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世界の構図

 始まりは球



 そこから生まれた枝は決して同じ方向を向かない


 故に世界は決して交わることは無い










 これは私がある男から聞かされた話だ。



 その内容はとても信じられないことばかりで、私自身も実際にあの事件にかかわることが無かったなら、酒の肴程度としか思わなかっただろう。




 もし、君が非現実的なこの現実を―

 世界の秘密を―


 知りたいと言うのなら、私は喜んで君に伝えよう。





  統一世界―『スフィア』 C.E.28907年 一五月二八日 一三時二五分(世界統一時間)

  中央都市『ロクス』 東区 時空制御局東方第七七七支部 ホワイトナイト隊控室



「キリア!」


 ぐー


「キリア!!!」


 少女はソファに寝ている青年に向かって持っている本を投げつけた。

「ぐはっ!」

「さっさと起きろ!!」

 少女はソファに近寄る。

「マナか、何の用だ?」

「仕事よ」

 キリアと呼ばれた青年が自分の顔の上に乗せていた本を少し上げその下から眠たそうな眼を少女、マナに向けると、やる気のない返事をした。

「へーへー」

 マナから一枚の紙を受け取るとキリアは頭をかきながら部屋を出て行った。

 マナはキリアの後ろについて行く。


 しばらく歩くと無機質で大きな扉にたどり着いた。

 そこでキリアは先ほど受け取った紙に書かれてあった番号を横に備え付けてある機械に打ち込み始めた。

「L-3-2…」

 全ての番号を打ち終わると、扉は圧縮された空気の抜ける音と共に厳かに開いた。

 それと同時にキリア達が入ってきた扉は閉じられ、キリアとマナが部屋の中央へ歩み寄ると、床が割れ、その下から新たな床がせりあがってきた。

 その床には大型の、しかもフォークが非常に長い漆黒のネイキッドバイクが鎮座していた。

 キリアがバイクにまたがりエンジンをかけると、マナは当然のごとくタンデムシートに座り、キリアの腰に腕を回して発進に備える。

「じゃ、行きますかね」

 そうつぶやくと、二人を乗せたバイクはキリアが開いた扉が放つ光の中に消えて行った。




 

  派生世界―『L-328F-P926』 一二月二十一日 八時三三分(現地時間)

  東京都 伊舘区 星橋団地 路上 (並行世界)



 突然のことだが、私、浮島飛鳥(うきしまあすか)は現在不本意ながらこのはた迷惑な戦闘に巻き込まれたようだった。

 SFに分類されるジャンルはとある理由であまり好きじゃない、が同時に同じ理由でかなりの知識を持ってる方だ。


「ふせろ!!ってかどっか行ってろ」

「どぅわ!?」

 言うが早いか、その男は左手で軽々と俺をブン投げた。

 俺の体は普段は街の景観のために植えられている背の低い街路樹に受け止められる。

 俺はいつも通り学校へ行っていたはずだったのだが…

「ったく!なんなんだよっ!」

 態勢を戻して、改めて状況を確認する。

「一分待ってろ」

「はぁ?」

 男はそれに向かって、自分の身の丈ほどある刀を振り下ろした。

 俺の身長(174cm)から推測するに、男の身長は185cmちょっとくらいだろう、つまりはそれくらいの長さの刀である。


「何だ…あれ…ゴーレム?」

 それ…は、三メートルほどある、巨大な岩でできているであろうゲームや漫画で出てきそうな所謂ゴーレムによく似ていた。

 男が刀を振り下ろすときれいにゴーレムは真っ二つになった。

「ふむ。大したことないがこれだけの量を操るとは結構根性入ったやつだな」

 男は右手に刀を持ち、刀の峰を肩に当て顎に左手を当てて考え込んでいる。

 男の、こののんきな行動とは対照的に男の周りには同じようなゴーレムが十数体臨戦態勢で控えている。

「おいっ、後ろっ!!」

「ん?」

 一体のゴーレムが男に拳を振り下ろす。

「おい…」

 俺の位置からはその振り下ろされた拳で男がどうなったかはよく見えない。

 しかし、妙な金属音が男の生存を告げている。

 どうやらゴーレムは見た目は岩だが、中身は金属に近いようだ。


「さてと…」

 金属を切り裂く甲高い音とともに、男は刀を肩に当てたままの姿勢で何事も無かったかのようにあたりを見回した。

 つまり片手であの巨大な拳を受け止めたということか。

 確認を終えると男の手から刀が消えた。

 いや、文字通り消えたのだ、別にその道のプロではないが断言できる、決して手品ではない。


 男は目をつむるとおろしていた左手を開く。

 すると今度は左手に鞘に納まった先ほどの刀が現れる。

 そのまま男は少し腰を下ろして刀の柄にそっと右手をおく。

 素人の俺でもわかる。

 所謂抜刀術の構えだ。

「フッ」

 男の不敵な笑みと同時に数十体のゴーレムたちが男に襲い掛かる。

「あっ」

 思わず声を出してしまったが、そんな状態でも聞こえた男の刀の柄の先に付いている途中で切れた鎖同士の鳴る音がはっきり聞こえた。

 次に聞こえた、刀が鞘に収まる金属音を俺の脳が認識した時には全てのゴーレムは崩れ落ちた。

「何が起こったんだ?」

「切ったんだけど?」

「うわっ!?」

 独り言のつもりだったが、気づくと数十メートル離れたところにいたその男がすぐ後ろにのんきな顔で突っ立ていた。

 長めの左前髪を青い髪留めで止め、白いワイシャツに黒い軍服ズボン、黒くナイフで刺しても心配不要なほど底の分厚いブーツを履き、赤いラインの入った黒いコートを羽織ってたたずむその男は、まるでどこかのマフィアの若頭のようだ。


「お前…」

「俺の名はキリア。時空制御局第七七七番隊所属。何か他に質問は?」

 キリアと言う名からして日本人ではないのだろう、髪は黒いが顔のつくりはほりが深く、男前というより、綺麗と言った方がしっくりくる、どちらかというと中性的な印象を受ける。

