。
「てめえ、水系統の神能をもってやがったのか?」
「違うけど?」
あっさり否定するキリアに、腕の痛みもあってイルバは怒鳴り散らす。
「ふざけるな!水術ごときで俺の炎が負けるわけが…」
「お前の炎は構成が…練度が足りない。炎化したときに、神能の密度が足りない。だから炎同士をつなぐ結合部が弱いんだよ。俺はその弱い部分をめがけて水を生成して切断しただけだ」
「でも、待てよ。神能は魔術に対して無力なんじゃなかったか?」
空中の戦闘を、テレビを見るような感覚で眺めていた飛鳥は思いだしたように訊ねた。
「そうです。神能を発揮した状態の術者に対して魔術は効きません。しかし、これはあまり知られていないことですが、最強とも言われる自分の身体を気体、液体化する神能の数少ない弱点は術者自身の実体と神能によって神化した部分を繋ぐ境界部分を切断することなんです」
「炎になっているのに実体部分があるのか?」
「ええ、まあ。正確には炎となった部分の核になる部分ですが…。そこを基点に神化が展開されています。神能を使いこなせばこなすほど神化した部分が覆う面積が多くなり、極めればこの弱点は無くなりますが、キリアが言っていた、練度が足りないとは、神能を使いこなせていないということです」
「へー」
(自分じゃ使えないくせによく知ってんな)
等と、飛鳥はキリアについてぼけーっと考察してた。
そんな中、イルバの呪縛から解放され、万有引力に従って地面に向かって落下していたキリアがビルに着地した。
ただし、ビルの床に着地したのではない。途中まで地面に向かって線形に落下していたキリアの身体は途中から弧を描いてビルの壁に着地した。
「なっ!?」
その光景に驚いたのは、イルバよりレイトの方だった。
「重力使い(グラヴィティ・マスター)っ!?」
違和感があるのは、キリアの髪も服もキリア自身が着地した壁に向かって伸びていることだ。まるでその壁に引っ張られるように。
イルバはあわてて炎の壁を生成する。
「グラヴィティ・マスター!?」
「グラビティーマスター?」
目を輝かせているものと、死んだ魚の目をしたようなもの(どちらが誰だかは言うまでもないだろう)、のステレオの質問にレイトは振り返った。
「ええ、重力使いとは文字通り重力を使うことのできる魔術師のことです。」
「へぇっ!」
「それがなんだってんだ?」
またしても対照的な態度の二人に構わず、レイトは解説役を買ってでた。
「重力使いはスフィア広しと言えど、数えるほどしかいません。しかも、今水術を使っていたようですから、術式使い(スペル・マスター)かもしれません」
「術式使い?」
もう飽きたのか、今回質問したのは飛鳥ではなく麻夜だけであった。
「火、水、土、風の四属性の基本魔術が全て使えるものを元素使い(エレメント・マスター)といいます。術式使いとは、その基礎魔術に加えて七種類以上の魔術を使えるもののことです」
「へー」
「中でも、重力の魔術は習得難易度が極めて高く、それが使えるとなると、術式使いであっても不思議ではないと思っただけです」
「ふーん」
納得した二人はなんとなくキリアの方に顔を向け、レイトは顔を微妙にゆがませながら同じくそちらへ顔を向けた。
(もっとも、もっと問題なのは、神能と術者の実態を繋ぐ結合部を見破ったことだ。そうすると、ますます分からない。なぜ、それほどの魔術師が……)
地上の思惑など、知る由もなくキリアはようやく反撃を開始した……といってもまったく本気を出している様子はなかった。
イルバが作った炎の壁はキリアを中心に円を描いて歪んでこじ開けられていた。
「うーん。まあ、こんなもんか」
キリアの言う、こんなもんか、とはイルバの戦闘能力を指している。
「じゃあまあ、そろそろ終わりにするか、……ほんとは大物に備えてもう少し見ていたかったが…」
最後のセリフは言った本人にしか聞こえぬほどのつぶやきであった。
「せめて準備運動だけでもしておくか」
首を少し傾け、両手を広げると、翼がキリアの背中から生えた。
正確には火、水、雷、土、風属性を持ち羽の形をした魔術である。
それぞれの魔術の持つ色が様々な色を出している。
その凶悪な笑みも相まって、麻夜は堕天使を思い浮かべた。
その後ろの翼の派手さから、飛鳥は孔雀を思い浮かべた。
「あばよ…」
完全に悪役の言葉をキリアが放つと同時に、すべての翼がイルバに襲い掛かった。
「ちっ」
イルバの炎と、キリアの水が反応したのか、爆発と同時にイルバを中心に霧が発生した。
「ん?」
いち早く異変に気付いたのは、盛大な攻撃をしたキリア本人であった。
(手ごたえに違和感が……)
霧の中で赤い光を認めると、次の瞬間炎の剣がキリアの鼻先をかすめて行った。
「刺青使い(タトゥー・マスター)だぁ?」
赤い光の発生源を辿っていくと、イルバの左手のルビーの刺青が赤く鈍く光っていた。
