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東方見聞備忘録~其之参~


統一世界―『スフィア』 C.E.28904年 七月三二日 一三時一八分(世界統一時間)

中央都市『ロクス』 第七区画 世界統一機関 旧時空転送装置設置建屋



「ここか」

時をほとんど同じくして、キリアは第七区画の入口に立っていた。統一世界が派生世界と比べて極めて広大な面積を誇っており、それに伴って交通機関も高度な成長を遂げているが、宿舎から第七区画の移動を一〇分ほどでたどり着けるのは、常人ではありえないことだった。

目の前にそびえる分厚い扉も、転送装置を覆うように円柱状に張り巡らされた巨大な壁も、キリアにとって破壊することはたやすかったが、極秘任務であり破壊した壁を元に戻すのも面倒だったので、キリアはヴァルトシュタインから受け取った認証コードを扉の横に設置されたパネルに打ち込んだ。



「ん?」

打ち終わってさっそく、認証コードの必要が無かったことに気付く。

(開いている?)

この施設は随分と昔から使用されておらず、ここに用がある人間がいるはずも無かった。

キリアは扉を開け第七区画に入ってすぐに違和感に気付いた。

「新しいな」

キリアはごく最近に何かがこの場所を通った痕跡を認めた。

「野良犬にしちゃあ行儀がよすぎるな」

当然、犯人を追っているのだから人がいる気配がしてしかるべきだが、この痕跡はあまりにも不自然だった。

(まるで気ままな野良猫が歩いた痕だ)

キリアは違和感を覚えつつも、細いグレーチングの通路を進んでいった。そして、『箱舟』の姿が見え始めた頃であった。

「ようやくお出ましか」

旧式の施設と言えど、基本的に構造は変わらない。

『箱舟』に関する施設は、円形の部屋中央に『箱舟』本体が設置され、そこから放射状に通路が伸びいている。通路自体は、時空転送装置稼働時に伴う排煙、排熱が発生する関係から床から三メートルの位置に設置されており、それに伴い施設入口も同じ高さにある。

キリアは特に迷いなく『箱舟』向かっている途中で違和感に遭遇した。

「はぁあああ!」

勢いよく飛びかかっていた物体を、キリアは最小限の動作で躱した。

「痛たたた」

この場に似つかわしくないソプラノが耳に入り、キリアは眉を動かす。

「なんだ、お前?」

これが、殺意のこもった攻撃であったなら、この物語はここで終了だっただろう。この出来事は一瞬の事であったが、重要性だけで言えば間違いなく歴史に名を残す程の出来事であった。ただし、それはこの出来事が歴史の表側の出来事であった場合の話である。

「はぅ、はっ」

少女は自分の攻撃が躱されたことに気付くと、気丈に威嚇した。

「侵入者!!アンタは私がタイホする!!!」

「?」

「?」

キリアの頭上に疑問符が浮かび、同様に少女の頭上にも疑問符が浮かんだ。

その可愛らしい少女は、前髪を白い髪留めで留め、サイドも布製の髪留めで留めている。ノースリーブに短パン、ロングブーツは戦場というよりウィンドウショッピングに向いている。両手の厚手のグローブが気持ち程戦闘向きと言えた。むしろ、よくこのような恰好で天井近くから飛び降りてこれたものだと感心するほどである。


「ぷっ、アッハッハッハハハハハ」

「何がおかしいのよ!!」

得体のしれない男に突然笑われるという訳が分からない状況に少女は果敢に食って掛かる。どうやら彼女の性格の形成はこの時点、この時の彼女の年齢は一六歳であったが、すでに完了しているようだった。

「ハッハッハッハハ」

「笑い過ぎ!!」

なおも笑いが止まらないキリアに少女は再び口撃する。

「まさかこの俺が笑い方を覚えていたとはな」

屈託なく笑ったキリアの目じりには思わずこぼれた涙を右手で拭った。

「そんな恰好で俺に挑んできたやつはいねーぞ」

腕こそファイティングポーズをとっているが、見れば少女は両足をハの字にしてへたり込み、見上げる形でキリアを睨みつけていた。

「誰よ、アンタ」

キリアの態度に威勢を削がれたのか、若干の落ち着きを取り戻したのか、少女はキリアに問いかけたが、これは客観的に見て襲い掛かってきた人間が言う言葉では無かったが、キリアはさして気にした様子も無く素直に答えた。

