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ひきこもりお嬢様の部屋へ

「うっ、うっ、うぅっ……!!」


 扉の向こう側から聞こえるミリヤの号泣する声を聞きながら、ミリヤの部屋の前にいるぼくたちは途方に暮れた。


「お嬢様、出てきてくださいッス」


 閉ざされた扉を、ココが優しくノックしながら話しかけた。


「お願いッス。しンたろ様も反省してるッスから」


「反省してます」


 ココの後ろで、しこたま殴られ、顔をボコボコに腫らしたぼくは頭を下げた。


「ていうか、反省しなきゃ殺されてました」


 ミリヤの変身魔法を解き、使用人たちの目の前で真っ裸をさらさせてしまったぼくは、


「見ちゃだめッス!」


「ギャー!」


 手始めにココから目つぶしを食らい、


「この変態探偵がぁぁ!」


「あがごががが!」


 駆け寄ってきたメイドさんたちからフクロにされ、


「しんたろ様のえっち! カリナボンバー!!」


「ぼんばっ!!」


 ポケットの中からガラス瓶ごと飛び上がって体当たりを食らわしてきたカリナによって、その場で気絶させられた。

 そうして、気絶から復活してみたら、ミリヤは屋敷の二階の奥にある自室に閉じこもっていたというわけである。

 とにかく、これでようやくノーマルなひきこもり状態になったというわけだ。


「……」


 閉ざされた扉を眺めながら、ぼくは変身が解けたあの一瞬に見た、ミリヤお嬢様の姿を思い出してみた。

 痩せた小柄な身体に、猫背の背中と小さな胸、背中まで伸びた黒髪はあちこち寝癖が跳ねていた。

 顔は、長いこと日の光を浴びてなさそうな青白い肌に、切れ長の三白眼の下にはどす黒いくま、小さな鼻の周りにはそばかすが散っていて、小鳥のように尖った唇は乾いてカサカサだった。

 ほんの一瞬しか見てないのにここまで覚えているのは、ぼくがただ単にエロいだけなのかもしれないが、それは置いといて。

 ミリヤは、それはそれは残念な干物女子だった。


「おまえなんかに私の悩みがわかってたまるか!! さっさと帰れ――!!」


 閉ざされた扉の向こうからミリヤが怒鳴った。

 人を呼びつけて、しかも騙し討ちで探偵の腕を試しておいてそれはないだろう。

 当然、このまま黙って帰るわけにはいかなかった。


「依頼料もらってないんだけど」


 ぼくがきっぱり言うと、扉の内側から「がたたっ」と何かから落っこちた音がした。


「いてて……コ、ココ!! そいつにカネを渡せ!!」


「は、はい、お嬢様!!」


 ココがぱたぱたと廊下の奥へ走り去り、すぐに戻ってくる。小さな金貨袋が載ったトレイを持っていた。


「し、しンたろ様……まさか、本当にこれをもらうつもりじゃないッスよね?」


「悪いけど、これも仕事だから」


 つとめてそっけない態度で、ぼくはお盆から金貨袋を取り上げた。袋は小さいけど、ずっしり重い。いくらなんでもこれはもらい過ぎだったけど、仕事はもう終わったという、そっけない態度で言う。


「じゃ、そゆことで」


 金貨袋をズボンのポケットにしまい、ミリヤの部屋に背を向けた。

 すると、ココがぼくのシャツの裾を強く引っ張った。


「そ、そんな! お嬢様はどうなるんだスか!?」


「クライアントが帰れと言ってるんだから帰る。お嬢様のかくれんぼにも付き合ったんだし、依頼料分は働いたと思うけど?」


「お嬢様はそんなつもりで魔法使い探偵様を呼んだんじゃねぇだス! しンたろ様に相談したいことがあったはずだス!」


「じゃ、なんで話そうとしないの?」


「そ、それは……」


「自分で『助けて』と言わないひとを助けることはできないよ」


「オ、オラを助けてくれたときだって、『助けて』だなんて言ってねぇのに助けてくれたじゃねぇか!!」


「あのときとは状況がちがうよ」


「そんな――」


 ココの大きな金色の瞳に涙の膜ができた。

 ぼくは無言でココに背を向け、屋敷の廊下を早歩きし始めた。


「し、しンたろ様のうそつき!!」


 後ろから、「わああ――!」とココが泣く声が聞こえた。


「……」


 ぼくはココの泣き声を無視しようと口笛なんか吹いたりして、やたらに長い廊下を歩きいくつもの部屋の扉の前を通り過ぎていった。


「しんたろ様」


 と、胸ポケットの中から、カリナが不機嫌そうなジト目でぼくを見上げて言った。


「なんでココ様にあんなウソをついたんですかぁ?」


 さすがに相棒の目はごまかせないようだった。


「ばれてた?」


「当たり前ですぅ。……泣かすことはないでしょぅ? どうして素直に『おれに任せろ』って言ってあげなかったんですかぁ?」


「ぼくが依頼を引き受けたことを、屋敷内の誰にも知られないためだよ。屋敷中の使用人の前で赤っ恥をかいたんだ。誰にも知られたくないだろ?」


 そこまで言うと、カリナは、感心したように言った。


「ひきこもりの気持ちがそこまでわかっちゃうのは、ミリヤ様が誰かさんにそっくりだからですねぇ」


「べ、別にカリアとそっくりだからわかったんじゃない! ぼくだってひきこもりだから、わかるのであって――」


「私、誰かさんがカリア様だなんて言ってませんよぉ?」


 ドヤ顔のカリナに言われてぼくの顔が赤くなった。


「は、はめやがったな!?」


「はめましたですぅ。だって、しんたろ様、カリアお嬢様のこと――」


「あーあーあー!!」


 大声を出して、カリナの言葉を遮った。


「カリナ! おまえ、あとでこの記憶をカリアと共有するからって、わざと言ってるだろ!?」


「えへへ……。カリア様には、いい夢見てもらいたいですからぁ」


「悪夢になるからやめとけよ! 夜中に飛び起きたカリアに殴られるだろ!!」


「お二人とも本当に素直じゃないんですからぁ」


 と、ここでようやく廊下の曲がり角にたどり着き、ココから身を隠せるようになった。

 廊下の隅に、ぼくの背よりも大きな女神の彫像がある。その影に隠れた。


「ぐすっ……しンたろ様のバカぁ……」


 ココが、いまぼくがやってきた道から、しくしく泣きながら去っていった。


(ごめん、ココ……)


 ココを騙すのは胸が痛んだけど仕方ない。

 ぼくは廊下の左右を見渡して誰もいないことを確認すると、忍び足でミリヤの部屋の前にもどった。

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