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魔法騎士カトル 1

 デルレックス地区は、カザリンガの王宮に勤める騎士や司教、大臣なんかが多く住む地区だ。

 どこのお屋敷も中が見えないように見上げるほど高いレンガの塀に囲まれてるし、ぶ厚い門扉の前には槍で武装した門番が立っていて、通りにはブーツの音を響かせる兵士の列が行進している。

 別に何も悪いことなんかしてないけど、ポケットから手を出して「武器なんて持ってませんよ?」とアピールしたくなる、緊張感のある地区だった。


「しんたろ様、歩く手と足が一緒ですよぉ」


「わ、わかってるよ」


 ぎくしゃくした歩き方をカリナに注意されながら、地区の奥へ進むと、


「どりゃあああ!」、「キャー!」、「はあっ!」、「ステキー!」、「まだまだぁ!」、「いい筋肉ー!」


 殺伐とした町中で、ひときわ浮いた賑やかな声が聞こえる屋敷をみつけた。

 その屋敷は、通りから屋敷前の広場が丸見えの背の低い生け垣に囲われているだけだった。

 練習用の木剣をぶつけて訓練するぼくと同い年くらいの魔法騎士の男子たちと、それを遠巻きに見物する豪華なドレス姿の女子たちがキャーキャー言っている。

 なんだか放課後の部活風景みたいで、自然と居心地が悪くなる。ぼくはこういうリア充の青春っぽい場所がとことん苦手だ。


「ここがカトルの屋敷か?」


「そのようですよぉ。ほら」


 カリナが、広場の隅の方に立てられた、紋章入りの旗がなびくポールを指差した。爵位を示すオークリーの葉を二枚くわえたキメラの紋章が刺繍された旗。


「あのキメラは魔法騎士を示す記章ですぅ」


「しかもオークリーの葉が二枚ってことは、ミリヤの家と同じ子爵か」


 カトルの家も魔法使い貴族としてはけっこうな家柄みたいだ。


「なあ、カリナ……」


「どうしました、しんたろ様? 釈然としない顔をして」


 ぼくはさっきからサッカーグラウンドほどもありそうな広場のあちこちで訓練する男子たちを眺めながら、気付いたことをカリナに話した。


「なんでここの男子たちは、訓練しながら女子をはべらせているんだ?」


 一見すると男子たちが真面目に訓練に励んでいるようだけど、どの男子の傍らにも、必ずドレス姿の女子がスタンバイしていた。

 楽しそうにおしゃべりしながら剣を振ったり弓を射ったり騎馬の後ろに女子を相乗りさせたり、キャッキャウフフな空気が広場に漂っている。


「ここはリア充農場か?」


「”りあじゅう”って何ですかぁ?」


「爆破していい?」


「ダメですよぅ!! いきなり何を言うんですかぁ!?」


「冗談だよ。言っただけ」


「め、目が本気ですけどぉ……?」


「魔法騎士って、みんなこんなにチャラいのか?」


「よくわかりませんけどぉ、きっと領地紛争が終結したせいでしょぅ。カザリンガが平和になったおかげで、真面目に訓練してないんじゃないでしょうかぁ?」


 要するに平和になったおかげで、騎士の家のバカ息子たちはボンボン化したわけか。


「やっぱ爆破していい?」


「だからダメですってばぁ! というか、しんたろ様、爆破の魔法なんてできないでしょぅ?」


「できたらやってるんだけどな」


「やっぱり本気じゃないですかぁ!」


「ちっ」


「舌打しないでくださいぃ! 聞かれたら大変ですよぅ!?」


 と、カリナが心配した矢先だった。


「そこで何してるの?」


 広場を囲む緑の生け垣に身を潜めていたぼくとカリナが背後から、やけに幼い少年の声がかけられて、慌てて振り向いた。


「カトル・ガルガンディーナ!?」


 ミリヤから預かった姿見のクリスタルで見たカトルが、ぼくを見下ろしていた。

 間近で見るカトルは、姿見のクリスタルでみたときよりも大人っぽく見えた。

 すらりと背が高く、たくましく発達した胸元と腕の筋肉がのぞくシャツに、黒いブーツを履いた長い足。

 背丈も身体つきも、第二次性徴を迎えたばかりのぼくに比べたら、どこもかしこも成長しきった感じ。甲子園を目指して毎日練習している野球部員みたいに、ひとつの目標に向けて鍛えた人間特有の大人っぽさだ。


