魔法使い貴族
「貴様が魔法使い探偵だと?」
今回の依頼者である、モディウス・トラウメテオ子爵から言われた第一声がそれだった。
ぼくとカリナが、ココによって案内されたのは、カザリンガの北にあるバリラモント地区だった。
このへんは魔法使い貴族たちのお屋敷が密集する高級住宅地だ。屋敷を囲む石灰岩でできた白壁に、カラータイルで舗装された道路、それぞれの貴族のお屋敷の前には衛兵が立っていて、広々と間を取った屋敷と屋敷の間には、緑がきれいな手入れの行き届いた公園や乗馬クラブがある。
カリアの魔法使い探偵事務所がある、傾いた建物とゴミと酔っぱらいが路上に転がる南のタンローズ地区とはえらい違いだ。どうせなら、カリアもここに事務所を構えればよかったのに。
「貴様、本当に魔法使い探偵なのか?」
ソファにふんぞりかえったオッサンから、ゴミを見るような目で言われた。
子爵はゴージャスな外巻きカールの金髪と、鼻の下で二股に分かれた長いヒゲ、金糸がたっぷり使われた丈の長い上着に、両手の全部の指にいくつもの金の指輪をつけた、四十歳くらいのオッサンだった。
「そうです、私が魔法使い探偵です」
「変なおじさん」と同じアクセントで言ってやる。日本の偉大なギャグキャラを知らないカザリンガ人からしてみれば、単なる「ムカつくガキ」でしかないけど、わかってて言ってやる。
「しかも、魔法が使えない魔法使い探偵です」
さっきから毛穴に詰まった脂でも見ているようなツラをした子爵にはっきり言ってやると、案の定、子爵はもっとツラをしかめた。
「ハァ!? なんだと!? いま貴様なんと言った!?」
「だから、魔法使えないッス。てへ」
舌をはみ出させる、てへぺろスマイル。
ぼくは以前、ある魔法使いの依頼をちゃんと遂行したにも関わらず、「魔法が使えないとはどういうことだ!? よくも騙したな!?」と、わけのわからない理由で依頼料を踏み倒されたことがあって以来、ちゃんと「魔法が使えません」と言うことにしているのだ。てへぺろはサービスだこの野郎。
「ココココココ――!!」
子爵が、声を震わせサロンの扉に向かってココの名前を呼んだ。
「そんなに連呼したらココが三人くらい来ちゃうぞぉ」
「しんたろ様!」
ぼくがにやけ顔で言った嫌みを、胸ポケットの小ビンに入ったカリナが制した。
「お、お呼びだスか、ご主人様……!?」
ピカピカの真鍮の装飾がほどこされた扉から、ココが入室してきた。尖った耳が、びくびくと震えている。
「今度連れてくる魔法使い探偵は、カザリンガで最高の魔法使い探偵だと言っていたな!?」
「はははい!!」
子爵がソファを立ち上がり、扉の前で怯えているココに近付く。
「こいつは魔法が使えないと言っているぞ!?」
「そそそそうだス! しンたろ様は魔法が使えません! けんど、カザリンガで一番の魔法使い探偵だス!!」
「おまえはその喋り方同様に、おつむも鈍くさいな!! 魔法の使えない魔法使い探偵に、私の依頼が達成できるか!!」
「そんなことは、ねーだス! しンたろ様は、これまでたくさんの魔法使い様のお願いをきいてきたッス!!」
「ハッ。どうせ爵位もない、低階級の魔法使いの依頼をこなしてきたんだろう?」
「そんなことねーだス!! しんたろ様は、色彩の魔法使いユニウス男爵様のお願いをかなえたこともあるんス!!」
「ユニウスの?」
ぼくがかつて受けた依頼人の魔法使いのことを知っているのか、子爵はえらそうな角度に伸びたヒゲを「むぅ?」と落とした。
「しんたろ様は、ユニウス男爵が集めた幼女のパンツ姿が詰まった姿見クリスタルを処分するというお願いを――」
「ストップ! ココ、それ以上言わないで」
この間、ココがバスコの店へ立ち寄ったとき、調子に乗って話してしまった依頼人の個人情報が漏れるのを、慌てて阻止した。
ユニウス男爵から依頼された、幼女のパンツ姿一〇〇〇人分を記憶した姿見クリスタルを処分するのは本当に骨が折れた。姿見のクリスタルは、ハンマーや剣で破壊することができないから、幻影の魔法使いに抹消をお願いするしかないのだけど、「絶対に誰の目に触れさせるな!」と釘を刺されていたので、二十四時間体制で見張ってくれる自宅警備員のカリアのベッドの下へ永久封印することにしたのだ。
ちなみに、カリアは自分のベッドの下に幼女のパンツ姿一〇〇〇人分が隠されていることを知らず、ユニウス男爵には、かつての名門魔法使い貴族であるカリアが責任をもって預かっているということで、信用してもらった。あの依頼はけっこうな料金をもらったなぁ。
「ロリコンユニウスの依頼をこなした、だと?」
うははは、しかもユニウス男爵の趣味はすでにバレバレみたいだー。
「貴様、魔法も使わず、魔法使いの依頼を達成してきたのか?」
ほんの少しだけ疑いの眼差しをゆるめた子爵が、ぼくのほうを振り返る。
「もちろんですぅ! しんたろ様はそこらへんの魔法使い探偵とはひと味ちがうですぅ!」
ぼくの胸ポケットから、ガラス瓶ごとぴょこんと跳ねさせ顔を出したココが言うと、子爵が意外そうな顔になる。
「む、ホムンクルス? 貴様、どこでそれを?」
ホムンクルスは生成が難しく、魔法使いの間でも目にするのは貴重らしい。魔法も使えない魔法使い探偵が持ってるのが、かなり意外だったようだ。
