魔法騎士カトル 2
「カトル?」
「なんだそいつは?」
カトルにお姫様抱っこされたまま広場の真ん中に入ると、二人の男がやってきた。
顔つきがカトルとよく似た、髪が短いのと、おかっぱヘアの二人組だった。ただ、カトルよりも背も身体つきも小さく、顔もだいぶ若い。
「キシリ兄様! ミルド兄様!」
カトルが二人の男に親しげな笑みを見せた。
そういえばカトルはガルガンディーナ家の三男坊だったと思い出した。
でも、どう見てもカトルのほうが成人した大人に見えて、二人の兄貴のほうが高校生くらいに見える。
「このおにいちゃんに、ぼくが訓練するところ見せていい?」
カトルが嬉々とした顔で、拾ってきたネコでも自慢するかのように言う。
「変なものを拾ってくるな!」
「元いた場所へ捨ててこい!」
他人から捨てネコ扱いされるのはたいへん不愉快だけど、そうしてもらえると非常に助かるので我慢した黙っていた。
するとカトルが、「むっ……」と頬を膨らませた。
「なんでさ!? 兄様や他のみんなだって、自分の恋人を中に入れているじゃないか!」
「私たちは大人だからいいのだ」
「おまえはまだ十二だろう? せめて、私たちと同じ十七歳になってからにしろ」
「ぼくはもう大人だよ! 恋人だっているもん!」
途端に、広場の空気が硬直するのがわかった。
周りを見渡すと、いつのまにかぼくたちの周りに魔法騎士のボンボンたちと、その恋人のドレス姿の女子たちが輪になっていて、神妙な目つきになっている。
その神妙な目で見られてるのは――お姫様抱っこされているぼくだった。
「いやいやいや! ぼくは違うから!!」
ついに黙っていられなくて声を上げてしまった。
いくらなんでもこんなボーイズラブ展開はやめてほしい! ただでさえ異世界に飛ばされるなんていうありえない体験までしてるんだから、これ以上はもうお腹いっぱいです!
「あれがカトル様の愛しい人か……」
ぼくの心の叫びも虚しく、辺りに集まった魔法騎士のボンボンや貴族の婦人たちが色めきだった。「なんだかずいぶん平凡そうだが」、「でもよく見ればそこそこ美形よ」、「よく見れば誠実そうね」、「よく見れば賢そうだ」などと、いちいち「よく見れば」を付け加えた微妙な褒め言葉で、広場がキャッキャウフフと盛り上がっていく。
「おい、カトル!」
カトルに小声で言った。
「なんなんだよこれ! どうしてここにいる連中はこんなにボーイズラブに寛容なんだよ!?」
「”ぼーいずらぶ”ってなに?」
「あんまり詳しい説明はしたくない。カトルはホモ扱いされて平気なのか!?」
「”ほも”ってなに?」
「あーもー、めんどくさい!! おまえ、ちゃんとした恋人いるんじゃないのか!?」
「ミリヤちゃんはぼくのこと好きじゃないんだよ」
カトルが、すねたような目をして言った。
「何度も手紙で『会いたい』って言っても会ってくれないし、何回も何回も『好き』って書いたのにさ、一度だってぼくには『好き』だって返事してくれたことないんだよ? それって好きじゃないってことでしょ? ぼくはちゃんと、『好き』って言ったら『好き』って言ってくれる人がいい」
このガキぶん殴ってやろうか、と思った。
自分の気持ちばかり押しつけて何が恋人だ。
ミリヤもミリヤで、カトルのダメなところが見えてない。
こんなんで恋愛が成り立つわけないだろう。
ミリヤもカトルも、『好き』って気持ちをはき違えてる。
「おまえらちゃんと会って話をしろよ! このままじゃ堂々巡りだよ!」
「だから、ミリヤちゃんはぼくと会ってくれないんだよ! なんでミリヤちゃんはぼくを避けるの!?」
「そ、それは……」
その理由を知ってるだけに、かける言葉がみつからなかった。
「そうやって大人扱いされたがっているところが子供だというんだ」
カトルの兄、キシリと呼ばれた髪の短いほうが呆れたように言った。
「その通りだ。いくらおまえが私たちの真似事をしても、大人になれるわけじゃない」
ミルドと呼ばれたおかっぱヘアのほうも、カトルを見下すように言った。
「……うるさいんだよ」
顔をうつむかせていたカトルが、ぼそりと低い声で言った。
「うるさいんだよ、兄様たちは!! ぼくに一度も剣技で勝てないからって負け惜しみを言うな! そういうことはぼくを負かしてから言ってほしいね!!」
涙で濡れた目をあげて一気にまくしたてるカトルは、明らかにブチ切れていた。
この言葉にカトルの二人の兄貴もブチ切れた。
「な、なんだとぉ!?」
「ひとがせっかく心配して言ってやってるのに!!」
兄貴二人が、腰に差していた木剣を抜いた。
「やってやる!」
「おまえも抜け!」
カトルがぼくをその場に降ろし、辺りを輪になって囲んでいる魔法騎士のボンボンたちのところへ押しやった。
ボンボンたちは、みんな息を飲んで成り行きを見守っているばかりで、止めようとはしなかった。
「やめろよカトル! ――おわっ!」
ぼくが足を踏み出して止めに入ろうとすると、カトルが腰から抜いて勢いよく振り回した木剣の切っ先がぼくの前髪をかすった。情けないことに足が動かなくなる。
「おにいちゃんはそこで見てて」
カトルが木剣の切っ先を二人の兄貴たちに突きつけた。
「さあ、魔法使っていいから、かかってきなよ」
その言葉で、一気に顔が赤くなった二人の兄貴の背中から、湯気のようにゆらめく魔力のオーラが立ちのぼった。
「言われずともやってやる!」
「今度こそおまえを負かす!」
二人の魔法騎士が魔法を発動させた。