「えーっと」

 そう尋ねるのならば答えよう、お前の発言および行動に対して疑問に思わないことを探す方が難しい。

「そうだな、とりあえずあのゴーレム…」

 さしあたって周囲に散らばる岩人形のことを訊ねようとすると空から声が降ってきた。

 しかも女の子の。

 というか、実際に本人がキリアと名乗る男と同じようなコートを靡かせながら空から降ってきている。

「ちょっと、キリア!それより先に術者を」

「あーそうだった」

 女の子はキリアの横に降り立つ。

「仕留めるまではやるが、後始末はお前に任せたぞ、マナ」

「はいはい」

 キリアの目が鷹のように鋭くなる。

「そこか…」

 キリアはビルの上に顔を向けると、一直線に飛んで行った。

 いや、飛んで行ったという表現は正しくない。

「空を…、走ってるよ…」

 大地を蹴るのと同様に、キリアは大気を蹴って目的地へ進んでいく。

「しかし…」

 俺はそこで腕を組む。

「リアルな夢だな」

 こんな非現実的な事象を説明する魔法の言葉だ。

 現に、こんな非常事態なのにさっきから異様な静けさだ。

 よく見ればこの戦闘が始まる前までいた通行人は影も形もなく、なんというか、俺と、キリアと、マナ以外の生物の気配が感じられない……正確に言えば、キリアが向かっていた先に何者かがいると推測されるが、残念ながら俺には知覚できない、夢ならばもうちょっと自分に都合のいいように世界ができていると思うのだが。

 だがしかし、こんな夢を見る理由づけなら、SF好きの幼馴染がいつもいつもUFOやらエイリアンやらパラレルワールドの情報を、頼んでもいないのに俺に押し付けてくるからで十分だろう。

「うんうん」

 勝手に一人で納得していると、何かが地面にたたきつけられる大きな音がして現実、まあ夢の世界を現実というのもおかしな話だが、現実に引き戻された。

 少し長めの俺の髪がその風によって少し靡く。

「なんだ?」

 砂埃が薄くなって目を凝らしてよく見てみると…

「ひっ、人!?」

 そこには血だらけの人が倒れていた。

 夢にしちゃあえらくリアルだ。

「まあ、一応人類には分類されてるが…」

 気づくと、キリアは目の前にいた。

「おっ、お前。そいつ、し、死んでんじゃ…」

 けたたましい音とともに地面にたたきつけられたのだ、健全な人間なら瀕死の重傷だ。

「ん?あのなあ、これくらいで死ぬわけねーだろ」

「死ぬわっ!!」

「ああ、そうか、この世界じゃそうかもな。残念ながら『スフィア』の人間は神具を使わねえと殺せない」

 俺の言葉に丁寧に答えたつもりであろうキリアだったが、俺には耳慣れない単語が増えただけだ。

「神具?何の話…」

 話の途中で今度は首根っこをつかんで投げ飛ばされる。

「どわっ」

 遠ざかる景色には、俺がさっきまでいた場所を西洋風のサーベルで切りつける、先ほどまで地面にたたきつけられていた男の姿が映されていた。

「っと」

 今度は街路樹ではない何かに支えられた。



「大丈夫?」

「あっ、ああ」

 こんな華奢な体のどこにそんな力があるのか、振り返るとマナが左手ひとつで俺を支えていた。

「まー、もうすぐ終わるから」

(夢から覚めるって意味か?)

 口に出さずに状況を見守っていると、戦闘はますます激しくなっていく……ただし、一方的にだが…

「あいつ、めちゃくちゃ強え」

「まーねー」

 マナが近づきながら俺の独り言に答える、その顔はどこか嬉しそうだ。

 何がそんなに嬉しいのかは分からなかったが、キリアは相手の男の攻撃の初動からそれを先読みしてことごとく攻撃を潰してカウンターをくらわしていく……、正確には相手の男は攻撃する隙もなくキリアに攻撃されているのでカウンターと言うのは正しくないのかもしれないが。

 しかも相手はサーベルを振舞わしているのに対して素手で応戦しているのがなおのことたちが悪い。

「はい、おつかれさん」

 キリアの拳が男の顎を捉えると、男は頼りない足取りで数歩下がった後その場に仰向けに倒れた。

「ほれ、お前の出番だマナ。さっさと帰ろーぜ」

「はいはーい」

 小気味のいい返事とともにマナは人差し指で手錠をくるくる回しながらキリアに近づいて行く。

「はーい。腕を出してくださーい」

 マナののんきな命令をキリアは慣れた様子で淡々としたがって倒れた男の左手を雑に持ち上げると、男の左腕には淡褐色のトパーズの中に七の数字が刻まれたタトゥーが現れた。。

「んっ!?」

「んっ!??」

 二人の表情が険しくなる。

 どういうシチュエーションだ、さすがに俺の想像力の豊かさに不安になる。

「七色の宝石(レインボージュエリー)……。どうやらしばらくこの世界にいなきゃなんねえみてえだな」

「まさかこんなところで尻尾つかめるなんてね」

「しかもこいつは幹部だ。見ろよこれ、トパーズだ」

「どうする?」

 そう訊ねられて、キリアはしばらく考え込んだ後またしても何もないはずの空中から何かの鍵を取り出し、マナに渡して言葉を続けた。

「お前は一度、支部に戻れ。相手が七色の宝石(レインボージュエリー)だと、今回の任務内容は若干変わってくる」

「任務内容?」

「ああ、今回の『世界の(ワールド・シード)』探索、七色の宝石の妨害があるかもしれん。まず、相手の人数だ。幹部全員がこの世界に来ているのか、それとこの世界に何があるのかってことだ」

「何があるかって?」

「七色の宝石(レインボージュエリー)ほど大きい組織が何の目的もなくこの世界に侵入したとは思えない。確か報告では他の『スキエンティア』と比較してこの世界に特筆すべき点なしとあったはずだ」

