ホムンクルスの相棒 カリナ
「紅茶は!?」
ココを一階の酒場に待たせたまま二階に戻ったぼくは、ベッドで寝転びながら怒鳴ってきやがった引きこもりに、依頼の話をしてやった。
「トラウメテオ家って、変身の魔法使いの?」
「知ってるのか?」
ころっと態度を変え、何かを思い出す顔になったカリアに尋ねると、やつはとたんにドヤ顔になる。
「当たり前でしょ。魔法使い貴族の名家よ。魔法使いなら常識。あんたこそ、カリアの使い魔なんだから知ってなさいよ」
ぼくは魔法使いじゃないんだから知らなくて当然だろ、などと、いちいちムカついてたらきりがないので、無視して質問する。
「そのトラウメテオ家の娘って、どんな子なんだ?」
「噂では、一族最高の変身魔法使いらしいわ。トラウメテオ家は、戦争でドラゴンやグリフィンに変身して敵軍を撃退したし、一番すごい話が、カザリンガの北方にあるトラウメテオ山に変身して侵略を阻止したんだって。その由来からその山脈の名前がついたんだから」
「そんなすごい魔法使いが、ぼくらに依頼するのか?」
「ふふん。どうやらカリアの優秀な探偵能力が、外でもかなり評判になってるようね」
「……どうやら訳アリの依頼みたいだな」
「? どういう意味よ」
「そんなに有名な魔法使い貴族が、ぼくらみたいなセコさと運の良さで立ち回ってきたような魔法使い探偵に依頼してくるんだぞ? 他の優秀な魔法使い探偵でさえお手上げの、ややこしい依頼に決ってる」
「なによ、セコさと運の良さって! ほかにもっとすごいところあるでしょ!?」
「あるわけないだろ? 日本の引きこもりと、カザリンガの引きこもりという魔法も使えないダメダメコンビなんだぞ? これで毎月、依頼がくるほうがおかしいくらいだよ」
これだけ自分たちのダメさを暴露したら、なんだか不安を通り越して逆に気が楽になった。
「依頼を持ってきてくれたココには悪いけど、ダメもと気分で、ちゃちゃっと手早く済ましてくる」
「ちょっと! もっとやる気出しなさ――!!」
文句を言われる前に、ぼくは外出着に着替えるため、シャツとズボンを脱いで下着姿になった。
するとカリアが、「ひゃっ!」と悲鳴を上げて両目を手で覆った。
「ちょ、ちょっと! 私の前でぱんつ姿にならないでって何度も言ってるでしょ!?」
「他に着替えるところがないからしょうがないだろ? イヤなら見るな」
ぼくの寝床であるソファの下に蹴りこんであった、胸ポケット付きのチュニックシャツ、ダメージジーンズのように見えるけど単純に着古しすぎてあちこち擦り切れて穴が空いたズボン、革のブーツを引っ張り出し、身に付け始める。
「イ、イヤだなんて言ってないじゃない……!!」
目を覆った手の隙間から、こっちをチラ見してくるカリア。
ふふ、こういうラブコメなシチュ、嫌いじゃない。いつも調子こいてばかりいるカリアを困らせるのはいい気分だった。
「こら。男子のぱんつを見て欲情するなんて、ふつう逆だろ? こういうひとつ屋根の下で暮らすシチュエーションなら、ぼくがカリアの着替えシーンを見てハァハァするのがお約束――」
「調子に乗るな!」
カリアが、枕元に置いてあったガラスの小瓶を手に取り、思い切り投げた。
「キャ――――ですぅ!!」
飛んでくるガラスの小瓶から、悲鳴がした。
「危ない!」
ぼくはガラスの小瓶を慌ててキャッチした。
「大丈夫か、カリナ!?」
「だ、大丈夫ですぅ……」
コルクの栓で蓋をされたガラスの小瓶に入っていたのは、フィギュアくらいの大きさの、カリアを生き写しにした小人だった。ぼくが慣れない針仕事で縫った、型の崩れた下手くそなワンピースを着ている。
ホムンクルスのカリナだった。カリアの血液と魔力を使って創りだした人工生命体で、サイズが違うだけで見た目はカリアそのもの。しかも簡単な魔法まで使えるというから驚きだ。魔力が健在だったとき、カリアが自分で生成したのだ。
「おい! カリナになんてことをする!?」
本気でカリアに怒鳴ってから、ぼくは小瓶の中のカリナに優しく言った。
「だいじょうぶか? 痛かっただろう?」
「だ、だいじょうぶですぅ……。ちょっと目が回っただけですぅ……」
いつも不機嫌なカリアとちがい、いつもけなげなカリナは、頭をさすりながら笑った。
「コルクの栓、緩んだりしてないか? 大丈夫か?」
