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鏡の世界 1

 小学校のころ、遠足で遊園地に行ったとき、「ミラーハウス」というアトラクションに入ったことがある。

 迷路状の通路の壁が鏡になっていて、合わせ鏡になった通路に無数の自分の姿が映りこんでいるアレだ。

 迷路としてはぜんぜん難易度は低いのだけど、鏡に映った無数の自分の姿に目が眩んで、鏡の一枚一枚にべたべたと手をつけなくては脱出できなかった。

 そのとき一緒に入った同じ班のひとりなんかは、途中で気持ちが悪くなって、ぼくにおんぶされたままゴールした。

 ぼくとミリヤが引きずり込まれたのは、まさにそんな気持ちが悪くなりそうなほどの、無数のぼくらが映った鏡の世界だった。


「な、なんだここは……!?」


 ミリヤが震えながらぼくの胸に抱きついてきた。

 天井も床も、精巧にカットされたダイアモンドのような形をした鏡になっていて、天地の区別もつかない。まるでダイアモンドの内側に封じ込められたみたいだ。

 何百、何千枚にも見える鏡の一枚一枚に、ぼくとミリヤが映っている。


「誰かと思ったら、おにいちゃんじゃない」


 そこへ、昼間に聞いた懐かしい声が響いた。


「だ、誰!?」


 驚いたミリヤがぼくの胸から離れる。


「カトルか!?」


 慌ててあたりを見渡してみたけど、カトルの姿はどこにも見えない。

 見えたのは、無数の鏡に映った、バカみたいにあたりをきょろきょろ見渡す、ぼくとミリヤの姿だけだった。


「こんなところで何してるの?」


「それはこっちのセリフだ! 何なんだここは!?」


「ここはぼくの魔法の中だよ」


「カトルの魔法?」


「『鏡の魔法』だよ」


「何なんだその魔法は!?」


「その前に答えてよ。そこにいる女の人は誰? どうしてぼくの部屋へ勝手に入ったの? というか、こんな時間にどうしてぼくの屋敷にいるの?」


 その口ぶりから、カトルは外で何が起こったのか知らないようだとわかった。

 カトルはこんな魔法を使って、いったい何をやっていたんだ?

 さすがに、もうすべての事情を話さないわけにはいかないと思った。


「ぼくは魔法使い専門の依頼を受ける探偵だ」


「探偵?」


「ある人からの依頼で、カトルに会いにきた」


「……それじゃあ、魔法騎士に憧れてるっていうのは、ウソだったの?」


「悪かった。言い出すタイミングが掴めなかったんだ」


「……別に、いいよ。なんとなく、隠し事してるってわかってたし。それで? その女の人は誰?」


「ぼくの依頼人だ」


「その人が、おにいちゃんに依頼したの? いったいどんな依頼? ぼくに何の用なの?」


 なんとなく、隣にいるミリヤをちらりと見ると、伸びっぱなしの髪をくしゃくしゃと揉んで、前髪をカーテンのように降ろして顔を隠していた。

 カトルに、自分の顔を見られたくないようだった。


「今度はこっちの質問に答えてくれ。カトルの使う『鏡の魔法』って何なんだ?」


 カトルが、しばらく間を置いて答えた。


「ぼくの魔法は、どんな自分にもなれる魔法だよ」


 さも自分にだけわかる言い方で、カトルがずばり言い切った。

 が、ぜんぜん意味が分からない。


「どういう意味なんだ? ここにある無数の鏡は、いったい何を映すんだ?」


「しょうがないなぁ。じゃあ、見せてあげる」


 無数の鏡に、一瞬、きらりと光が反射して鏡全体を白く塗りつぶす。

 すると、さっきまでぼくとミリヤが映っていた無数の鏡すべてに、カトルの姿が映っていた。


『!?』


 ぎょっとして、隣り合うぼくとミリヤの肩が触れた。

 無数の鏡に映ったカトルは、ひとりひとり違ったカトルだった。

 太ったカトル、痩せたカトル、礼装のカトル、ボロをまとった乞食姿のカトル、赤ん坊の肌着を着て四つん這いになったカトル、曲がった腰を支える杖をついた老人のカトル……なかには、長い髪にリボンをつけてドレス姿をした女の子のカトルまでいた。


「こ、これは……平行世界か!?」


『その通り』


 驚いたミリヤの発言に応えるように、無数の鏡に映ったカトルが、一斉にうなずいた。


『ぼくの魔法は、別の世界にいる自分と入れ替わることができるんだ』


 ようやくぼくにも理解できた。

 パラレルワールド。

 カトルの『鏡の魔法』とは、「あのとき、もしも○○してたら」という、今と違った運命の選択をした自分自身と入れ替わることができる魔法なんだ。

 ファンタジー世界だと思ってたら、とんだSF設定だ。


「この魔法を使って、違う世界の自分と入れ替わっていたっていうのか?」


「そうだよ」


「こっちの世界でカトルを知っている人間が、ぜんぜん別人のカトルに会ったら、おかしいと思うんじゃないか?」


「思うんじゃないかな? でも、みんなぼくの魔法の正体は知らないから」


 手品のたね明かしをするように、カトルが説明する。


「まさか別世界のぼくと入れ替わってるなんて、誰も気付いてない。兄様や、父様、母様でさえ、ぼくの魔法の正体を知らないよ。急に太ったり痩せたり、剣技が上達したぼくを見て、ぼくを『変身の魔法』だと思い込んでいるんだよ」


