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ひきこもりお嬢様を探せ

「いったい何を始める気なんだ……?」


 屋敷の前の中庭に整列した、メイド、執事、庭師、コックといった、数十人の使用人たちを前に、ぼくは呆然となった。

 ぼく、ぼくの胸ポケットの中にいるカリア、ココ、そして子爵は、中庭が見渡せる高さがある玄関前の階段上に立っていた。

 子爵が朝礼の演説をする校長みたいに、その場の全員に聞こえる声でぼくに言う。


「貴様が本当に優秀な魔法使い探偵か、試してやる」


「……ぼくは自分が優秀な探偵だと言ったおぼえはないんだけど」


「娘のミリヤロッテは、我が一族でも最高の変身魔法使いだ」


 ぼくの訴えを鮮やかに無視した子爵は、中庭に集まった使用人たちを見渡して言った。


「ミリヤは、ここに集まった者どもの誰かに変身している。それを見破ってみせよ」


「……は??」


 いきなり意味のわからないことを言われて耳を疑った。と、集まった使用人たちが「この中にお嬢様が!?」と騒ぎ、あたりの人間ををじろじろ凝視しだした。


「いったいどういう意味です?」


「何度も言わせるな。変身の魔法を使って、この屋敷に紛れ込んでいる娘を探してみせよ。探し出すことができたら、貴様を魔法使い探偵と認め、依頼することにする」


「いやいやいやちょっと待ってくださいよ」


 頭の中に浮かんだ突っ込みどころランキングの、栄えある第一位を尋ねた。


「なんで自分ちに隠れてるんですか」


 ざわつく使用人たちを見渡しながら、子爵が言いにくそうに言った。


「娘は……貴様の言うところの、ひきこもりなのだ」


「ひきこもってるって……自分の部屋の中にいるんじゃないの?」


「ミリヤはこの屋敷全体を使ってひきこもっている。自分の本当の姿をさらさないようにして、な……」


「どゆこと?」


 首をかしげた矢先、傍らに立っていたココが言った。


「ミリヤロッテお嬢様は、ずーっとこの屋敷内の誰かに変身して、誰にも姿を見せてくれないんだス」


「はいぃ?」


「そんなことして魔力が尽きたりしないんですかぁ!?」


 ぼくの胸ポケットの中のカリナが驚きの声をあげると、子爵がなぜか鼻の穴を膨らませて言った。


「ミリヤは、何日間でも変身していられる驚異的な魔法使いなのだ。普通、変身の魔法使いはあまりに長く自分以外のものに変身すると、魔力が尽きるか、変身したものになりきって元の姿を忘れてしまったりするのだがだ。まったく素晴らしい! さすがエミリオクシズ家最高の、天才魔法使いだ!!」


 得意げに娘自慢をするパパに、質問。


「だから、なんでそんな面倒なことを……?」


「それがわからんから貴様のような魔術師探偵どもに依頼しているのだ!!」


 子爵がキレたように叫んだ。


「私の妻――ミリヤの母親は、いま王宮で女王様の影武者になる任についていて、あの子の保護者は私だけなのだ!! なのに、姿を見せなくなってもう三ヶ月にもなる!」


「一緒に住んでるのに三ヶ月も姿が見えないなんてどんだけだよ!?」


 呆れて肩をすくめたぼくに、子爵が不敵な笑みを見せた。


「能書きはいい。とにかくミリヤをみつけてみせよ。……それとも貴様にはやはり無理か?」


 最初からやる気なんてなかったし今もないです、とは言えなかった。こんなふうに大勢の人間を集められ、奇妙な間違い探しゲームに強制参加されるまでは。

 それよりぼくは、ミリヤが他人に変身して自分の姿を隠そうとする理由が、なんとなくわかった気がした。

 「自分以外の何者か」というコスプレをすれば、誰にも本当の自分を悟られない。それはつまり、臆病で傷つきやすい自分を守りながら、誰かと関わりを持ちたいという気持ちのあらわれじゃないかと思う。