「何でもかんでも―」
今度はイルバの方からキリアへ近づいてきた。
「知った風な口をきくなーっ!」
「そいつは悪かったな……知り合いに刺青使いがいるもんでね」
感情の起伏を見せずに淡々とイルバの攻撃を避けるキリアを眺める一同に忍び寄る影があった。
「おぉ、いたいた」
声のした方を振り返ると、マナが何かネックレスのようなものをくるくるとまわしながら近づいてきていた。
「あっ、マナ」
「マナ?」
「あなたが、第七七七支部のもう一人の護衛の方ですね」
三者三様にマナに対して反応したあと、レイトは再びキリア達に目を向けた。
「しかし、またしても珍しいものを見てしまいましたね。刺青使いですか」
「刺青使い?」
先ほどから、派生世界組は質問してばかりである。
「まあ、簡単に言うと魔力を持った特殊な刺青を体に彫る特殊魔術のことで魔術、神能を高めることができるんです」
「へー」
意外なことに声を上げたのはマナだった。
「おや?ご存じありませんでしたか?…ああ、失礼しました。私、第十三番隊レイト=カントリーウェーブです。ええと、マナさん」
「えっ、ああ、マナでいいです。この度は我々のような無名な隊と共同任務を受けてくださり、ありがたく思ってます」
「いえいえ、七色の宝石のような大きな組織は看過できませんからね。いずれはどこかの隊がやらねばならなかったことです」
「ありがとうございます」
「いえ、それで刺青使いですが…」
先ほどの解説は飛鳥と麻夜に向けたものであったが、一応マナに訊ねた。
「うーん、まあ知り合いに一人刺青使いがいるんだけど、それ以外だと初めて見たわね」
「そうでしたか。七七七支部にですか?」
「うちはちょっと……、いえ、控えめに言っても変な人間が多いんです」
この言葉には、口にこそしなかったが、レイトは納得した。
「まあ、いずれにしてももうすぐケリはつくでしょう」
再び空を見上げると、そこにはイルバ一人しかいなかった。
イルバの視線を追っていくと、地上すれすれに浮かび、まるでリビングでくつろぐように頭の後ろで手を組んでイルバの方を見て笑っているキリアを認めることができた。
「ふーん、でも、あんまり参考になんねえな」
キリアはひとり呟くとむくっと起き上がった。
「もういい、お前の実力は分かった」
「何がわかったって!?」
激昂するイルバは右腕に構えた炎の槍をまさに放つ瞬間だった。
「灼熱の槍の一種ですかね……あれは?」
「そうね~。でも、あいつは丈夫だから、あの程度避けるまでもないわね」
レイトの質問に平然と答えたマナだが、答えた内容はレイトに言葉を失わせるほどの衝撃を与えるには十分だった。
(灼熱の槍は炎系の神能の中でもかなりの上位攻撃……、まさか、本当に彼が絶対不可侵領域の神能者なのか…)
先ほどから出ている灼熱の槍や絶対不可侵領域とは、炎や水と言ったような大まかに分けられた神能をさらに細かく分けた神能の種類ことだ。
この細かく分けられた神能は二つに分けられる。
ひとつは、灼熱の槍などのその系統の神能者ならば誰でも習得が可能なもの、もう一つが、絶対不可侵領域に代表される、その個人にしか使用することのできない『約束された神能』と呼ばれる神能である。『約束された神能』は、ヴァルケの『絶えること無き灼熱地獄』など、その神能者が広く知られているものもあるが、絶対不可侵領域のように、誰が神能者か分からぬものもある。
これは、神能が人間が生まれた時に授かり人間が死ぬと同時に新たな人間に神能が受け継がれるからだ。つまり、絶対不可侵領域は、過去に観測されたことのある神能だが、今現在はその神能の所有者が能力を公に公開していない、あるいはまだ、約束された神能を開眼していないということを意味している。
そして、レイトは今までの戦いから、キリアがその神能者ではないかと推察している。
「よっこいせっと」
面倒くさそうにキリアは放たれた炎の槍を殴りつけると、槍はゴムのようにぐにゃりと曲がり、本当の狙いであるキリアには何の影響も与えることができずに地面をえぐった。
「くっ」
自分の攻撃があっさりと防がれたことに驚きを覚え、次の策を考える間もなく、意識を取り戻した時にはイルバの眼前には不敵な笑みを浮かべたキリアがいた。
こういってはなんだが、肩書が分からなければどちらが悪人か分からない。
キリアの顔だちは紛れもなく男性だが綺麗と言って差し支えない。しかし、それは見ようによっては冷酷な印象を与える。
「機会があったらまた会おう…」
その言葉を聞いて反射的に拳を突き出したイルバであったが、キリアはあっさりとかわし、腹に膝蹴りをくらわせるとイルバは意識を失って地面に墜落した。
拳が当たる直前、空間が歪んで見えたことからキリアが重力系の魔術を、おそらくは自分の右脚を重くして破壊力を上げる魔術を使ったのだとレイトは判断した。