「確かに、私もそう記憶してるわ。まあ、だからこそうちに回ってきた仕事なんだろうけど」

「とりあえず、お前は報告とこの世界の世界情報の再確認。資料に不審な点が無ければ諜報部に直接確認させろ。ひさびさにでかい仕事になりそうだ。場合によっちゃ増員もありうる」

 キリアの目は俺が見た中で一番悪い目をしていた。

「了解!隊長に報告は?」

「ああ、まあ、しとけばいいんじゃねえの?とりあえず」

 キリアの表情が一気にもとののんきモードに戻る。

「そうね。とりあえず」

 隊長への報告がなぜか乗り気のしない二人に飛鳥は間の抜けた声をかけた。

「俺の夢にしちゃあ状況がさっぱり分からねえな。おい、そこの二人、二人で盛り上がってねーで俺にも説明しろ」

「「ん?」」


 声をかけられたキリアとマナが飛鳥の方に振り向くと、飛鳥がこちらに向かって歩いていた。

「あっ…」

 キリアがぼけーっとつぶやいたのは近づいた飛鳥が、キリアの戦闘によって破壊された街の瓦礫に躓いてすっころんだからだった。

「こりゃー当分起きねえな」

「そうね…」

「つーか、なんで並行世界にこの世界の人間がいるんだ?」



 派生世界―『L-328F-P926』 一二月二十一日 八時五八分(現地時間)

 東京都 伊舘区 星橋団地 バス停 『星橋団地入口』


「はっくしょんっ!!!」

 あまりの寒さに寝たまま飛鳥は盛大なくしゃみをした。

「ん?」

 飛鳥はあたりを見回しても瞬間的に自分がどこにいるのか分からなかった。

「ここは……、バス停?」

 だんだん覚醒していく意識のおかげで飛鳥はどうにか自分がだらしなく足を伸ばして座っているのが自宅の最寄りのバス停のベンチであることを認識した。

「…夢…か?」

 確かに、先ほど起こったことを説明するには夢というのが一番しっくりくる。

 しかし、残念ながら俺はバス通学でもないし、こんなところで寝るような日課を持った覚えもない。

「まあ、いっか」

 どうも記憶がはっきりしない…が、とりあえず学校へ向かうとしよう。

 朝起きて、学校へ向かおうと家を出たという記憶だけは…ある、確かに…それだけは…覚えている。

「んー」

 伸びながら立ち上がり、先ほどのことは夢であるということで片付けると、飛鳥は学校へ向かうことを決意した。

「あー、今日も学校だりぃな」

 制服であるブレザーをだらしなく着て少し長めの黒髪揺らしながら、浮島飛鳥はのろのろと歩き始めた。



  派生世界―『L-328F-P926』 一二月二十一日 九時一〇分(現地時間)

東京都 伊舘区 都立第三高校 二年二組教室




 朝の爽やかな空気の中、チャイムが生徒及び教職員に始業の時間を告げる。

「静かにしろ、今日は転校生を紹介する」

 初老の教師が告げた事実にそれまで騒いでいた生徒たちは今までとは違った音を立て始める。

「よし、入れ」

 ガラガラと引き戸特有の音をたてながら、一同が注目する中、ドアはゆっくりと開いた。

「いや…まあ入るよ、自分の教室だし…」

 そこには浮島飛鳥その人が立っていた。

 一同に困惑した空気が流れる。

「?」

 皆の頭上に、もちろん飛鳥自身の頭上にも疑問符が浮かぶ。

 自分にこれほどの視線が集められている理由は、奇妙奇天烈な夢から覚醒した後ものんびり歩いてきたために、皆が席についている時間に教室に到着し、いつものごとくドアを開けたちょうどその時、教師が転校生を招き入れたのがたまたまカブったからなのだが、それはこのクラスの遅刻の常習犯である浮島飛鳥が知るよしもない。

「おまえじゃなーーーーーーい!!!」

 教師は、いつもより数倍は大声で飛鳥をしかりつけた。

「さっさと自分の席に着け!」

「ふぁー」

 しかし、飛鳥は一向にこたえて無い様で、のんきにあくびをして学校に来る前によったコンビニの袋をぶらぶらさせながら自分の席を目指していた。

「…あんた、鞄は?」

「忘れた」

 そう言って声をかけてきたのはクラスメイトの高杉麻夜(たかすぎまよ)である。

「何しに学校来てんのよ」

 麻夜はいつものことながら信じられないとでも言いたげに飛鳥が自分の後ろの席に着くのを確認した。


「オホン、では改めて転校生を紹介する」

 転校生、と言う単語を聞いて飛鳥はある男の顔が思い浮かぶ。

(まさかあいつじゃねえよな?)

 多くのフィクションの場合、ここで登場してくるのは今朝会ったばかりのあの男だろう。だが、それは幸不幸かは別として、そこに現れた男は飛鳥の想像していた人物とは異なっていた。

 だがしかし、その男の登場はクラスの空気が一変するだけの力があった。

「転校生の国沢麗斗(くにさわれいと)君だ」

 黄色い声援が教室の中を包む。茶色系のパーマのかかった髪をなびかせ、やさしく微笑む転校生にクラスのほとんどの女子生徒が反応した結果である。

 そんな中、

「アンタ来て早々早弁?」

 席に着くと同時にコンビニ弁当のふたを開け食べ始めた飛鳥に麻夜はさらにあきれ果てた。

「これは朝飯だから遅弁だ」

「あっそ」

 ここまで来ると返す言葉もない。

 その様子を見ていた麗斗は彼らに近づいてきた。

「だいたい、いっつも遅れてでも家で食べてくるのに、おばさんはどうしたのよ」

「どっかに旅行行くって言ってたぜ。お前んとこもそうだろ?」

「ああ、そう言えば、うちのマンションの旅行会今日だったっけ?」

 飛鳥の母親は、同じマンションの人たちと一緒に旅行中、つまり、今現在浮島家には、飛鳥しかいない。ついでに言うと、麻夜の家は飛鳥のマンションと同じで、飛鳥の家の真下の家である。

