忘れたい過去 2
この日、ぼくは生徒会書記をクビになった。
学年総会で配布した、ぼくの作った資料に致命的なミスが発覚し、うちの学校が笑いものになったせいだ。
ぼくは生徒会長と、生徒会メンバー全員から殴られた。締め切った生徒会室で羽交い締めにされ、全員から順番に頬を叩かれ、「二度とここに現れるな」と告げられた。
それだけならまだぼくは立ち直れたと思う。
でも不運には不運が重なる。
頬を腫らせて学校を去ろうとしていたそのとき、ぼくは職員室に呼び出され、一台のパソコンに表示された、あるネットの総合掲示板の画面を指差す教師たちにこう言われた。
「テストで不正行為をやったな?」
その総合掲示板では、ご丁寧にも「小野真太朗」と、ぼくの本名を使った誰かがテストの問題を解いてもらっていた。
まさか、たったこれだけの証拠でぼくをカンニング扱いするなんてあり得ないはずだった。
だが最悪なことに、その問題を解いたのは、学年でぼく一人だけだった。
たったこれだけではカンニングの証拠にはならない。が、校内ではぼくがカンニングをしたという噂が広まっていて、学校側も処分をしないわけにはいかなくなっていた。
ぼくは生け贄になった。
学年一位を取り下げられ、無期限の停学処分を受けた。
自分に何が起こったのかわからなかった。自宅に帰ったら両親は泣いていて、話し合いもなにもあったもんじゃなかった。
そうしてぼくは自室から一歩も外に出なくなった。カーテンから差す光を見ただけで吐くようになり、見ただけで目の前が真っ赤になる怒りが湧く高校の制服は、カッターナイフで切り裂いてしまった。
ぼくの人生は終わったと思っていた。
でも本当の終わりはもう少し先だった。
停学したその日から、毎日明里からメールが届いた。
『しんくん、明里はしんくんが不正行為したなんて思ってないからね!! 明里、毎日、先生に「しんくんは不正行為なんてしてません!!」って言ってるよ!』
『今日もしんくんの家に行ったけど、しんくんのお母さんは会わせてくれなかった。お母さんも辛いんだよね。明里は気にしないから、それでも毎日会いに行くよ!!』
『いつもしんくんと登校するときの道にいたネコが子供産んだよ。写メ撮ったから送るね。にゃーん』
『校庭の紅葉の葉が赤くなったよ。すごくきれい』
『今日、雪が降ったね。しんくんも見てるかな』
『サクラの花が咲いたけど、ちっともうれしくない。明里、進級なんてしたくない。本当だよ。しんくんが「学校辞める」って言ったら、明里も辞めるって親に言う。本当だから』
ひきこもって半年経っても届く明里のメールは、もはや苦痛でしかなくなっていた。
ぼくはすでに学校から退学の審判をくだされていたのだけど、ぼくの両親が猛烈に抗議して、教育委員会とマスコミを巻き込み、半年も膠着状態が続いていたのだ。
こうして半年近くも、自分の部屋の外に広がる汚物まみれの世界に背を向け続けたある日。
最後の使者が、ぼくの部屋の扉をノックした。
「しんくん!」
自分で取り付けた、五つものスライド式の鍵をかけた扉の向こうから、明里の声が聞こえたときはこの世の終わりだと思った。
「しんくん、聞いて! やっと学校がしんくんの不正行為が誤認だって認めたよ! 先生たちもちゃんと謝りにくるし、進級もさせてくれるって!」
そんなことはもうどうでもよかった。
だって、ぼくは、もう明里を守れる優等生じゃないのだ。
真実が発覚したところで、ぼくが半年近くも引きこもりをしていたことが周りの人間の記憶から消えることはない。こんなダメ人間が、好きな女を守るだなんて滑稽だ。
ぼくは明里が好きだった。ずっと守っていこうと思っていた。
でも、それはもう無理だった。
「しんくん! お願い、開けて! もういいんだよ! これからは、明里がしんくんのこと守るから!」
激しくドアを叩く明里の声を聞きながら、ぼくは取り出した携帯に、明里に宛てたメールを打ち込んだ。
『ぼくが明里を好きだったのは、明里が自分よりも勉強も運動もできなくて、いつもぼくを頼っていたからだ。
わかるか? ぼくは明里を守る振りをして、本当は明里のことをずっとバカにしていた。
もう話しかけないでくれ。
さようなら』
打ち込んだ文面を読み直すこともなく、送信ボタンを押す。
すると、すぐに扉の向こうで明里の携帯がメール受信の音をたてた。
「しんくん……」
メールを読んだ明里は、そう言って立ち去っていった。
それからしばらくして、ぼくの携帯が鳴った。
明里の両親からだった。
『明里が部屋から一歩も出てこなくなったの!!』
ぼくの家から帰った直後、明里は部屋に鍵をかけたまま出てこなくなったそうだ。食事も、トイレも、風呂にも入った素振りもなく、生きているのかどうかもわからないという。
ついには、明里の両親は、工具を使ったり消防署を呼んで部屋の扉を破壊しようとしたそうだけど、何をしても扉を壊すことはできなかったそうだ。
『いったい何がどうなってるかわからないのよ! 真太朗くん、お願い! 明里を助けて!』
その電話を切ったあと、ぼくは被っていた毛布をはねのけて、部屋を飛びだそうとした。
その瞬間、ぼくは部屋全体を照らす強烈な光に包み込まれ、目をつぶった。
目を見開くと、ぼくは魔方陣の真ん中にいた。
何が起こったか分からず呆然としていたぼくの目の前には、法衣を着た召喚師と、鎖かたびらのビキニを着たバスコ。
そして、パジャマ姿の明里そっくりの顔をした、魔法が使えなくなった魔法使い貴族のカリアがいて、ぼくにこう言った。
「あんたが、カリアの下僕になる使い魔?」