「こいつは失礼…、俺の名はキリア=トライハート。東方死覇つった方が分かりやすいか?」


「ええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇっ!!!?」

テンプレートの驚きの表情を見せた少女にキリアは再び腹を抱えて笑った。

「ワーハッハッハッ」

ひとしきり笑った後、キリアは続けた。

「やっぱ、お前相当変わってるぜ…普通なら、『東方』の名を聞いただけで逃げ出すぜ?」

キリアは通路の手すりに腰を預けた。

「何かもう、どうでもよくなったぜ」

「駄目よっ!」

「あぁ?」

声を荒げて反論する少女にキリアは眉をひそめた。

「絶対に侵入者を捕まえるの!!」

少女のあまりの必死さにキリアは反射的に訊ねる。

「何故そんなにこだわる?見たところお前は戦闘に関しては素人だろう」

そもそもこいつが何故極秘事項を知っているんだ、との疑問は口にはしなかった。

「…アイツから逃げるため…。侵入者の首を今までの養育費として叩きつけて、私はどこか遠くへ行くわ」

「アイツ?」

少女は一つ呼吸をおいて続けた。

「ローウェル=M=ヴァルトシュタイン卿。機関の評議員で、私の保護者。…私、ヤーマ戦争の孤児で、それでヴァルトシュタイン卿に拾われたの」

「分かんねえな。何不自由なく生活できるだろう、何故そんなところから逃げ出すんだ?」

「アイツはっ!!」

少女の口調がさらに強くなった。

「大事なものは世間体!!私を引き取ったのも自分が戦争の救世主になりたいから。戦争終結の象徴として私を利用したのよ!アイツは人を人と思っていない!!!」

「ほー」

人を人とも思っていないキリアには、それくらいしかかける言葉が無かった。

ヤーマ戦争を事実上終結させたのはキリアの師であったことから多少なりとも事情は知っていたし、ヴァルトシュタインが孤児を引き取ったことを知っていた。そして、彼女の言うことが的を射ている事も理解していた。

「私は一人だった。付き人はヴァルトシュタイン卿のイヌ。味方は一人もいなかった」

「味方ね、まあ、いいんじゃねえの?それでも」

「アンタに何が分かるっ」

キリアは言葉を遮った。

「俺の周りは敵しかいなかったぜ。それこそ命がけの状況で命を繋ぐ術を学んだ。まあ、もっとも、俺の場合生き残れたのは神能によるところが大きいが。それでも、温かい飯が用意されていたわけでもないし、安全な寝床が確保されていたわけじゃない。お前はそれが保障されている。そこからの脱出は贅沢ってもんじゃないのか?仕方のない俺は自分の居場所は自分で作ることにした。…妙なことに巻き込まれはしたが、何も最初から『東方死覇』なんて呼ばれていたわけじゃない」

(まあ、俺もそんな籠の中の鳥なんざごめんだが…、アイツのイヌである俺が言えた義理じゃねえな)

キリアが一人思案していると、再び声を荒げた。

「よしっ!決めた!!」

「何を?」

「絶対に侵入者を逮捕する!!」

「……同じじゃねえか」

「違う!!」

少女は指を指して否定した。

「逃げるのは辞めたの。敵を逮捕して私の実力を示して保護者登録を外させる」

「…そうか」

キリアは穏やかな表情で納得した。

「ほれっ」

「えっ?」

突然飛来してきた物体を、少女は慌てて受け止めたがその重さによろめいた。

「これ、アンタの刀じゃ」

「持っていけ」

「持ってけって言ったって…私刀なんて使えない…」

「違う、そいつを持ってヴァルトシュタインの所へ行け」

「何で?」

キリアは深くため息をついた。

「はぁ。お前、ここで俺を待ち伏せていて、誰かに会ったか?」

「ううん」

少女は首を横に振った。

「俺は『東方死覇』の名を権力として着飾るつもりはねえが、人の気配くらい分かる」

「まさか、もうここにいるの?」

「ああ」

「どこ?どこにいるの?」

少女があたりを警戒する。

「いるじゃねえか。お前の目の前に…」

キリアは事も無げに続けた。

「上層部が消したがってるのはこの俺さ」

「えっ…」

キリアは、この時の悲しさを含んだ驚きの表情を浮かべた少女の顔を決して忘れることは無かったと言う。



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