「そういうことだ。そう言えばさっきお前が好きそうな夢を…」

 そこで、麗斗が話に割って入っきた。

「国沢麗斗です、よろしく」

 微笑みながら麻夜に手を差し伸べて来た。

「えっ、あっ、うん」

 飛鳥に突っ込みを入れていた麻夜はいまいち状況が呑み込めなかったが、

「よろしく」

 麻夜が言うと、麗斗はそっと麻夜に呟いた。

「ちゃんとそばにいますよ」

 じとーっとした視線が麻夜に集まる、女子生徒の。

「あー、はいはい」

 麻夜が初対面の男とこんな風に話すのは珍しい。

 飛鳥は状況が分からなかったが、そこで教師が声をかける。

「国沢、席につけ」

「それでは、またあとで」

「ええ」

 心なしか、麻夜がぽーっとしているように見える。

「やっと春が来たな」

 飛鳥とこの麻夜とは所謂幼馴染だ。ちなみに住んでる家もマンションの上下階で、小さいころにはそれこそ寝るとき以外はずっと一緒と言っても過言ではないくらいの付き合いである。

 そんな中で、麻夜に気になる男がいるという話を聞いたことは無い(ただし、その逆は何度か耳にしたことはある)。

 飛鳥がそういうと、

「アンタはずっと冬眠してろ」

 どうやらつっこみの切れは衰えてないようだ。

 飛鳥はそれを確認すると、いずれ訪れるであろう一時間目を前に早くも居眠りを決め込んだ。





派生世界―『L-328F-P926』 一二月二十一日 四時一六分(現地時間)

東京都 伊舘区 都立第三高校 二年二組教室



 放課後


 飛鳥はやや茶色がかった短髪の少年に声をかけられた。

「飛鳥!!」

 同級生の三島葉月である。

「どうした、相変わらずのアホ面で」

「この顔はもともとだ!何年付き合ってると思ってんだ!お前のそのセリフ何十回目だと思ってやがる」

「何十回かに一回はそんな顔してるよお前」

「そんなにコロコロ顔が変わってたまるか!」

 不毛な会話を続けながら飛鳥は帰路に着こうとした。

「じゃあな」

「って、おいおいおい、待てよ話し終わってつーか、始まってもいねぇよ」

「何だよ」

「ゲーセン行こーぜ、ゲーセン」

 葉月はそれでも食い下がる。

「却下」

「即答かよ!もうちょっと考えろよ」

「俺は忙しいんだよ」

「何だよ、なんか用事でもあんのか?」

「ちょっとな」

「?」

 それだけ言うと飛鳥は教室を後にし、葉月はその後ろについて行った。



                      派生世界―『L-328F-P926』 一二月二十一日 四時一六分(現地時間)

                        東京都 伊舘区 都立第三高校 二年二組教室前廊下 (並行世界)


 その時、俺は一瞬で違和感を感じた。

 その、生き物の呼吸的な何かをここまで感じない感覚は、一度しか味わっていないにもかかわらず、それを体が覚えていた。

「これは今朝の…」

 そう感じるのと同時に、校舎が破壊され瓦礫が頭上に降ってくる。

「つくづく、お前はトラブルに巻き込まれるやつだな」

 声の方に振り向くと、今朝見たキリアがそこにいた。瓦礫は二人を避ける様に不自然に地面に落下した。

「お前、今朝の…、夢じゃなかったのか?」

「まあな。ところで、お前七色の宝石に恨みでも買ってんのか?」

「は?」

 もちろん、飛鳥がそんなことを知る由もない。しかし、情報を整理する暇もなく次のトラブルが襲い掛かってきた。

「はぁぁぁっ!」

 半壊した校舎から降ってきたその男は、自分の背丈ほどもある斧をしっかりと握りしめてキリアに襲い掛かった。

 しかし、キリアはその男を一瞥しただけでつゆほどの焦りも感じられない。キリアが足元にあった五十センチ四方ほどの瓦礫に軽く触れると、瓦礫は砲丸となってその男に直撃した。

「まあ、それはとりあえず置いといて、まずは雑魚どもを片付けるか」

『ども』とキリアが述べたとおり、半壊した校舎から各々武器を持った男たちがこちらを見下ろしている。ゆうに二十を超える人数に取り囲まれ、絶望的な状況であるにもかかわらず、飛鳥にはいまいち危機感が無かった。

 これが、現実ではなく夢みたいな感覚であったし、何よりもこのキリアという男の持つオーラはその辺の人間を何百人と連れてこようと敵わない、そんな感じがしたからであった。

 その疑念はその場で解消された。

「おら、もうちょっとがんばりな」

 校舎から降ってくる人間たちを、キリアは蚊でもはたき落とすように手を振るだけで吹き飛ばす。


 呆然とその光景を見ていた飛鳥であったが、次のキリアの行動で我に返った。

「ん?」

 キリアはそれまで通りに襲い掛かってくる男たちを吹き飛ばしていたが、突如、襲い掛かってきた男の剣をさっと半身になって避け、首根っこを掴んで男が降ってきた校舎に向かって投げたかと思うと、自らもその男のを追うように空をかけて行った。

 と、同時に校舎の中からまたしても男が一人吹っ飛んできて、キリアが投げつけた男とぶつかった。

 次に飛鳥が見たものは、地面に落下した二人の男たちと、白いコートを着た何者かとつばぜり合いを繰り広げているキリアであった。

(白服?)