 ひきこもりは他人と関わりたくないわけじゃない。ぼくだって日本では、ネットを使って誰かと繋がっていた。それが、たとえどこの誰かも知らない相手とだって、繋がりは繋がりで、自分が独りぼっちじゃないと思える。

 ぼくらひきこもりには、そのギリギリの繋がり状態こそ理想なんだ。自分が選んだ、必要な人とだけ、気持ちのいい距離を保って繋がっていたい。それ以外の人間とは関わらない。まったくもって理想的な環境。

 それが甘ったれた根性だとはわかってる。

 でもそうしないとぼくらは生きられない。


(ミリヤも、そんな気持ちだったのかな……)


「おい! 何をボンヤリしている!?」


 前庭を見渡すふりをしながら物思いにふけっていたぼくを、子爵が横から叱りつけた。


「貴様を呼び出したのは遊びじゃないぞ!! さっさとミリヤをみつけだせ!!」


「ええー!?」


 ぼくは中庭に集まった数十人の使用人たちを見渡しながら、顔をしかめた。

 使用人たちは、依然、ざわざわ……! ざわざわ……! と某ギャンブル漫画みたいにざわめきながらお互いを疑い合っている。


「……おまえ、本当におまえか?」


「おれだよ! 本当におれだよ! 疑うなら、触ってみろ!」


「うおっ! この感触、まちがいなくおまえだ!」


「……おまえ、おれの股間の感触をおぼえてるのか?」


「……ねぇ、あんたが本物なら、先週買った下着の色言ってみて」


「黒」


「あんた、そんなエロい下着買ったの!?」


「ぎゃ! 誰だおれの尻を触ったのは!?」


「アタシよ! こんなときじゃないと触れないから触っといた!」


「開き直るなこのスケベ!!」


 公然とセクハラ行為が及ぶ様を見渡しながら、ぼくはミリヤが変身しそうな人物を考えた。


「ココ」


「なんだス?」


 ぼくの隣で、きょとんとした顔のココにたずねる。


「さっき子爵は、ミリヤのお母さんは王宮へ出向いていると言っていたけど、本当?」


「本当だスよ? オラ、一週間前に奥様と旦那様の身支度を整えて、お見送りしたッス」


 「でも」とココが矢継ぎ早に言った。


「つい昨日、旦那様が『ミリヤが心配で引き上げてきた!』と言ってお帰りになって、オラに魔術師探偵を呼んでくるよう命じたんだス」


 確信がついた。ぼくは素早く目線を動かし、ミリヤが魔法で変身した人物にロックオンした。


「あんたがミリヤだね?」


「ななな……なんだとぉ……!?」


 顔を真っ赤にした子爵が、怒鳴った。


「な、な、何を証拠にそんなことを!? 私のどこがミリヤだというのだ!?」


「消去法だよ。この屋敷の誰からも、『あんた本物?』と問い詰められず、誰とでもおしゃべりできて、なおかつ好き放題できる人間は、子爵しかいない」


「な、何を言う!? そんなことが証拠になるか!」


「じゃあ聞くけど、何の仕事で王宮に出向いたんだ?」


「そ、そ、それは……。影武者! そう影武者だ! 外交に出向く執政官の命を守る、影武者としてだな――!!」


「そんな重要な仕事を、『娘が心配だから』なんて理由で抜け出せるとは思えないんだけど」


 「ああ! 言われてみればぁ!」と、ものわかりのいいカリナがポンと手を打ち、「そうなんだスか?」と、疑うことを知らないココが首をひねった。

 いつのまにか、さっきまでざわつきながらお互いを疑り合ってセクハラ行為に及んでいた使用人たちが黙りこくって、子爵、に化けたミリヤを凝視していた。


「しょ、証拠だ! 証拠を見せろ!」


 大量の冷や汗を流した子爵――じゃなくてミリヤが、ぼくに指を突きつける。 


「貴様のような魔法も使えない魔法使い探偵に私の何がわかる!? 変身の魔法が貴様なんぞに簡単に見破られてたまるか!! さあ証拠を見せろ! 証拠だ! 証拠がないなら私は絶対に認めないぞ! 認めないったら認めないんだからー!!」


