謎の鏡
ぼくらは屋敷の一階から二階まで、片っ端からカトルの捜索を開始することにした。
一階には、食堂、キッチン、応接室、書斎、武器庫、トイレ、風呂場。
二階には、たくさんの客間と、カトルの二人の兄や、両親のらしい寝室があったが、誰の寝室かまでは区別がつかなかった。
エネマラの魔力で作られた暗闇のなか、発光するカリナの光で室内を調べるのは一苦労だった。なんとか時間をかけて、家具の影から中まで調べたが、カトルの姿はなかった。
「カトル~、出ておいで~。ちちちち」
「やめろ、バカモノ!」
「ノラネコを誘うみたいッス、しンたろ様」
「バカっぽいですぅ、しんたろ様」
どこかに隠れてぼくらを見ているんじゃないかと思って呼びかけたら、総スカンを食らった。
「そんな言い方することないだろ!」
「マジメにやれ!」
「頼むッスよぉ、しンたろ様」
「やれやれですぅ」
ぼくらは完全に行き詰まりつつあった。
ほんの数歩先しか見えない暗闇の中を、じりじりと音を立てるようなスピードでしか移動し、どれだけの広さなのかもわからない屋敷内を探すのはしんどすぎる。アドベンチャーゲームなら、とっくに攻略サイトを覗きにいってる難易度だ。
いったいどれだけの時間が経ったのか、どれだけ歩いたのかわからない。
疲労だけが確実に溜まって、そこまで広くないはずの屋敷の中だっていうのに、歩くのもヘトヘトになってきた。
そんな中、屋敷の奥の方にある小さな部屋へ、ふらっと入った。
発光するカリナで照らした部屋の隅にある机の上に、散らばった手紙の束と、姿見のクリスタルを見つけたミリヤが、机に飛びついた。
「これ、私の書いた手紙と、変身した私の姿が封じ込められた姿見のクリスタルだ!」
「本当か!?」
「間違いない。……こんな恥ずかしい内容の手紙は他にない」
「てことは、ここはカトルの部屋か……。ミリヤ、どさくさにまぎれて手紙を回収しようとするな」
「は、恥ずかしいのだ! 自分の書いた手紙をもう一度読むとなぜこんなに恥ずかしいのだ……」
気恥ずかしそうに自分の送ったブツを改めるミリヤの後ろで、ぼくはカトルの部屋の中を一通り調べてみた。
手紙とクリスタルが置かれた机のほかに、小さなタンス、クローゼット、ベッドがあるほか、変わった物はなかった。
それらを念入りに調べてみたものの、カトルの姿は見当たらない。
「手がかりはなし、か……」
と、思ったそのとき。
背後にあるタンスの影から、誰かがこっちを見ている気配を感じた。
「誰だ!?」
「きゃぁ!?」
「な何だ!?」
「ひぃっ!?」
視線を感じたほうへ振り向くと、全員が一斉に驚いた。
そこにあったのは、タンスの影に立てかけてあった一枚の鏡だった。全身が映る大きさで、鏡の縁には枠もなく、ぴかぴかに磨かれた鏡は水面のように一点の曇りもない。
硬直した顔でぼくの身体にしがみついているミリヤとココと、発光するカリナを掲げて険しい顔をするマヌケなぼくが映っているだけだった。
「ただの鏡ではないか! 急に叫ぶな、この臆病者!」
「ご、ごめん」
怒鳴るミリヤに謝りながら、離れたところから鏡を覗きこんでみる。
「……さっき、部屋の中を調べたとき、こんな鏡あったか?」
「私はずっと手紙を読んでいたからわからん。暗かったから見落としていただけだろう?」
「いや。こんな目立つ物を見落とすはずがない。変だ」
「何を怯えている? こんなのただの鏡だろう?」
肩をすくめたミリヤが鏡の前へすたすたと近付き、鏡を調べようと手を伸ばしたそのときだった。
ミリヤの全身を映した鏡が、自分から近付いてきた。
「きゃああっ!?」
一瞬の出来事だった。
鏡の表面とミリヤが重なったかと思ったら、ミリヤの全身は水に沈むように鏡の中へ吸い込まれた。
「ミ、ミリヤ!」
「お、お嬢様!?」
「な、なんですかぁ!?」
ぼくらが悲鳴を上げたとき、鏡に吸い込まれつつあるミリヤが、助けを求めようと手を伸ばしていた。
発光するカリナを持っていない手で、ぼくはミリヤの手を掴んだ。
「うわあああ!!」
すると、すごい力でぼくも引きずり込まれた。
驚いて、片手に持ったカリナを床に落としてしまう。
「お嬢様――!!」
「しんたろ様――!!」
すがりつこうとするココとカリナの声から引き剥がされ、ぼくとミリヤは、「とぷん」と油で満たされたプールが立てるような音の向こうへ沈んでいった。