 しかし、二人のつばぜり合いは一瞬の出来事であった。

「あなた、何者です!?」

 白いコートの男は、決して多くはないがはっきりと聞こえる声でキリアに告げた。再び校舎上に着地したその男の顔は、逆光ではっきり見えない。

「おいおい、人に名を訊ねるときは、まず自分から名乗れって学校で習わなかったのか?」

 キリアのこのふてぶてしい態度を気にもとめず、校舎から飛び降りたその男は丁寧に自らの名を名乗った。しかし、この時飛鳥の耳にはその男の声は届いていたかった。なにしろ、その男の顔を、飛鳥の脳はしっかりと記憶していたからである。

 ただし、記憶にしっかりと残っているだけで別に親しいわけでも、付き合いが長いわけでもない。

「失礼、私の名はレイト=カントリーウェーブ。時空制御局十三番隊所属。階級は大佐」

「第七七七番隊所属、キリア=トライハート」

「スリーセブン?」

 レイトの表情がわずかに崩れた。飛鳥はレイトと会った時間はほんの数時間だ。しかし、このレイトの表情はめったに見せない表情だと飛鳥は思った。

「なんだ、そんなに珍しいのか?」

「そりゃあ、まあ。そもそもただでさえ正規軍ではない部隊には会おうと思っても会えないのに、その上そんな幸運の数字を持つ隊に会えるなんて、運がいいに決まってますよ」

「そんなもんかね」

「正規軍の一部では、スリーセブンに会えると、願いが一つ叶うとまで言われてます」

「ばかばかしい。世界を管理する組織が聞いてあきれるぜ」

 キリアはわざとらしく手を振って見せた。

「そもそも正規軍のお前が何でこんなとこにいるんだ?今回の任務はうちが預かっているはずだ」

 数多ある世界を、政府が管理するには限界がある。そこで政府は元々政府直轄の部隊以外に、民間の傭兵組織に対して、政府公認の地位を与えて世界の統括を図った。

 政府直轄の部隊と傭兵たちを区別するため、政府直轄の隊員には白い制服を、傭兵たちには黒い制服の着用を義務付けた。この区別とも差別とも取れるこの制度が、正規軍と非正規軍との間に少なからぬわだかまりを生んでいるのだが、今このときには問題ではない。

 つまり、今対峙するキリアとレイトは、同じデザインで色違いのコートを着ている。色以外の違いと言えば彼らの左肩に刺繍されているそれぞれの部隊の番号くらいである。

「ほれ」

 キリアは右の手首をひねり、一枚の書類を異次元空間から取り出し、それをキリアはレイトに投げてよこした。

「確かに…、書類上そうですね。ですが、私も書類なら持ってるんですが」

 レイトはキリアと同じように異次元から書類を取り出すとキリアに歩み寄り丁寧にその書類を渡した。

「どれどれ、この指令が出たのは…、俺たちが指令を受けた二日後か」

 正規軍と非正規軍の任務は基本的に一緒である。まず、任務について、自分たちが選ぶものと政府直属で指令が出るものの二つである。前者は全世界から集められた世界不法侵入などの違法行為の情報が、政府の出先機関である時空制御局本部及び全支部において公開され、これを選択して任務にあたる。後者は、政府上層部が直々に部隊を指名して指名された隊が任務にあたる。

 情報源については、前者の場合は各世界に滞在するサービュランスや一般人によるものだが、後者は完全に秘匿されており、情報源を探らないのが暗黙の了解となっている。

「だが、お前らの方は勅命か。任務内容は一緒なのになんでふたつも指令書があるんだか…」

 今ではすっかり戦闘ムードは収まって、互いに武器を仕舞っている。

「そんな話、聞いたことが無いですね」

「まあ、あるもんはしょうがねえ。この場合、どっちの方が優先になるのかね?」

 んーだとかあーだとか言いながらキリアが顎に手を当てながらわざとらしく悩んだふりをしていると、レイトの方が先に折れた。

「そこは私が確認しましょう」

「そうか、任せた」

 そこでようやく飛鳥に発言権が与えられた。

「お前、転校生?」

「ん?」

 その飛鳥の言葉でレイトは自分が声をかけたうちの一人がクラスメイトだということに気付いた。

「おや、浮島くんでしたか。そういえばあなたもこちら側の人間でしたね」

「?」

 飛鳥の頭上に疑問符が浮かぶ。

「どうやらこいつはそのことを知らねえみたいだぞ」

「本当ですか?」

 飛鳥にしてみれば、何が本当のことか分からない。

「どうやら本当みたいだね。何の話か分からんが…」

 飛鳥はてきとうに答えた。

「とりあえず、この任務がどうなってるかを調べてから。話はそれからだな」

「そうですね。ではとにかく私はいったん『スフィア』に戻ります」

「俺は…、その辺で寝てる」

「お前ら、何言ってんだ…」

 そこまで言って、飛鳥の意識は途切れた。




                      派生世界―『L-328F-P926』 一二月二十一日 四時五四分(現地時間)

                              東京都 伊舘区 都立第三高校 二年二組教室前廊下



「おい!」

「あ?」

 飛鳥が目を覚ますと、目の前にはいつもの担任の顔があった。

「なにをすっとぼけた顔をしとるんだ?」

(夢…、じゃないよな)

 あれだけリアルな感覚がある夢を二度も見るわけはない。

「なあ、あいつ、あの転校生。えーっと、レイト、そうだ。レイトはどこに?」

「何をさわいどるんだ?国沢ならとうに帰ったぞ」

「……」

「国沢に何の用があるのかは知らんが、さっき教室で三島が探しとったぞ」

「葉月が…」

 どうも世界が変わる前後の記憶があいまいだ。

「まあいい。とりあえず葉月のところへ行くか」

 飛鳥は意識を切り替えて葉月を探しに自分の教室へ向かった。



                      派生世界―『L-328F-P926』 一二月二十一日 一七時二〇分(現地時間)