「うちのご主人様のホムンクルスです。カリアロッテ・エミリオクシズの」
「エミリオクシズ!? あの縁結びの魔法使いの!?」
子爵は、カリアのことも知ってるようだ。やっぱり有名な魔法使いだったんだ。
「エミリオクシズ家は、当主が死に、娘も魔力が消滅したせいで、一家離散したと聞いているが」
「今はタンローズ地区で、ひきこもりをやりながら魔法使い探偵やってます。ぼくは、まぁ……助手みたいなモンです」
カリアのことは、ちゃんとひきこもりになっていることを説明しておく。実際その通りなのだし、黙ってることで、あとになってひきこもりであることをウダウダ言われるのは面倒だから。
「カリアロッテ・エミリオクシズ嬢が、ひきこもり?」
カリアがひきこもりになったことがそんなに意外だったのだろうか。
子爵がソファから身を乗り出して、興味深そうにぼくの首に巻かれた使い魔の首輪を見た。
「カリアロッテ嬢がひきこもったために、貴様が使い魔として召喚されたというわけか?」
「使い魔じゃねぇし!」
憤慨して言い返すと、子爵がふふんと鼻で笑う。
「ウソをつけ。その首輪は、魔法使いの奴隷となった証だろう?」
頭にきた。
見知らぬオッサンに、ぼくとカリアの関係性を見くびられた気がした。
「ぼくはカリアの奴隷じゃない! ぼくだって元いた世界でひきこもりだったから、カリアの気持ちがわかるんだよ!」
得体の知れないガキに怒鳴られた子爵が、反撃に出た。
「はっ、なにを偉そうに。他人の苦しみを自分に置き換えただけだろう? 」
「それがなんだよ?」
ぼくは即座に言い返す。
「傷の舐め合いだと思うなら、思ってればいい。自分で治せない傷を負ってしまったら、誰かに治してもらうしかないだろう? カリアが、自分の傷を見せてくれたことが、ぼくには嬉しかった。だってそれは、自分の弱点をぼくにさらけ出してくれた証だし、ぼくとの絆だから!」
「むっ……!」と、怒りを飲み込んだように押し黙った子爵へ、続けざまに言う。
「あんたにだって人に言えない弱さくらいあるだろう!? 傷ついたことくらいあるだろう!? それを誰かにさらけ出す勇気があるか!?」
「……!」
「あんたは自分でそれを乗り越えたつもりでいるけど大間違いだ。あんただって誰かに支えてもらったはずなのに、それに気付いてない。それか、いまだに癒えない傷を心に負ったままかだ。だからさっきから人を罵倒するような物言いができるんだよ」
「……!!」
子爵は、ぼくが怒鳴る度に顔を赤くして、今では毛穴から血が噴き出そうなほど真っ赤だった。でも、何も言い返してくる様子はない。
急に部屋がシーンと静まりかえっていることに気が付いた。
今さらだけど、階級が絶対であるこのカザリンガという異世界で、子爵に「あんた」呼ばわりしていたことにも気付いた。
労働者の階級はおろか、ココのようなディンガ人のもつ奴隷階級でもないぼくは、問答無用で処刑されててもおかしくない状況だった。
顔から血の気が引いて、足がガクブルしてきたそのときだった。
「しンたろ様……かっこいい……」
ちらりと視線を部屋の片隅に移すと、ココが涙の溜まった目でぼくを見つめていた。
「しんたろ様……やっぱりカリア様を……」
胸ポケットの中のカリナまで、潤んだ目でこっちを見上げていた。
やめて! この状況でぼくをアゲようとしないで!! 子爵のメンツが台無しになる!! ぼくはカザリンガの街の中央広場で、魔法使い貴族によって公開処刑された犯罪者を思い出した。宝石強盗が石化の魔法使いによって水晶に変えられ、バラバラに砕いたそれを集まった平民たちにばらまいていた光景だ。平民たちは大喜びで水晶を奪い合い、これにて一件落着。カザリンガは、そういう世界だと痛感したエピソードだ。
「おい、貴様……、オーノーとか言ったか」
子爵が「Oh! No!」と同じアクセントでぼくの名前を呼び、こっちへ近付いてきた。
「一緒にこい」
「……へ?」
「貴様に、果たして依頼が出来るかどうか試してやる。これまで一流の魔法使い探偵がさじを投げてきたが、貴様なら、あるいは――」
「はぁ!?」
魔法が使えないことと、さんざんな無礼っぷりが暴露されたのに、どうして依頼する流れに!?
「無理無理無理!! ていうか、一流の魔法使い探偵がギブアップした依頼を、ぼくがこなせるわけないでしょ!?」
「いいからこい! それとも、私に無礼な口を叩いた罪で、変身魔法で貴様を犬に変えてやろうか?」
「犬ならいいかもです。ぼく日本で犬、飼ってましたし。ご主人様の足舐めても恥ずかしくなくなるし」
「な、ならばネズミにでも変えてやる!」
「ネズミもいいかもです。チーズ好きですし。暗くてじめじめしたとこ慣れてますし」
「どこまで自己評価が低いのだ貴様は!?」
「ぼくクラスのひきこもりになると、生きるのに図々しくなるんだよ!!」
「威張るなこのクズめ!! いいからこい!!」
「イーヤ――――!!」
子爵に腕を引っ張られ、ずるずる引きずられていくと、
「しンたろ様、けっぱるッス!!」
「しんたろ様、ガンバ!!」
その後ろから嬉々とした表情でついてくるココ、そして胸ポケットからエールを送るカリナと一緒に、屋敷の外へ連れ出された。
これだから外の世界はいやだ、異世界はもっといやだ。
はやく日本に帰ってひきこもりてぇ……。