ひきこもってる場合じゃない! 1
「このボケナス――!!」
夕方。
事務所に帰って捜査の経過をカリアに話すなり、顔面に枕を投げつけられた。
もう何度もカリアにこの手の虐待を受けているとはいえ、カリアの投げる枕はだんだん威力が増してきてけっこう痛い。
ぼくを虐待するのが、ひきこもり生活の唯一の運動になってるんじゃないか?
「エネマラに目を付けられるなんて何やってたの!? あんたまたあのエロ悪魔につけこまれて油断したわね!?」
「そ、そんなことはない! そんなことはない!」
「なんで二回言うの!?」
「そんなことはどうでもいい!!」
「よくないわよ! このままじゃカトルがエネマラに寝取られちゃうじゃない!!」
最も恐れていたバッドエンドを指摘されて、ぼくは苦い思いをしながらソファに座った。
屋敷の中に入っていったカトルとエネマラは、いったいどうなったのか。
カトルを呼び出してもらおうと屋敷内の使用人に取り次ぎをお願いまでしたのだけど、「カトル様はいまお取り込み中だ」とあっけなく門前払いをくらってしまった。実際にシャツの首根っこを掴まれて、ポイッと通りに叩き出された。
「お取り込み中」って、いったい何をやってるんだ!?
相手があのエネマラなだけに、モザイクがかかった妄想ばかりが浮かんでしまう。
「今ごろ、エネマラは精気を吸い取ろうとカトル様と性交してるんじゃぁ……」
ソファ前のテーブルに置かれたガラス瓶の中から、カリナが言いにくいことをずばり言った。
しかも「性交」って……。普通に「セックス」と言うよりやらしい気がする……。
それを聞いたカリアが顔を真っ赤にして、またぼくの顔面に枕を投げつけた。カリアは探偵業で得た収入で、なぜか何個も枕を買う。
「いまカリナの言ったことでやらしい想像したわね!? このボケナス!!」
「お、おまえこそ想像しただろ!? そんな真っ赤な顔しやがって!」
「あ、赤くないわよ!」
「赤いよ!」
ぼくとカリアはお互いに、その手に取った枕でどつきあい、部屋中に枕の中身の羽毛を撒き散らした。
すると、事務所の扉をノックする音がした。
「しンたろ様?」
開いた扉から、ミリヤの屋敷で働く魔族の幼女メイド、ココが入ってきた。
うわ、最悪のタイミング。
「どうしたンだスか? こんなに羽毛をまき散らして?」
狭い事務所内に雪のように積もった羽毛を見てココが目を丸くする。
「べ、別に! それより、何か用?」
ココが事務所へ来た理由はひとつしかないけど、とりあえずバックれてみる。
「依頼が進展してるか聞きにきたッス」
「案の定か……」
「? なンのことだスか?」
「いや別に……。ココ、その依頼の進展具合なんだけど――」
「あー、待つッス待つッス。その前にちょっと荷物を運ばせてくださいッス」
と、ココがたった今入ってきた扉の向こうへ、「運んでくださいッス!」と声をかけた。
「えっほ、えっほ」というかけ声とともに、屈強な身体をした二人の男が、木製の大きな箱を運んできた。天板の蓋を持ち上げて中身を出し入れする、カザリンガではよく見かけるシンプルな家具だ。
ココが、こんな人間が入りそうな大きさの家具をわざわざ運んできたことに、ものすごく嫌な予感がする。
箱を持ち込んだ屈強な男二人が立ち去ると、ココが箱の中へささやきかけた。
「もう出てきて大丈夫だス、ミリヤお嬢様」
心臓が止まりそうになった。
「……汚い部屋」
わずかに開いた箱の蓋の隙間から、ミリヤが不機嫌そうな顔でさっそく毒づいた。
「ミリヤ!? どうしてここに!?」
「私が来るのがそんなに迷惑か? 依頼主に対してずいぶん無礼な態度だな」
「なんなんだよ、この登場の仕方は!? どういう演出!?」
「演出ではないわバカモノ! 私は変身の魔法を使えば屋敷内をうろつけるが、街へ出るときにはコレがないといけないのだ」
「ひきこもりだから、人に見られるのがいやなんだろ?」
「ひきこもりと言うな! 街ゆく人間が石化の魔法を使う悪の魔法使いかもしれんだろう? 私は用心深いのだ!」
どういう理由だ。
「ところで、あそこのベッドで毛布に丸くなってるのは何だ?」
蓋の隙間から覗いた指先が差すほうを見てみると、ベッドの上のカリアが毛布にくるまって、姿を隠していた。
「あー。気にすんな。ただのひきこもりだ。ミリヤと同じで、外の人間と会うのが苦手なだけだ」
「誰がひきこもりよっ!?」
「誰がひきこもりじゃあ!?」
ダブルひきこもりの声が重なる。
なんなんだこの状況。狭い探偵事務所に、箱に入ったひきこもり、毛布にくるまったひきこもり、魔族の幼女メイド、ガラス瓶に入ったホムンクルス、そしてぼく。
困ったことに、ぼくも含めて、まともな人間がひとりもいない……。
「トラウメテオ家の魔法使いが、何の用!?」
毛布にくるまったカリアが怒鳴ると、箱の中のミリヤがすかさず怒鳴り返した。
「ははーん。貴様が没落したエミリオクシズ家の、カリアロッテ嬢だな? 魔法が使えなくなったという噂は聞いていたが、まさかひきこもったまま魔法使い探偵をやっているとは知らなかった。ずいぶん落ちぶれたもんだ」
「ふん、そのひきこもりの魔法使い探偵に依頼したのはどこのどいつなのよ。あんただってカリアと同じひきこもりのくせに」
「私は貴様の家のように没落などしていない! 父様と母様は王宮の重要な公務についているのだ! 貴様のような無職と一緒にするな!」
「む、無職じゃないわよ! カリアは探偵事務所の主人として、しんたろを働かせてるんだから! あんたこそ親の財力でひきこもってるくせに」
「お、親の財力は私の財力だ! 父様と母様がいない間は、屋敷内で一番えらいのは私だぞ!? 財産を管理しているメイド長ですら私には逆らえないのだからな!!」
「ふん、おおかた、魔法でメイド長に変身して、無駄な浪費でもしてるんでしょ?」
「き、貴様なぜそれを!?」
「くそ、やっぱり変身の魔法って便利ね。カリアも縁結びの魔法が使えたら、今ごろボロ儲けしてるのに」
「ふふん、変身の魔法は便利だぞ? 男の使用人に変身してメイドをだな――」
「いい加減にしろ、おまえら」
クサレ魔法使いどもの暴露話に我慢できなくなって、ストップをかけてやった。やっぱりこの世界の魔法使いってダメなやつらばっかりだ。
「ところで、何しにきたんですかぁ?」
「そうッスよ、ミリヤお嬢様! ここへ来たのはそんなお話をしにきたンじゃないッス!」
カリナとココが話の軌道修正をしてくれる。
ガラス瓶の中でしか生きられないホムンクルスと、生まれながら奴隷の魔族の幼女メイド以下だぞ、おまえら。
「ミリヤ」
とにかく、ここからはぼくが進行を務めようと、咳払いをして言った。
「カトルの屋敷に行って、本人と会ってきたんだけど――」
と、言いかけたそのときだった。
「あー、股間がムズムズするわーん」
最低な下ネタセリフが、背後の窓から聞こえて振り返った。
「エネマラ!?」