                             東京都 伊舘区 ショッピングモール 『ダイスモール』



「なんだかんだ言っても律義な男だねえお前も」

「うるせえな、習慣だ習慣」

 街のショッピングモールを歩きながら、飛鳥は答えた。

 先ほどギフトショップで購入した品はしっかりと鞄に入っている。

「習慣ねえ、まっ、でもそれで用事終わったんならこのままゲーセン行こーぜ」

 並行して歩く飛鳥の肩にかかっている鞄をさしながら、葉月はさらなる勧誘を続けた。

「しつけーな、無理っつってんだろ。今日親が出張と旅行で誰もいないからな、さっさと帰って晩飯を用意しねーと俺は今晩飢え死にするんだよ」

「どっか、ファミレスでも行って食えばいーじゃねーか」

 葉月の言うとおり、ここの商店街には様々なレストランやファーストフード店がある。

「こいつのせいで金がねーんだよ」

 そう言いながら、飛鳥は鞄を器用にを振ってみせた。

「それに、今日は朝から妙な夢見たせいでどうも体がしっくりこねえんだよ」

「はいはい、分かったよ。しょーがねえな。だけど次こそ行くからな、ゲーセン」

「ああ、今度な」

「おう、じゃあ明日な!」

「おう。あっそうだ」

「なんだ?」

「お前…、いや、なんでもない」

「なんだよ。気になるじゃねえか」

「いや、ほんとに何でもねえ」

「んだよ」

「いいから、また明日な」

「おっと、もううこんな時間か。じゃあ、また」

 電車通学の葉月は、ちょうど着いたダイスモール駅に止まる自分が乗るべき電車を見つけると、それだけ言って走り去った。

(あいつがもしあの世界のことを知っているんなら、あんなに大人しくしているわけがねえしな。それにしてもどんだけゲーセン行きてーんだ?)

 しばらくその後ろ姿を見ていた飛鳥であったが、

「さあ、俺も帰るかね」

 飛鳥は一つ伸びをすると、自宅へと向かった。



                      派生世界―『L-328F-P926』 一二月二十一日 一七時四五分(現地時間)

                  東京都 伊舘区 星橋団地 オートロックマンション 『スカイマンション星橋』



(まったく、今日はなんか疲れたな)

「よお、遅かったな」

 玄関を開け、居間でゆっくりテレビでも見ながらさっさと晩飯を食べようと満を持して居間の戸をあけると件の男がのんきにもお茶を飲んでいた。

「なっ、なんでてめえがいる!?」

「あぁ?だから『(「)世界の(ワールド・シード)』を探しに来たっつてんだろ」

「つーか、やっぱ夢じゃ無かったんだな」

「なにを言ってんだ?今さら」


 ―三分後―


「……で、なんだって?」

「要するに異世界人がこの世界を侵略するのを防ぐために、この世界を構成する核である『世界の種』を探している。無論、侵略者は『世界の種』を狙ってるわけだから、そいつらと戦闘になることもある、というか主な仕事そっちだが…」

「バカか、お前」

 普通なら、初対面の人物にこんな失礼なことを言われたキリアはキレるとこだが、キリアは挨拶でもされたように涼しい顔で答えた。

「はいはい、もういいから、そのセリフは…」

 あげくにため息までつく始末である。

「何がもういいだ!何でてめーの方がちょっと偉そうなんだよ!?」

 キリアはさきほど淹れたコーヒー(勝手に淹れた)を落ち着き払って飲みながら答えた。

「あのな、俺はこの仕事始めてからもう六年目だぜ?初めて会ったやつはな、たいていそんな感じのセリフを吐くんだよ」

「まあ、そうだろうな…」

 妙にしっくりくる答え(自分は異世界人ですと言われて、そうですかとすんなり受け入れるやつがいたらそれはそれで不安が残る)に落ち着きを取り戻した飛鳥は椅子に座りなおし、ため息をついた。

「で、俺がそっち側の世界の人間でだ言ってたな?」

「何だ?信じる気になったか?えらく呑み込みが早いな」

「別に、暇なんでお前の話を聞いてやってもいいと思っただけだ。暇つぶしにな」

「そうか、じゃあ順を追って説明しよう」

 そう言って、コーヒーを一気に飲み干すとキリアは語り始めた。

「世界はな、統一世界と派生世界の二種類ある。もう一つ、世界に分類されない『狭間』と呼ばれる空間もあるが、まあ今重要なのは先に言った二つの世界だ」

「二つの世界?」

「統一世界は俺が来た世界。派生世界ってのはここみたいな世界のことだ」

「ここみたいって?」

 夕映えを見ながらキリアは言った。

「お前、宇宙人っていると思うか」

「話を聞けよ!」

「お前は、頭が柔軟なのかかてーのか分からんな」

「何だと!?」

 飛鳥は右手で握り拳を作ってよく漫画などで見かける手法を用いて必死に怒りを表現した。

「いいから答えろよ」

「はぁ、いるわけねーだろ」

 ちょうどその時、キリアが見ていたテレビ番組では、宇宙人特番を放送していた。

『で、あるからして、やはり宇宙人は存在するのです。』

『あなた言ってることは物理的根拠が無い』

 ちょうど、物理学者が物理的根拠を武器に宇宙人存在説と戦っていた。

「ほらな、ブツリ的にありえねーんだよ」

「なあ、物事を隠すにはどうすればいいと思う?」

「はあ?」

 テレビから飛鳥に向きなおると、キリアは続けた。

「お前の話は脈絡が無さすぎる」

「それはな、嘘ツキが本当のことを言い、正直者が嘘を言うことさ」

「どういうこと…ってまさか?」

「ああ…」

 キリアは真顔で静かに言い放った。

「嘘ツキも正直者もみーんな、統一世界の人間なのさ」

「そんなバカな」

「人間ってのは根拠のない物理的根拠ってのに弱いからな」

 打って変わって気の抜けた顔でのらりくらり立ち上がった。

「信じたか?」

「…まあ、いいけど」

「さて、ここでなぜ宇宙人の存在をひた隠しにする理由だが」

 すると、キリアの体がふわりと浮いた。

「浮いてる?」

 今朝がた空を突っ走っていた男に対して今更ではあったが、間近に見ると一気に現実味を帯びて飛鳥の脳に届いた。

「こんなことがまかり通ったら、世界の秩序がめちゃくちゃになるからさ」

「どういうことだ?」

「俺が今自分の身体を浮かせることができるのは、統一世界において人の体が浮かぶのは可能だからだ」

 地面に足をつけるとキリアは続けた。

「しかし、この世界ではそんなことは無い…だろ?」

「ああ」

「実が刺激されれば種にまで影響を与える。影響を受けた種は異常をきたし、その影響は世界へとフィードバックされる」

「フィードバックされるとどうなるんだ?」

「世界は混乱し、その影響は他の派生世界にまで及び、やがて統一世界をも巻き込んだ混沌世界が形成される」

「形成された後は?」

「実が異常に重くなりすぎると、枝は折れ、根は腐る」

「はっ?」

「現象としては最終的に世界が拡散、崩壊する。『世界の種』と呼ばれる世界の核が世界から切り離されるとな。侵略者達の多くはこの核が目的だ。その世界の種を集めると自分が望んだ世界が作れるからな」