 ついさっきまで威厳を保っていた子爵が足をバタつかせて地団駄を踏む姿に、使用人たちが目に見えてドン引きし始めたのがわかった。滑稽を通り越してイタい光景に、みんな見てはいけないものを見てしまったかのように目を逸らしたり、口笛を吹いたり、わざとらしく気を逸らそうとする。

 なんだか、やりたくもない委員会の役割を決めようとしていて誰も発言しないホームルームみたいで、無性にイラついた。ぼくはあの「誰かやれよ」と無言のプレッシャーが教室全体にのしかかっているのが我慢できないのだ。それでいつも、町内のゴミ拾いだの、老人ホームで歌を歌うだのといった役をやらされる。不登校した高校でも、ぼくは「小野っていいやつだよな」という通り名の、便利屋だった。


『しんくんは優しすぎるんだよ。でも、そこがいいとこだよ』


 そのときふいに、明里の声が聞こえた気がして、嫌な気分が晴れた。

 あんなクソみたいな便利屋役も、いつも明里が一緒に付き合ってくれたから、ぼくはやってこれたんだ。

 

「しンたろ様」


「おぅ!?」


 一瞬、明里に名前を呼ばれた気がして、驚いて振り返ってみると、なまり言葉が抜けない魔族幼女のメイドが目を丸くしていた。


「どうしたンだスか? 声かけちゃ、まずかったッスか?」


「い、いや、なんでもない。……それより、どうしたの?」


 心を平静に戻してほほ笑みかけると、ココが背伸びしてぼくの耳に手で覆った口を寄せてきた。


「なんとかミリヤお嬢様をなだめてくださいッス」


「ええー?」


「頼ンます。このままじゃお嬢様が可愛そうッス」


「……異世界でも便利屋なのか、ぼくは」


「なに言ってるんスか。しンたろ様は魔法使い探偵じゃないスか」


「似たようなもんだよ。どうしてぼくにばっかり面倒な役を押しつけるんだ。他の人間にやらせたって問題ないだろ?」


「他のひとじゃダメなんだス!」


「どうしてさ!?」


「魔法は使えないかもしれないけど、しンたろ様は困ってる人の心を開かせることができるからだス! それって魔法よりもすごいことッスよ?」


 かつての明里のようなことを言われて、ぼくの気持ちは傾いてしまった。

 そして、とどめの一撃は、ぼくの胸ポケットの中のカリナが放った。


「それにこのままじゃ依頼料もでませんよぉ? そうしたら、カリア様に怒られるんじゃないですかぁ?」


「うぐっ!」


 くそ。このまま依頼料もなしに事務所に帰ったら、またカリアにののしられる。それはイヤだ。


「わかったよ! やりますよ! やりゃいいんでしょ、やりゃ!」


「さすが、しんたろ様!」


「で、どうやってお嬢様の変身を解くッスか?」


「そんなのは簡単だっ!」


 ぼくは、ややキレ気味に、四十過ぎのヒゲのオッサンに変身した、ミリヤの股間に手を伸ばした。


「なっ……!?」


「やっぱり! ”ない”!」


 思っていた通りだった。


「いくら天才的な変身魔法使いといえど、見たこともない部分まで変身できないようだな! この臆病者のヘタレひきこもり魔法使い!!」


「ギャアアアアア――――!!!」


 屋敷中に響き渡る女の子の悲鳴とともに、目の前にいたヒゲの子爵が魔力の光りに包まれ、姿を変えた。

 ようやく、天才的な変身魔法使い、ミリヤロッテ・エミリオクシズと対面した。

 それも真っ裸の。

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