”元”魔法使いカリア
カリアがごろんと寝返りをうって、小さなお尻をぼくに向けた。尻でぼくに話しかける。
「あーあ……。『縁結びの魔法』が使えたらこんな目に遭ってないのに……」
またその話か……、と苦い気分になる。
『縁結びの魔法』は、カリアの家が先祖代々受け継いできた魔法だった。
すべての人間がその身から放つオーラを意中の相手と結びつけ、結婚、商売繁盛、出世など、要するにめちゃめちゃ運をあげてくれる魔法らしい。
こんな夢のような魔法ならさぞ儲かったことだろう。
友達のできないぼっちも、
結婚のできない毒男も喪女も、
万年ヒラのダメサラリーマンも、
カリアの縁結びの魔法を使えばお望みのものが手に入る。
このクソビンボーな魔法使い探偵事務所を開く前、カザリンガでたいへんな金持ちの魔法使い貴族だったのもうなずける。
「魔法が使えたら、こんな探偵事務所なんかやらずに済んだのに……」
カリアが枕に顔を押しつけて、ブツブツ言い始めた。
「財産を横取りしていった親戚連中なんか見返してやれるのに……。死んじゃったパパとママがいなくたって、ひとりで生きてこれたのに……」
魔法が使えなくなったせいでカリアが失ったものを耳にして、さすがに同情を禁じ得ない。
カリアは十四歳で縁結びの魔法使いとしての能力を開花して、たくさんの客(ほとんどが有名な貴族)を相手に魔法を使い始めた。
が、それからわずか一年の間に、カリアの両親は流行り病で亡くなった。
それと同時に、カリアは魔法の力を失った。
わずか十四歳で天才魔法使いと呼ばれるほどの能力に目覚めたことと、両親を失ったことを、単なる偶然だと片付けられるほど、ぼくもカリアも図太くない。
どっかの意地の悪い神様が、カリアの早熟な魔法の才能と引き替えに、両親を奪ったのではと考えてしまう。
しかも最悪なことに、その魔法の力さえ消えてしまった。神様は残酷すぎる。
こんな運命を背負わされたら、カリアが朝っぱらから毒を吐いて、日がな一日この魔法探偵事務所に引きこもっているのもわかる。
だってぼくも、この異世界に召喚される前は、ひきこもりだったから。
「……カリア」
ぼくはちょっとでも励ましの言葉をかけてやろうと、ベッドに横たわるカリアの顔を覗きこんだ。
「ぐぅ――」
「寝てるじゃねぇか!!」
寝間着の襟首をつかんで、カリアの頭を揺さぶってやる。
「二度寝するな! なんだかんだでひきこもりライフを満喫してるじゃないか!!」
「うるっさいわね!!」
カリアが目を開いて、ぼくの首にヘッドロックをかました。
カリアにもう少し胸があったらいい気分なのだけど、カリアの残念な貧乳では、痛いほどぼくの頭が締め付けられる。
「いたたた! 頭蓋骨が! 頭蓋骨がギシギシいってる!!」
「私が魔法を使えなくなったのは、充電期間が必要だからよ! 天才薄命なのよ! だから休んでいいの!!」
「じ、自分で自分のこと天才とか言うな! だいたいいつまで充電すりゃ気が済むんだよ!」
「魔法が使えるようになるまでよ!!」
「それまでぼくに魔法使い探偵させる気か!? ふざけんな! 魔法が使えないくせに魔法のトラブル専門の探偵なんてサギだサギ!」
「元魔法使い貴族の私なら、魔法使いの弱みもクセも知り尽くしてるからこそできるわよ! あいつら魔法に頼り切ったダメ人間ばっかなんだから」
その言葉は、カリアを見ていればよ――――く理解できる。
この魔法都市カザリンガに住む魔法使いたちは、ダメ人間ばかりだ。いかにダメかは、おいおい語るとして、この世界に召喚されてから三ヶ月、ぼくは魔法使い探偵として仕事してこられたくらいだから間違いない。
「ぼくばっかりやらせないで、自分も働け! この引きこもり!!」
「へー。そういうこと言うんだ?」
カリアが技を解くと、リングさながらのカリアのベッドに横たわったぼくへ、にんまりと笑った。
「よく言うわ。カザリンガへ召還される前は、あんたがひきこもりだったくせに」
「ぐっ……」
墓穴を掘った。
ぼくはこの世界に召喚された日に、ある理由から高校を不登校して、ひきこもっていることをカリアに話してしまったのだ。
カリアのこの性悪さを知ってたら話さなかった。
が、ときすでに遅し。
「あんたがいま寝泊まりしてる部屋は誰の部屋? 仕事があるのは誰のおかげ? ごはんが食べれるのは誰のおかげ?」
「ぐっ……」
こうしてぼくはいつも言い負かされ、カリアの言いなりになる。
これは、ぼくが日本で引きこもりしていたバチなんだろう。神様はいつだって天罰ばかり与えて、ご褒美なんてひとつもくれない。こんなギャルゲーみたいな環境にいたとしても、ぐうぜん着替えを見ちゃってドッキリ! なんてことおいしい目にもあってない。この設定なら当然のシチュエーションのはずなのに。
「いま、いやらしいこと考えてた?」
「考えてません」
「考えてたわね?」
「……なんでわかったの?」
「死ね、このボンクラ」
完全にノックアウトされた。いつものことだけどやっぱり悔しい。
「あー。聞き分けのない下僕を調教したら喉が渇いてきちゃった」
ぼくを使い魔から下僕に格下げしたご主人様は、事務所のドアを指差した。
「一階に降りて、バスコから紅茶をもらってきて。至急。速やかに。三秒で」
「……はい」
ぼくは事務所の扉を開け、下の階にあるバスコの居酒屋へ降りていった。