「でも、今朝お前は何とかってやつが狙う理由がこの世界には無いみたいなこと言ってなかったか?」

「よく覚えてたな。まあ、そうだ。『世界の種』は世界の発展具合によって大きさが異なる。ここは一般的な世界と比べると発展度は低い。おそらく、この世界の発展具合からすると『世界の種』は五つくらいだろう。だが問題なのは、七色の宝石(レインボージュエリー)ほどの大きな組織となるともっと大きく数の多い核を持つ世界を狙えるはずなんだ。実際に七色の宝石(レインボージュエリー)にはいくつか世界の『世界の種』を所有している……らしい」

「てことは、それだけ世界が破壊されてるってことか?」

「今のところその報告は無い。『世界の種』は世界に一つしか無いって訳じゃないからな。世界の規模が大きければ大きいほど種は大きく、多く存在する」

「なるほどね。しかし、らしいってのはどういうことだ?」

「世界にランクがあるように、時空制御局の部隊にもランクがあってな、俺たちみたいな数のでかい部隊には『七色の宝石』が絡んでいるような、そんなでかい仕事は回ってこないんだよ」

「数のでかい?」

「ああ、部隊は東西南北の区域に分かれ、零から千までの数が与えられ、数が小さいほど重要な任務に就く」

「全部で約千?そんなに居んのか?」

「つっても、正規軍はそれぞれの区域の上位五十くらいだ。あとは半分傭兵みたいなもんさ。だから、さっき会った一三番隊のレイトはエリート様ってことだ」

「ふーん、で、お間の部隊の番号は?」

「第七七七支部、部隊はホワイトナイト隊だ」

「……大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫」

 この根拠のない自信はどこから湧いて出てくるのだろうかという疑問が飛鳥の脳を支配していた。と、同時にあれほどの強さを持つこの男がそんなに小さな部隊に所属しているということは、レイトはいったいどれほどの実力を持っているのだろうという疑問も…。

 キリアは再び椅子に座り右手をさっと振ると、何もない空間から本が出てきた。

「始まりは球。そこから生まれた枝は決して同じ方向を向かない。故に世界は決して交わることは無い」

「それって…」

「お前はこの言葉を知っているはずだ」

「ああ、ガキの頃に読んだ絵本の冒頭だ」

「スフィアじゃ有名な言葉だ。サーヴュランスは、そうやって自分の子供たちを育てるみたいだな」

「サーヴュランス?」

「お前の親みたいに派生世界に常駐している制御局の人間のことだ」

「…じゃあ、ほんとにお前、俺は、異世界人…なのか?」

「残念ながらな」

 実際に何もないところから本を取り出した。

 手品師でなければ最低でも超能力者かなにかである。

「…まあ、いいさ」

「とうとう信じる気になったか?」

「実際に今朝とんでもないもん見ちまったからな」

「ああ、そんなこともあったな」

「お前にとっては『そんなこと』で済んじまうわけね」

「済んじまうな」

「…で、なんでそんなことを急に俺に言ったんだ?つーか、なんで俺は今までそのことを知らなかったんだ?」

 少々重くなった空気を変えるために飛鳥は質問してみた。

「お前は魔法も魔術も使えねーだろ?」

 さも当然のごとく、お前は車の免許を持っていないだろ?と聞く程度の口調でキリアは訊ねる。

「そりゃ、普通そうだろ」

 どうやら、俺とこいつの普通は違うようだと飛鳥が口には出さずに聞き役に回っていると、キリアは続けた。

「サーヴュランスはその性質上、その世界における『普通』の範囲で生きなければならない。だから、ここみたいに科学技術が進み、魔法の類が存在しない世界では魔法の類の習得は成人してからって隊規で決まっている」

「お前らの組織のことか?」

「ああ、特にサーヴュランスに所属する人間がな。サーヴュランスは情報収集能力は高いが、戦闘能力が低いものが多いんだ」

 そこでひとつ区切ると、キリアはさらに続けた。

「だから、その人間を消して、本部にその世界の改変を気付かせないためにサ―ヴュランスの人間を襲う事件が最近多発している。もちろんその家族も例外ではない。まあ、定期報告が義務付けられているから、発見を遅らせるだけにすぎんが、それでも、大きな組織となると俺たち実行部隊が到着した時には全て終わってることも多い」

「そこで、お前たち実行部隊がこうして定期的に見回りってわけか?」

「何だ?ずいぶんと物分かりがよくなってきたじゃねえか」

「いいから、続けろよ、で、親父は何やってんだ?俺はサラリーマンかと思ってたんだが?」

 真下の住人のおかげでそういったことには多少慣れている。特に宇宙人やUMAなら結構得意分野だ。

「一見するとそうだ。だがその実一〇〇%時空制御局の管理している会社だ。お前の親父はこの世界の現状報告をしに時空制御局の本部に行ってるはずだ。さっき言った定期報告では無いけどな。ホントは『七色の宝石(レインボージュエリー)』じゃないもっと小さい組織の報告が上がって来たんだけどな…」

