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走るひきこもり魔法使いたち

「急げ、ココ!」


「は、はい! お嬢様!」


 二頭だての馬車の御者台に乗って手綱とムチを操るココに、後ろの客車の窓から身を乗り出したミリヤがはっぱをかけた。

 ぼくと胸ポケットの中のカリナは、トラウメテオ家の紋章が入った馬車に乗って、カザリンガの街中を爆走していた。

 獣と心が通うというディンガ人のココは、メイドでありながら馬車の運転がめちゃくちゃうまい。街灯もまばらで暗い夜道にも関わらず、「道を空けてくださいッス!」と通りをうろつく人々を蹴散らしてスピードをあげていった。


「急げ! なんとしてもあのサキュバスの魔の手からカトル様をお守りしなくちゃいけないのだぁぁぁ!!」


 客車の横についた窓枠に腰かけて箱乗りするミリヤが、猛スピードで吹っ飛んでいく通りに叫ぶ。

 「あぶねっ!」、「何事だ!?」と飛び退る町人が唖然とし、ノロノロ運転するどこかの魔法使い貴族の馬車を追い抜いたときには、優雅に仰いでいた扇子を取り落としたドレス姿の貴婦人が「まあっ!?」と顎を落としていたのが窓から見えた。

 今までこの世界で暴走族を見たことはないからわからないけど、でもミリヤは間違いなく今カザリンガで一番暴走している魔法使い貴族だった。

 地位を名声に加えて、他人の評判を何よりも重んじる魔法使い貴族からしてみたら、今のミリヤはクレイジーだ。

 この所業は間違いなく、ゴシップ好きの魔法使い貴族の間で格好のネタになるだろう。パーティーの席で噂が飛び交い、トラウメテオ家はもの笑いに晒される。王宮に仕えるミリヤのパパとママも大恥をかいて、間違いなく、ミリヤは人生最大の罰を受けるハメになるだろう。尻叩きや外出禁止じゃ済まないレベルの。

 それもこれも、エネマラより先にカトルに会いにいくためだ。

 カトルに謝るために、ミリヤは全部捨てる気だ。


「わ、わはははは……!」


 ガタガタと激しく揺れる客車の壁にしがみつきながら、意味もなく笑いがこみ上げてきた。


「し、しんたろ様!? 何がそんなに楽しいですかぁ!?」


 ポケットの中のカリナが、不安そうに言った。

 ぼくはカリナに答える代わりに、ミリヤの背後から窓へ身を乗り出し、一緒に箱乗りしながら叫んだ。


「ミリヤ! 他人に今の姿を見られても平気なのか!?」


 ひきこもってる間伸ばし放題だったボサボサの髪を爆走する馬車の風になびかせながら、ミリヤは振り向きもせず言った。


「それがどうした!? くだらんことを聞くな!」


「カトルと会ったら何て言うんだ!?」


「『ごめんなさい!』って言う!」


「ストレートだな! それで許してもらえなかったらどうするんだ!?」


 ミリヤがこっちを振り向いた。


「許されるかどうかは問題ではない! カトルに好かれるかどうかも問題ではない! 私はカトルに言いたいのだ! これが私だと! それが言えたら私はカトルを好きになった意味になる! それだけだ!」


 ライオンみたいに髪をなびかせながら、ミリヤは言い切った。

 胸が熱くて泣きそうだった。

 吹き飛んでいくカザリンガの街の灯りと風に身体をさらして、ぼくらは突き進む。

 もうこの時点で、ミリヤは自分の心に打ち勝っていると確信した。

 なあ、ミリヤ。ひきこもっててよかったじゃないか。

 ミリヤが今までひきこもっていたのは、たぶん、この瞬間のためだ。悩んで、苦しんで、自分の心に圧力を加えて、胸の中の熱を高めるためなんだ。


「ココ! もっと飛ばせ!」


「はいッス! 喋ると舌噛むッスよ!!」


 ココに威勢良くムチを叩かれていななく馬に合わせて、ぼくは「ゴーゴーゴー!!!」と叫んだ。

 馬車がこのまま空を飛びそうなほど加速する。

 だからカトルの屋敷にたどり着いたとき、急ブレーキをかけて停車することもできなかった。


「コ、ココ! ストップストップ――!!」


「お、おい! 止めろバカモノー!!」


「ととと飛ばしすぎたッス――!!」


「調子に乗りすぎですぅ――!!」


 ぼくたちはカトルの屋敷を囲む生け垣を突き破り、昼間に魔法騎士のボンボンたちが訓練していた広場へ、馬車ごと横転した。


「いてて……」


 横転した馬車から広場の地面へ投げ出されたぼくは身体を起こした。

 打ち付けた背中とすりむいた肘が痛かったが、頭は打たなかったようだ。


「あうぅ……。目が回りましたぁ……」


 胸ポケットの中のカリナも、ガラス瓶の中で目を回しているだけで無事なようだ。


「スピードの出し過ぎだココ……!!」


「す、すンませン、お嬢様……!!」


 横転した馬車のかたわらに、パジャマと髪を埃だらけにしたミリヤと、裏返ったメイド服のスカートからズロースを丸出しにしたココが、足をがに股にして地面にのびていた。こっちも無事みたいだ。

 よろよろと立ち上がり、カトルの屋敷を見上げたぼくはおかしなことに気付いた。

 これだけの騒ぎを起こしたにも関わらず、カトルの屋敷からは誰も出てこない。

 屋敷の真正面にある、大きな両開きの玄関前ではかがり火が焚かれ、三階建ての屋敷の窓からは灯りが漏れているのに、召使いや執事が一人も飛び出してこない。

 ぱちぱちと、玄関前のかがり火から火の爆ぜる音がするばかりで、人の気配がなかった。


「エネマラはもう屋敷の中にいるみたいだ」


 地面にのびていたミリヤとココに、手を貸して立たせる。

 身体中についた埃を叩いて払いながら、ミリヤが、不気味に静まった屋敷を見上げた。


「あの淫魔にそこまでの魔力があるのか?」


「以前、エネマラから『戦争中は夜の砦に忍び込んで、一〇〇人くらい相手にしたことがあったわ~ん』って聞いたことがある」


「そ、そんなことができるのか!?」


「一晩で一〇〇人って人間技じゃないッス!」


「なにしろサキュバスだからな。どんなエロい手を使ったのか想像もつかない」


 ぼくは埃で汚れた顔を手の甲で拭って気合いを入れると、ぴったりと閉ざされた、屋敷の両開きの玄関を睨んだ。

 ぼくは無言で扉の前に行くと、ノッカーには目もかけずにリング状の取っ手を引っ張った。

 ゴゴゴン、と怪物の口のように扉が開く。


「入ろう」


 「んくっ」と息を飲むミリヤとココを促し、ぼくたちはカトルのいる屋敷へ足を踏み入れた。

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