 「変身の魔法」と聞いて、ミリヤの肩が、ぴくりと動いた。

 自分と同じ魔法だと思ったのかもしれないが、それは違う。別世界で生きていた、別人格のカトル同士で入れ替わるのだから、「変身」というより「成り代わり」だ。


「それじゃあ、昼間に兄貴たちをぶっ飛ばしたのはどの世界のカトルなんだ?」


「ぼくだよ」


 無数の鏡のひとつから、昼間に出会った美形の魔法騎士のカトルが、にゅっと出てきた。


「ぼくは九歳のころ騎士修行の旅に出て、十二歳で騎士の称号をもらったカトルだよ」


 なんだかターミネーターにでも会ったような気になった。

 天才魔法騎士のカトルも、確かに正真正銘のカトルなんだろうが、別世界からやってきたということは、ぼくが過ごしてきたカザリンガとは違うカザリンガからやってきたということだ。

 その世界とでは、どの程度の違いがあるのかわからないが、空や海で繋がった外国なんかとはわけが違うほどの異世界だ。

 同じように異世界からやってきて、とまどっていたぼくに比べて、カトルの落ち着きぶりというか、開き直りぶりは、ぼくの理解を超えている。


「本物のカトルはどこだ?」


「何言ってんの? ぼくだって本物だよ?」


「ぼくが聞いてるのは、この世界にもともといたカトルのことだ!!」


「そんなこと聞いてどうするの?」


 まるで他人事のように肩をすくめた天才魔法騎士のカトルに、かっと腹が立った。


「ぼくらはみんな自分のいた世界が大嫌いだったから、それぞれが幸せになれる世界へと入れ替わりし合ったんだ。ようやくみんな本当の自分でいられる世界を見つけられたんだ。今さら元いた世界に戻る気なんて、ないよ?」


 と、カトルがシャツの襟元から、細い鎖の先に繋がった姿見のクリスタルを取り出し、目に当てて覗きこんだ。


「ぼくもこの世界で恋人を見つけた。ミリヤちゃんっていう子」


 クリスタルを覗きながら、心から幸せそうにカトルが笑う。

 反射的に、ミリヤのほうを振り向いた。


「……」


 ミリヤは、さっきと同じ前髪で顔を隠してうつむいた姿のままだった。でもカトルの話はすべて聞いているはずだ。

 ミリヤになんて声をかけてあげたらいいんだ?

 好きになったやつが、この世界がイヤになって、別の世界の自分と入れ替わったやつだったなんて。

 激しくカトルを批判したい気持ちにかられながら、ぼくもミリヤも、カトルを否定する資格なんてないと気付いた。

 ミリヤは変身の魔法を使って他人に成り代わっていた。

 ぼくは異世界からこの世界へひきこもりにやってきた。

 ぼくらはみな、自分たちの世界がイヤになって、逃げている者同士だ。

 でもなんだろう? このモヤモヤする気持ちは?

 胸の奥で、何かが、ぶすぶすと煙をあげてくすぶっている。

 そう感じていたのは、どうやらぼくだけじゃないようだった。


「カトル様」


 ずっとうつむいていたミリヤが顔をあげると、カトルがきょとんとした顔で言った。


「そういえば、きみはおにいちゃんの依頼人さんなんだよね? きみは誰? どうしてぼくに会いにきたの?」


「私は、ミリヤロッテ・トラウメテオ」


「…………え?」


 その一言で、カトルの表情が固まった。


「な、なに言ってるの? だって、顔が違うじゃな――」


 カトルが言い切る前に、ミリヤは自分の顔に手をかざし、七色のオーラを全身から発した。

 かっ! と一瞬ストロボのような光を放った次の瞬間、そこには美少女に変身したミリヤがいた。


「魔法を使って、この姿に変身していたの」


 カトルが、胸に矢が刺さったかのように、絶句した。


「あなたを好きになった理由がわかった」


 ミリヤは、震える唇をくっと噛みしめ、目から涙の粒を一滴こぼして言った。


「あなたは私と同じように、自分が嫌いだったのね。本当の自分を心の奥底に閉じ込めて、逃げていたの」


 ミリヤは再び手をかざし、七色のオーラを全身から放った。

 真実の姿にもどったミリヤが、涙を流しながら言った。


「でも、もう嫌い続けたりしたくない!! 私は、可愛くなくて、暗くて、オシャレも苦手で、他人とお話しすることもできない自分を、愛したいの!! 気付いてたけどずっと無視していたの! 心の奥底に閉じ込めていた私が、ずっと存在を否定されて、傷ついて泣いていたことに気付いていたけど、知らない振りをしていたの! そんなの、可愛そうだよ……!」


「よく言った、ミリヤ」


 ぼくは、ひっくひっくとしゃくりあげながら、それでもカトルから目を話さず言い切ったミリヤの背中を、さすってあげた。


「オーノー、私、ちゃんと言えてた?」


「ばっちりだ。ぼくにはとてもできそうにないことを、ミリヤはやってのけたよ。ひきこもっていたあの部屋で、ずっと抱えていたモヤモヤをついに告白できたね。えらいよ」


「…………うん」


 それっきり、ミリヤは黙りこくったミリヤに代わって、ぼくは言った。


「ミリヤと同じ世界のカトル、聞いてるか?」


 ぼくらを囲む、無数の鏡に映ったカトル全員に聞こえるよう言った。


「ミリヤは、すべてを晒したぞ? このままずっとひきこもり続ける気か? そんなことできないって、もうとっくの昔に気付いてるはずだ。もう、ひきこもらなくてもいいんだ。おまえと同じ気持ちの人がここにいるんだから。だから、出てこいよ」


『ぼ、ぼくは……」


 無数の鏡に映ったカトルが、一斉に顔をうつむかせたそのときだった。


「やっと見つけたわよぉ、カトルたーん?」


 最悪のタイミングで、最悪のお邪魔虫が、ぼくの背後の鏡からすり抜けてきた。


「エ、エネマラ!?」

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