「で、いつ帰ってくるんだ?」

「さあな、お前のおふくろ達も引っ張られてるところをみると二、三日は向こう何じゃねえか?」

「待て!おふくろも…って言うか達って言ったか?」

「ああ、このマンションの住人は全員、統一世界の人間だからな。この国の半分くらいの監視を、このマンションの住人が担当している」

「…じゃあ、麻夜も…」

「麻夜?」

「ああ、この下に住んでる高杉麻夜だ、あいつも統一世界の人間なのか?」

 すると、キリアは先ほど本を出した時と同じように空間から書類を取り出し、ぱらぱらとめくり始めた。

「高杉…、ああ、マヨ=ハイスモックか」

「やっぱりそうか、あいつは…大丈夫なのか?」

 何かメモの様なものを見ながら答えた。

「保証はない。もともと、俺とマナ、あー、お前が今朝見たあのやかましい女だが、でお前ら二人を護衛する予定だったんだが…。」

「だが?」

「その、あーなんだ、この近辺でお前らの年代のスフィア出身の人間はお前ら二人だけで、護衛対象もお前ら二人だけなんだが…」

「だが?」

「標的が『七色の宝石(レインボージュエリー)』になっちまったからな」

「それは問題なのか?」

「ああ、『七色の宝石(レインボージュエリー)』は東地区、ああ、スフィアでの東地区の話だが、東地区じゃ結構大きな組織でな、雑魚どもの多さもさることながら、幹部七人がかなりのやり手らしくてね、こいつらにいっぺんに襲ってこられると…」

「さすがのお前でも守りきれねえか?」

「そうだな、こいつらを再起不能にするために四方五、六キロにある建物は道連れになる。ついでに、そばにいるお前らも当然な」

 今朝のキリアの戦闘を見ていると、実際にやってしまいそうなので笑うに笑えない飛鳥であった。

「建物?つーか、そんな範囲に被害が出るんならどんだけの人が巻き添えくうか…」

「ああ、そりゃあ大丈夫だ。並行世界には派生世界の人間はまず入れない」

「並行世界?」

「ん?ああ、並行世界ってのはその世界に付属する虚無空間にその世界の一部をトレースすることで生成される新しい世界だ。一度並行世界を生成すると、その世界をトレースした者が解除するかそいつの意識が無くなるまで存在し続け、抜け出すことはできない。規模やその世界の再現性はその術者の力量に大きくかかわる。正確には一種の結界に属する割と高度な術だ」

「……じゃあ、俺たちはその並行世界からでてりゃいいじゃねえか」

「バカタレ、人数が多いって言ったろ。俺が並行世界にいる間はどうやってお前ら護衛すんだよ」

「…、まあ、確かに」

 飛鳥はわざとらしく手を叩いて納得のポーズをとった。

「でもよ、だったら俺たちもその『スフィア』に行けばいいんじゃねえか?」

「派生世界で生まれた未成年の人間が異空間移動をするのは非常に危険だってことで、こっちは法律で禁止されてる」

 納得した顔で、飛鳥も椅子に座った。

「それで、護衛の人数を増やすのか?」

「それはどうかな。どうやら任務がダブルブッキングしてるみてえだしな」

「ああ、そういえばそんなこと言ってたな」

「…?何だ、あいつ。直接学校にもぐりこんだのか」

「しっかりくっついてたぜ、しっかりな。」

「そうか、何よりだ」

 何か、飛鳥の機嫌が悪くなったような気がしたが、キリアは続けた。

「とにかく、お前は文字通り世界征服を狙うやつに狙われてるってことだ」

「ん?ちょっと待て」

「何だ?」

 そこで飛鳥は一つの矛盾に気が付いた。

「お前、確かスフィアの人間は神具とかってのを使わねえと殺せないんじゃなかったか?」

「そうだ。スフィアの人間は例外なく生まれた瞬間から守護神の加護を受けている」

「守護神?」

「ああ、スフィアにかつていた神々は、人類と分類される生き物に神の加護として神具以外のあらゆる攻撃から致命傷を防ぐ神壁と、その神が持つ力、神能を与えた。ちなみにマナの守護神は雷系統第二位の神だ。怒らせると雷落とされるぞ」

「ところでそのマナは?マナも護衛だろ?」

「今は隊長に現況報告だ」

「ふーん、で、お前は?」

「俺?俺がどうした?」

「お前の神能はなんなんだ?」

「俺のはそういった雷や炎を出す神能じゃないんでね。自慢できるようなもんはねえよ」

「無い?」

「ああ、俺の守護神は『名無しの神』。その神は生まれつき何の神能を持たない神でな、神壁こそ持っているが、俺も生まれた時にはなーんの神能も持っちゃいなかったよ」

「でもお前さっき浮いてたし、今朝は空走ってたじゃねーか」

「そりゃあ、空走れるように努力したからだよ」

「努力って、努力でどうにかなるもんなのか?」

「なるなる、俺に不可能はない」

「お前限定かよっ!?」

 不遜な態度に一応飛鳥はツッコミを入れた。

「でもさ、俺がスフィアの人間なら俺にも神能の力があるってことだよな?」

「まあ、一応な」

「なら、神壁もあるってことだろ?だったら護衛なんて」

 それよりも、自分の神能がなんなのか気になるところだが、飛鳥はとりあえず護衛の不必要さをキリアに訴えた。

「今のお前には無理だからな」

「??」

「加護を受けるには一度でもスフィアに存在する必要がある。そしてさっきも言ったように世界間移動はこの世界で言う二十歳以上って法律で決まっている」

「つまり?」

「今この状況では力も使えないし、刀で切られりゃ死ぬってことだ」

「つまり、そいつを捕まえるまで護衛するってことか?」

「ああ」

「麻夜もか?」

「ああ」

「だったら、こんなとこでくっちゃべってねーでさっさと探して来い!!」

 すると、キリアは飛鳥の家から放り出されていた。

「何なんだ?あいつ。カルシウム不足か?」


 なんにしろ、飛鳥は言っていた。

「いいか、二週間以内だ、二週間以内にその迷惑野郎を捕まえて護衛から外れろ」

(何かあんのか、二週間後?)

 書類をめくりながらキリアは呟くとある項目で手が止まった。

(なるほど、ね)







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