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女傭兵バスコ

「おはよう、タロー。今日も目覚めは最悪か?」


 下の階に降りるなり、カウンター向こうにいる、褐色の肌に、鎖かたびらのブラとビキニを身につけた巨乳のお姉様から挨拶された。


「おはよう、バスコ。今日も最悪だよ」


 この挨拶は、一日の始まりが最悪ならその日は運気が上がっていくっていう、傭兵流の挨拶だった。

 バスコ・ガウンゼンは、数々の戦場をくぐり抜けてきた、元傭兵のお姉さんだ。

 大きな胸に、くびれた腰、突き出たお尻をした、ダイナマイトボディのあちこちに刃傷や矢傷。その傷痕よりも多くのタトゥーが肌を埋め尽くしている。

 くびれた腰に巻かれたエプロンの腰紐には何本のものナイフと剣が差さっていて、料理に使うほか、バスコの居酒屋「ブロンコ・ロッソ(カザリンガ語で『野良犬の集会』という意味)」でバスコの尻を撫でた酔っぱらいの腕を切り落とすのに使う。今のところ、バスコのきゅっと締まったお尻にタッチした猛者はいない。


「お嬢は今朝も二度寝か?」


 バスコが、カウンター向こうのキッチン台に横たわった二メートルはあるリザードマンに剣を叩き落としながら苦笑した。こいつは夜明け前にバスコがカザリンガ郊外の森で狩猟してきたもので、夜にはステーキとして客に食われる。白目をむいたリザードマンは悪夢のようにグロいけど、味もまた夢に見そうなほどうまい。


「今朝から毒舌マックスだったよ。ボロカスに言われたあげく、紅茶をパシられた」


「むぅ、相変わらずタローの言い回しは軽快で楽しいな」


 むっつり顔がデフォルトのバスコが、くつくつと表情を崩して笑う。

 バスコは義理と人情にあつい元傭兵で、口調も硬派なせいか、日本のマンガとアニメとラノベで鍛えたぼくの軽薄な言い回しを面白がる。

 バスコが愉快そうに含み笑いしながら言った。


「タローのおかげで、お嬢もだいぶいい娘になった」


「どこが!? さんざんコキおろしてくれやがりますけど!?」


 バスコは首を振る。


「旦那様と奥様を亡くした直後に比べたら遥かによくなった。あのときは、部屋から一歩も出ず、一言も口をきいてくれなかったからな」


「あー……」


 この話をされると、ぼくは相づちを打つ以外できなくなる。

 三年前、カリアの両親が亡くなり、親戚に財産をすべて奪われたカリアは、差し押さえられた屋敷の部屋から一歩も出ようとしなかったところを、かつて戦争でカリアの両親に世話になったバスコが引き取り、傭兵を引退して開いた居酒屋の二階に住まわせたのだ。

 このとき、魔法が使えなかった直後のカリアは、相当暗かったようだ。

 居酒屋に移住してから二年半もの間、カリアは一言もバスコに口をきかなかった。「はい」、「いいえ」どころか、くしゃみの声すら、バスコは聞かなかったという。

 食事はすべて扉の前に置き、街の公衆浴場なんか絶対に行かないから三日に一度たらいに這ったお湯で入浴を済ませ、トイレだってバスコが完全に寝静まるまで決して行かないという、なかなか気合いの入った引きこもりっぷりだったそうだ。バスコは膀胱炎にならないか、いつも心配だったらしい。

 二年半もの間、ただの一度も声も顔も拝むことができず、さすがにじっとしていられなくなったバスコが、ある提案をした。


『召喚屋に、お嬢の助けになる使い魔を召喚してもらいましょう!』


 その提案に、カリアは二年半ぶりに扉を開いた。

 どういう心境でカリアが扉を開いたのかは知らない。

 でもきっと、カリアなりにこのままじゃいけないと、二年半もの間考え抜いた決断だったと思う。

 両親を失ったとたん、魔力も家もバスコ以外の信頼できる人間も失ったりしたら、社会がどれだけ恐ろしく感じるか……。

 カリアは、まず手始めにバスコ以外の信頼できるものを集めようと思ったのだろう。

 そのために使い魔を召喚しようと思ったにちがいない。

 まあ、その結果。

 バスコが居酒屋を担保に作った借金をつぎ込んで召喚したのが、高校を不登校し、ひきこもりをしていたぼくだったのだけど。


『人体実験をしている錬金術師に売りにいく!』


 半年もの間、ひきこもり生活を続けていた腐った目をしたぼくが魔方陣のど真ん中へ現れたとたん、バスコがぼくを荒縄で縛ったことは今でも忘れられない。


『待ってバスコ!』


 と、すまきにされて泣き叫ぶぼくを見たカリアの凛とした顔も忘れられない。


『この人間を使って、魔法使い専門の探偵をやりましょう!! カリアが命令して、こいつに下働きをさせるの。魔法のことを知り尽くしたカリアなら、魔法使いどもの依頼をこなすなんてチョロいわ!』


 このとき、どんな思惑があって「魔法使い探偵」なんて仕事を思いついたのかは、わからない。


「世間はそんなに甘くないぞ、お嬢」


「そうだ、現実を見ろ!」


 と、ぼくとバスコは延々と説教したにも関わらず、カリアは頑として魔法使い探偵舎を開くことを譲らなかった。

 ゼロどころか、マイナスからのスタート。

 だが結果的に、この魔法が使えない魔法使い探偵舎には、ギリギリ生活できるくらいの依頼が舞い込んでいる。

 おかげでバスコの借金は月々返済できているし、ぼくも錬金術師に売り飛ばされずに済んでる。

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