”瓶の中の小人”とはよく言ったもので、カリナは瓶の中でしか生きられない。水も食べ物もなく生きられるけど、一日一回、睡眠するカリアからオーラを吸収しないと死んでしまう。だからカリアの枕元に置かれてあったのだ。
「だいじょうぶですぅ。心配してくれてありがとう、しんたろ様」
にっこり笑って、ガラス瓶の内側を小さな手でなでなでする。これは、ぼくの頭をなでなでする仕草だった。
「カリナ! そんなやつの頭をなでなですんな!!」
主人のくせにぜんぜん似てないカリアが、ぼくらを指差しながら怒鳴った。
「それよりも、しんたろをしっかり監視するのよ! しんたろの見聞きしたこと、夢の中で見てやるんだから!!」
「わかってますぅ! しんたろ様から決して目を離しません!!」
カリナはぼくの着たチュニックシャツの、胸ポケットを指差した。このポケットに入って、カリナは今日も一日、ぼくと探偵業をともにする。
ホムンクルスと一緒に眠ると、夢の中で記憶を追体験できる。カリアは、カリナにオーラを与えるため一緒に添い寝するとき、ぼくのその日の仕事っぷりを知るのだ。一日中、部屋にいながら、外での出来事を体感できるなんてずるい。プライバシーの侵害だ。プライバシーなんて概念、この世界にはないから言ってもしょうがないけど。
「ちょ、ちょっと待った!」
突然、顔を真っ赤にさせたカリアが手をあげた。
「す、すべてを見るってのは、やっぱなし! その……、目を離してほしいときも、ある……」
ごにょごにょと聞き取りづらい声で言われて、カリアが首をかしげる。
「どういうことですかぁ? カリア様はしんたろ様のすべてが見たいと――」
「す、すべてっていうのは言い過ぎた! その、知らなくてもいいことがあるというか、正確には、見なくてもいいこともあるというか……」
「?? よくわからないので、はっきり言ってくださいぃ?」
「だー!! しんたろ、ちょっとカリナを貸せ!!」
「?」と、ぼくも首をかしげながら、カリナの入ったガラスの小瓶をカリアに渡す。「あっちいけ!」とぼくを追い払らうと、カリナにひそひそ話を始めた。
「…………あー!」
ひそひそ話を聞いたカリナが、大きくうなずく。
「そういえいば、カリナってばいつも、しんたろ様の”アレ”を見てましたぁ!」
「”アレ”は見なくても別に問題ないから! 今度からしんたろが”アレ”をしてるときは、目をつぶっててよ!! ったく、なんでしんたろは、一日に何回も”アレ”すんの!? ちょっとは我慢しなさいよ!!」
「”アレ”って何のことだよ?」
「あんたは知らなくていい!!」
何気なく尋ねると、ものすごい真っ赤な顔と剣幕で、カリアから怒鳴られた。
さすがにカチンときた。
「なんだよ、ひとのことはさんざん監視してるくせに! それに今の口ぶりからすると、何度もぼくが”アレ”をしてるところ見てるようじゃないか!」
「うっ……!」
「教えてくれたっていいだろ!?」
「うぅっ……!!」
カリアが、血を吹き出しそうなくらいに顔を赤くしたところで、
「言えるか――!!」
「キャ――――ですぅ!!」
カリナの入ったガラスの小瓶をぶん投げて寄越すと、毛布をかぶってしまった。
「なんなんだよ!?」
「し、しんたろ様……」
わけがわからずにいると、ぼくの手の中からカリナが小声で呼んだので、耳を寄せる。
「内緒ですよぉ? ……カリア様は、しんたろ様の――」
ごにょごにょごにょ、という小声で、ぼくはしかと聞いた。
「カ、カ、カリア――!!」
その瞬間、ぼくの顔も一気に赤くなって、カリアに怒鳴っていた。
「おまっ、最悪!! ぼくがカリナをポケットに入れたまま、何回トイレに入ってたと思ってるんだよ!?」
「最低なのはこっちよ!! 何回あんたの”アレ”を見たと思ってんの!?」
「しんたろ様、お水いっぱい飲みますからぁ」
「最悪!! おまえ最悪!!」
「うるさい! しんたろのほうが最悪よ!! き、き、気持ち悪い――!!」
「気持ち悪いって言うな!」
このあと、数十分に及ぶ言い争いをしていたら、待ちくたびれたココがぼくを呼びにきたことで停戦した。
本日の魔法使い探偵ミッション。
・変身の魔法使い、トラウメテオ家の娘さんの悩みをきく。
・ぼくがトイレで放尿してるとき、カリナはぼくの”アレ”を見ない。
ぼくの放尿と課題を並べられた変身魔法使いの女の子が気の毒に思えた。
いったいどんな悩みを抱えているんだろう?