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鏡の世界 2

「しんたん、ご苦労様ー。しんたんなら、隠れていたカトルたんを見つけられると思って、お屋敷の暗闇に同化して尾けてたのよん?」


『サ、サキュバスじゃないか!? どうしてここにいるの!?』


 無数の鏡に映ったカトルが目に見えて怯え始めると、エネマラが「うふふん」と妖艶な笑みを見せた。


「話は、暗闇に同化して、ずーっとここで聞かせてもらったわよん? しんたん達が、鏡の中にひきずりこまれたときアタシも一緒に飛び込んだの、気付かなかったでしょうん?」


 エネマラが、肉厚な唇にぺろりと赤い舌を這わせて舌なめずりをすると、無数の鏡に映ったカトルのうちの一人に、きっ! と視線を合わせた。

 そのカトルは、チビで、青白い顔をした、とても気弱そうなカトルだった。天才魔法騎士のカトルとは、まるっきり正反対だ。


「この世界のカトルたん、はっけーん!」


「うわっ!」


 鏡の中に手を伸ばしたエネマラが、気弱そうなカトルの手首を掴んで引っ張り出した。

 にゅるりと鏡の中から引きずり出されたカトルは、エネマラの豊満な胸の中に押し込められる形で、強引に抱きすくめられた。


「は、離して!」


「うふふん。離さない。こんなにおいしそうな魔法オーラ、ひさしぶりなんだもの」


 カトルの頬に両手を添えたエネマラが、カトルの鼻に「ふぅー」と虹色をした息を吹きかけた。


「おとなしく眠っててねん?」


 かくん、と、カトルが目を開けたまま、糸の切れた操り人形のようにエネマラに抱きすくめられた。


「やめろ! カトルを離せ!」


 ぼくはエネマラに飛びかかって、カトルを引きはがそうとエネマラの肩を掴んだ。

 が、ぼくの手は、泥の中へ手を突っ込むように、エネマラの肌の中へと沈んだ。その間も、カトルを抱きすくめるエネマラの立ち姿勢は微動だにしない。


「野暮ったいわねぇん。精気を吸うときのアタシの身体には、アタシが許した人間以外誰も触れないのよぉん? 剣で刺そうが炎で焼こうが、アタシには効かないわよぉん?」


 「そんな!」と、後ろでミリヤの声がした。


「やめろサキュバス! カトルの魔法オーラを吸い込んだりしたら、もう魔法が使えなくなってしまう! そうなったら魔法使い貴族は爵位を剥奪されてしまう!」


「そんなのアタシには関係ないわぁん? アタシを誰だと思ってるのぉん? 悪魔よ、ア・ク・マ」


 エネマラがストローを吸うときのようにすぼめて、カトルの口から七色の光の粒を吸い込みだした。

 カトルの魔法オーラだ。


「やめろエネマラ!」


 ぼくは歯が立たないとわかっていても、カトルに唇を寄せるエネマラの顔を掴もうとした。

 しかし、エネマラの頬や頭に、ずぶずぶと手が沈むばかりで、まったく動じる様子がない。


「……ちょっと、うざいんだけど」


 精気を吸うのを中断したエネマラが、座った目をぼくに向けた。

 ずっと人を舐めきってヘラヘラ笑っていたエネマラがキレた顔を見たのは、初めてだった。

 「ちっ」と舌打ちをしたエネマラが、抱きすくめていたカトルを離した。

 どうっと倒れたカトルを、ハイヒールを履いた足でまたいで、ぼくに向き直る。


「めんどいわ。あんたの精気も、今ここで吸ってやる」


 エネマラが、今まで見たこともない邪悪な顔でほくそ笑んだ。


「からかうのが楽しくて放っておいてあげたけど、ずっとあんたの精気狙ってたのよね」


 エネマラはぼくの首に両手を回し、近づけた唇から「ひゅうっ」と息を吸った。


「うっ……」


 全身から力が抜けていくのがわかった。くたくたに疲れたとき熱いお風呂につかるときみたいに、全身がポカポカと温まってくる。


「ふふ、しんたんって、けっこういい身体してるわねぇん……」


 エネマラはぼくに身体をくっつけて、抱きついていた。

 エネマラの身体は布団みたいに柔らかくて暖かい。立ったままだというのに、ベッドへ横になっているみたいだ。

 耐え難い眠気に襲われて、ぼくのまぶたが重くなる。

 このままエネマラに精気を吸われ続けたら、日本でひきこもっていたときの状態になるのがわかった。

 何もやる気が起きず、起きてても眠っているような気分。

 肺の中の空気をゆっくり吐きながら海の底へと沈んでいくようなのに、不思議と気持ちが良くて、このまま死んでしまうのも悪くないと思う。

 ぼくは全身の力が抜けて、背中に回されたエネマラの腕に垂れ下がった。


「しんくん――」


 そのとき、閉じかけたまぶたの裏側に、懐かしい女の子の姿が見えた。

 この異世界へくる前に、ぼくが傷つけ、ひきこもりにしてしまった幼なじみ。


「しんくーん!」


 その光景はぼくと明里が通っていた学校の廊下だった。

 教室を出てしばらく歩いたところで、振り向いたぼくに、制服姿の明里がぱたぱたと駆け寄ってくる。

 どうしていま、こんな記憶が映し出されるんだ?

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