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エネマラ、ふたたび、あらわる!

「ねえねえ! 見ててくれた、おにいちゃん!?」


 兄貴二人を瞬殺(死んではいないか)したカトルが、遠巻きに見ていたぼくの元へぴょんぴょん飛び跳ねながらやってきた。

 ぼくの背後では、一緒に戦いを見ていた魔法騎士のボンボン息子とドレス姿の女子たちが、「しーん」と静まりかえっている。

 カトルの戦いぶりに全員が引いていた。


「なにその顔? ぼくが勝ったのにどうして黙ってるの?」


 ぼくは地面に倒れた二人のカトルの兄を指差した。


「いったい、あの二人に何をしたんだ?」


「キシリ兄さんは、あばら骨を折って、ミルド兄さんは窒息させてやった」


「何の魔法を使ったんだ!? ぜんぜんわからなかったぞ!?」


「そんなのどうだっていいじゃない。それより、ぼくってすごいでしょう?」


 実の兄二人を、さらりと病院送りにするような目に遭わせるカトルに寒気が走った。

 カトルにはわからないところが多すぎた。

 こんなに大人びた外見をしているのに中身はどこか危なっかしい子供なところとか。

 二人の兄貴との仲が微妙なところとか。

 謎の魔法を使うところとか。

 ミリヤが変身の魔法を使ってウソをついているなんて知ったら、どんな反応をするのかわからず、怖くなった。


「……おにいちゃん、いま、何を考えたの?」


 黙り込んだぼくをじっと見つめたカトルに言われて、心臓が止まりそうになった。


「ねぇ、もしかして、ぼくに何か隠してる?」


 カトルの青い瞳が、じっとぼくを見ていた。なんだか目が合った人間を石に変える魔法みたいだ。


「か、隠してるって何のことだよ?」


「わかんないけど、そんな気がする。ぼく、わかるんだ」


 なんて勘のいいやつだ。

 怖くなって後ろに一歩下がると、カトルが両手を伸ばしてぼくの肩を挟み込んできた。


「おにいちゃん、何者なの?」


「い、いてて……!」


 すごい力で締め付けられて、とても脱け出せそうになかった。

 どうしよう? もう全てを白状するべきだろうか?

 いや、この場でミリヤに雇われたことまでバラしたら、確実に依頼は失敗だ。カトルはミリヤを絶対に許さず、縁を切るだろう。

 そうなったらミリヤは再起不能なほどにひきこもるパターン。そこまでどっぷりひきこもる条件が揃ったら、いくらひきこもりの魔法使いであるぼくでもどうすることもできない。

 考える限り、最悪のバッドエンド!!


「ちょ、ちょっと待ってくれカトル――」


 肩を万力で挟まれたみたいに、あえいでいたそのときだった。


「うちのしんたんに何するの!?」


 ぼくとカトルの間に、「むにょよえん」と柔らかい二つの物体が割って入り、ひきはがした。

 ばちーん! とカトルの頬に威勢のいいビンタの音が炸裂した。


「へ……?」


 頬に赤い手形をつけて、何が起こったかわからない顔をしたカトルの前に、背中まで伸びた長い金髪に、下町の女の子たちが着ていそうなスカート丈の長い素朴なエプロンドレスを着た女の人が立ちはだかっていた。


「エ、エネマラ……?」


 今朝見かけたときの、黒革のビキニも頭に生えていた羊の角は消えていたけど、それはサキュバスの能力でコスチュームチェンジできると知っていたから大して驚きはしない。


「な、何しにきたんだ、エネマラ!?」


「それはこっちのセリフよ! お姉ちゃんがあれほど魔法騎士様のお家に近付いちゃダメって言ったのに、どうして来たの!?」


「お、お姉ちゃん?」


 いつもの「~よん」と、ふざけた口調じゃなくなったエネマラが、大きな胸にぼくを抱きすくめながら、カトルに深々と頭を下げた。


「お許しください、魔法騎士様!」


 簡素なエプロンドレスの下の大きな胸の谷間に、ぼくの顔が沈んで、声が出せない。


「私の弟は子供の頃から魔法騎士に憧れていて悪気はなかったのです! お許しください!」


「もがもが!」


 誰が弟だ!? とエネマラの胸の中で叫んだけど声にならなかった。


「とっさに頬を叩いてごめんなさい!! いかなる処罰も私が受けますから、私の弟だけはどうかお許しくださいませ!!」


 まるで爆発から身を挺してかばうように、ぼくを胸に抱きすくめたまま土下座するエネマラに、カトルも、あたりにいる連中も、全員が飲まれたのがわかった。


「い、いいよ! 許してあげる!」


 カトルが嬉々とした声で言い、ぼくとエネマラは顔を上げた。

 見ると、カトルは目に見えてどぎまぎした表情になっていた。視線がエネマラの大きな胸や、きれいな髪、うるんだ瞳をあちこちさ迷っていて、見るからに緊張しているのがわかる。


「ありがとうございます!! 何とお詫び申し上げたらいいか……」


 立ち上がったエネマラがカトルの手を取り、深々と頭を下げた。


「このままではあなた様に恥をかかせてしまいます。どうかせめてもの償いに、叩いてしまった頬の手当をさせてくださいませ」


 赤い手形がついたカトルの頬に、エネマラがそっと白くて細い手をあてると、カトルの顔が真っ赤になって、叩かれた頬のあとがわからなくなった。


「そ、そんなのいいよ!」


「いけません! さあ、手当をするためにお屋敷へ参りましょう!」


 照れていやいやをするカトルの手を引いて、エネマラはさっさと屋敷の中へ入っていってしまった。

 しんとなった広場で、呆然としていると、


「お、おい! 貴様の姉の名は何というのだ!?」


「なぜ貴様のような地味な顔をした男と、あの美しいご婦人が姉弟なのだ!?」


「私とも仲良くしよう!」


 エネマラの美貌とおっぱいにやられた魔法騎士のボンボンどもが、自分の恋人をそっちのけで、ぼくに群がってきた。

 ここにきてようやく、「エネマラがカトルに目をつけた」という最悪の事態になっていることに気付いた。

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