眠りの前に 2
「ぼくにやらせる仕事?」
いきなり話のやり玉にあげられたのに驚いた。
カリアは、このままでは魔法使い探偵の仕事がなくなるのを心配しているのか? と思った。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、カリア」
ぼくはソファから立ち上がって言った。
「ミリヤが払ってくれた依頼料があれば当分は生活に困らないし、依頼だってまた探せばいくらでもみつかるよ。ミリヤとカトルの悩みが解決したことにそこまでキレる必要は――」
「そうじゃないわよ!!」
カリアがぴしゃりとぼくの発言を遮った。
「魔法使いが悩まなくなって、魔法使い探偵の仕事がなくなったら、しんたろが『日本に帰りたい』って言い出すじゃない!!」
その言葉に、みんなが動きを止めた。
一番衝撃を受けたのはぼくだった。
この世界にきて首にはめられた使い魔の首輪をそっとなでた。すっかり身体の一部と化していて、こいつのことをすっかり忘れがちだった。
この首輪があるうちは、ぼくはカザリンガの住人だ。
こいつを外すことができるのは、召喚師の魔法を介して、主人の契約を交わしたカリアだけ。
この首輪は、使い魔と主人である、ぼくとカリアの繋がり。
カリアさえその気なら、ずっとぼくをこの世界にいさせることができる証だ。
でも、カリアは、無理矢理ぼくをこの世界にいさせたいわけじゃなかったのか。
「帰りたいなんて言わないよ」
ぼくは、ソファを立ち上がってカリアに言った。
するとカリアは「きっ!」とめちゃくちゃおっかない目で睨んだ。
「うそつき! カリナと記憶を共有して、ちゃんと知ってるんだからね! 日本でひきこもってたあんたは、アカリに会いに行こうとしたところを、私が召喚しちゃったんでしょう!? それなのに、帰りたいと思ってないなんて信用すると思う!?」
今さらになって、ちゃんと自分の口から自分の過去を説明すべきだったと後悔した。ちゃんと話していれば、カリアにこんな思いをさせずに済んだのに。
ぼくはカリアの目を真っ直ぐに見て言った。
「帰りたいなんて言わないよ」
ぼくは、カリアの座るベッドまで歩いていって、隣に座って言った。
「カリアの依頼を達成せずに、帰らない。約束しただろ?」
「…………あっ!!」
ようやく思い出したようだ。
ミリヤの依頼を受けたとき、「しんたろに助けてもらった依頼者みたいに、カリアだってなりたいんだから!!」と泣いて訴えたときのことを。
「で、でも! あの約束をしたとき、あんたに大事な人がいるなんて知らなかったんだもん!! それを知ってたら、あんな約束――」
「ぼくは一度受けた依頼を途中で放棄したりしない」
「なにかっこつけてんのよ! 私のことより、自分のことをやりなさいよ!」
「おまえが言うな! ぼくのことより、自分のことをやれよ!」
「あんたのことが気になって自分のことが手に着かないのよ!!」
「ぼくだってそうだよ!! ……あっ」
瞬間、ぼくの顔が真っ赤になる。
恥ずかしくなって後ろを振り向くと、ミリヤ、カトル、ココ、カリナも顔を真っ赤にさせて目を丸くしていた。
もう一度前をむき直すと、カリアも顔が真っ赤だった。
「いや、あの、今言ったのは告白とか、そういうんじゃなくて……」
カリアがごにょごにょと聞き取りづらい声で言う。
「ねぇ、しんたろ。日本に帰ってみたら?」
「え!?」
驚いたぼくに、カリアが言った。
「私、今ならこの部屋から出られる気がする」
と、カリアが唐突にぼくの首に巻かれた首輪に手を伸ばした。
その手をぼくは止めた。
「カリア、それは……!」
「行ってあげなよ、アカリのところへ」
そう言って、カリアが首輪についた鍵穴に指を添えると、首輪が外れた。
その瞬間、ぼくの目の前からカリアの姿が消えた。