おやすみカザリンガ
「カリア!!」
そう叫んだとき、ぼくは何ヶ月かぶりかの光景を目にした。
部屋中にちらばった本、勉強机の上のノートパソコン、ゴミ箱に放り込んだカッターナイフで切り裂いた高校の制服。
まぎれもなく自分の部屋だ。
ぼくは部屋の扉に自分で取り付けた、いくつものナンバーロックの鍵を慌てて外して部屋を飛び出した。
二階の階段を駆け下りて玄関へ突撃し、放り出してあったつっかけに素足を突っ込んで玄関を飛び出した。
背後で、ぼくの両親の声が「真太朗!?」と呼ぶ声が聞こえた気がしたが、あとで必ず謝りにいきますと心の中で約束した。
明里の家は、ぼくの家から歩いて三秒、道路を挟んだお向かいさんだ。
ひさしぶりに、幼稚園のころノックもしないでいきなり家の中に入るという荒技をやってのけて、二階にある明里の部屋を目指す。
背後から、「真太朗くん!?」という明里の両親の声にも、あとで謝りにいく約束をして、ぼくは明里の部屋の前に立った。
「明里!」
ぼくが、扉の向こうにいる明里に声をかけたそのときだった。
かちゃりと、扉が開いて、何ヶ月かぶりに訪れた明里の部屋の中が明らかになった。
「え……?」
その中にいた人物と目が合って、ぼくは開いた口が塞がらなかった。
「カリア……?」
そこにいたのは、カザリンガにいたカリアと同じ髪型、同じパジャマを着た明里だった。
同じなのは、姿だけじゃない。
明里の部屋は、カザリンガの、バスコの居酒屋の二階にある魔法使い探偵事務所そのままの室内だった。
ぼくが寝起きしたソファに、テーブル、カリアが寝起きしていたベッド、たくさんの枕。それらが、たったいまカザリンガから飛んできたときと同じ配置になっている。
そこにないのは、ガラス瓶の中に入ったホムンクルスのカリナと、魔族の幼女メイドのココ、変身の魔法使いのミリヤ、平行世界を行き来する鏡の魔法を使うカトルだけだった。
「これは……どういうことなんだ?」
「まだわからないの?」
カリア……じゃなかった、明里が、苦笑しながら言った。
「私と、カリアの顔がそっくりなの、偶然だと思った? 『カリア』って、『アカリ』って私の名前をバラバラにして並び替えただけじゃん」
ようやく気が付いた。
「明里……ずっと、ぼくとカザリンガにいたのか?」
「カザリンガを作ったのは、私だもん」
「おまえが……!?」
「私が作った妄想の世界。そこへ、私が、しんくんを呼んだの」
「あれが妄想の世界!?」
「信じられないと思うけど」
自信なさげな明里の言うとおり、すんなりと信じるにしては出来すぎた話だと思った。
「いや、信じないわけにはいかないよ。だって、明里の口から『カザリンガ』と『カリア』って名前が出たんだ。ぼくがこの三ヶ月の間、ずっといた異世界の名前と、ぼくのご主人様の名前を明里が知ってるはずがない」
すると、明里が真顔で言った。
「まさか本当に来てくれるとは思わなかった」
「じゃあ、おまえとぼくは、ずっと――」
「一緒だったんだよ」
「おまえは、カザリンガではどこにいたんだ?」
「私は、カザリンガの全部になって、しんくんを見ていたよ。カリナにも、ココにも、ミリヤにも、カトルにも、エネマラにも、バスコにもなってたし、街の全部の住人や、家具や建物でもあったし、太陽や風や水でもあったと思う。
だから、どんな場所からでもしんくんのことが見えてたの。寝ているときも、探偵事務所でカリアとケンカしているときも、カザリンガの街中を歩き回っているときも、全部のしんくんを見ることができた」
「まるで神様だな」
「神様みたいなものだよ。だって、あの世界は、私の妄想の世界なんだから。カリアっていう女の子は、きっと、私の願望が作り上げたキャラなんだよ。ずっと、あんなふうにしんくんにワガママを言って、それを叶えてほしかったの。自分でも気付かなかった。私、あんなふうになりたかったんだって」
夢みたいな話だ。
あり得ない。
他人の妄想の中に入り込むなんて……。
「明里……。ぼく、おまえに何て言ったらいいか……」
「何も言わないでいいよ。だって、しんくんはカリアのところへ居続けようとしてくれたじゃない。あのとき、カリアを見捨ててこっちの世界へ帰りたいって言ったら、私はここで会ってないよ」
「カリア……」
「なによ、しんたろ」
「こっちの世界でも、一緒にいてくれるか?」
「うん」
うなずいた明里を、ぼくは抱き締めた。
約四ヶ月の間、皆様に読んでいただいた拙作も、これにて完結しました。
私は元々、ライトノベルレーベルへ投稿することをメインに執筆してきましたが、このような場を借りて作品が発表できてよかったです。
アクセス数を伸ばすことに執心して、上位ランキング作品にとうてい及ばず、落ち込んだこともありましたが、最後の章を書き上げたときは、自分でも想定外のラストシーンが描けました。
無職で、家にひきこもり、毎日本を読みながら書いては消しての繰り返しの生活は、まさに作中の真太朗と同じ心境で、自分への不甲斐なさや過信しすぎたプライドに押しつぶされそうでしたが、ラストシーンを描き終わったときは、長く暗いトンネルを抜けて日の当たる場所へと出てこれたような晴れ晴れとした気持ちになれました。
この作品は私の願望が詰め込まれています。
読んでくださった方々が、果たしてどんな感想を抱いたのか、はっきりとはわかりませんが、それでも、毎日のアクセス数を見て、最後まで読んでくださった方が確かにいて、その中の何人かが、私と同じ気持ちになってくれたのではと、勝手に希望を抱いています。
小説新人賞で落選し続けてきた私には、プロ作家になる資質が多く欠けているのだと思います。
でも、小説で誰かと繋がれるかもしれないという半分妄想、半分希望でできた資質はあります。
妄想と希望は、私が小説を書くエネルギー源だと確信できました。
この小説を書き終えたら、もう小説を書くのはやめようと思っていましたが、撤回します。
やはりやめられません。
小説を書くことは、私が一番幸せになれる、人との繋がり方です。
ここまで読んでくださってありがとう。
いつか必ず、違う作品で、皆様とお会いしたいです。
最後にもう一度。
ありがとうございました!!!
~まぐたっく~