「おにいちゃん、誰? どうしてぼくの名前を知ってるの?」


「お、おにいちゃん……」


 大人っぽい容姿とは正反対のカトルから「おにいちゃん」なんて言われて驚いた。


「……何歳?」


 思わず浮かんだ場違いな疑問を口にすると、


「十二歳だけど」


 切れ長の大人っぽい目を、ぱちぱちさせてカトルが何の疑いもなく答えてくれる。


「中一!?」


「”チューイチ”ってなに? ぼくの歳のこと?」


 ずいっ、と無防備に青い瞳を近づけられて、息を飲んだ。

 カトルの年齢を聞くのを忘れてて、勝手に同い年くらいだと思い込んでいたけど、まさかこの外見で中学一年生の年齢とは。どう見ても二十歳を過ぎているようにしか見えない。

 ていうか、ミリヤって高校二年の女子高生の年齢なのに、中学一年の歳のカトルと文通してたのか!?

 なんて微妙な恋愛なんだ。ミリヤのヘタレさがうかがえてしまう。


「それより、おにいちゃん、こんなところで何してるの?」


 あらためて、質問されて困ってしまった。

 まさか「おまえのことが好きな女子がウソついてたことを告白したがってる」とは言えなかった。


「えっと、その……」


「もしかして、おにいちゃん、騎士になりたいの? それで、さっきから羨ましそうな目で見てたの?」


 ぼくを不審者扱いするどころか、めちゃくちゃ子供らしいピュアな解釈をされた。

 ていうか、リア充爆発しろって目で見てたけど決して羨ましそうな目でなんか見てないぞ!!


「そ、そう! 魔法騎士ってかっこいいから憧れてて……!」


「かっこいい!? ぼくのこと、かっこいいと思う!?」


 やたらとごつい大きな手でぼくの手を取って、きらきらした目で見つめ返された。


「そんなふうに認めてくれるのはおにいちゃんだけだよ!」


「そ、そうか? そんなに大人っぽくて顔もいけてるのに……」


「ここじゃ誰も、おにいちゃんみたいに認めてくれないよ。みんな、ぼくと同じ魔法騎士の家の子供や、門弟なのに」


 それはカトルが子爵の息子で、ここの連中が自分の立場をわきまえてるからじゃないか?

 異世界からやってきたぼくこそ、子爵の息子様を呼び捨てしたらマズい。いまこの場で切り捨てられても文句は言えない。


「やっぱり、ぼくも恋人を連れてないと大人扱いしてくれないのかな?」


「は?」


 いきなりわけのわからないことを言われて首をかしげてしまった。


「みんな自分の恋人や婚約者を横にいさせてるでしょう? ああいうふうにしないと、やっぱり大人扱いしてくれないと思うんだよね」


「ああいうチャラいの見てるとムカつ――不謹慎だと思うけど? 女とイチャイチャしてないでもうちょっと真面目にやれ! 爆ぜろ! って言いたいけどな」


「やっぱり、おにいちゃん、魔法騎士に憧れてるんだね。さっきと同じ目してる」


「……まあな」


 すいません。ぼくも彼女連れは羨ましいです。ひきこもりの非モテだからジェラシーなだけなんです。ていうか、彼女は欲しいけど彼女の作り方も作ったらどうしたらいいかもわかりません。すいません。


「ぼくにも、恋人がいるんだけどな……」


 カトルが遠い目で言った。


「ぼくとその子、文通してるだけで、一度会ったきり会ってくれないんだ。本当なら、ここへ呼んでぼくのこともっと見て欲しいのに」


 なんだか、姿見のクリスタルで見たチャラい印象とはちがって、カトルってめちゃくちゃガキっぽいやつみたいだ。

 子供らしいピュアさを持ってるけど、恋人だというミリヤへの優しさや暖かさがいまいち感じられず、「おれはもう大人だ!」と言い張るガキっぽさを感じる。


「ねえ、おにいちゃん」


 と、カトルが大きな手をぼくの脇に入れて、力任せに立たせた。ぼくの足の爪先が浮く。


「な、なんだ!?」


「せっかくだから、中に入ってぼくが訓練するところ見ていきなよ」


「ええ――!?」


「魔法騎士になるのは無理だけど、見るだけならいいよ」


「だ、だめだろ!? ぼくみたいな得体の知れない人間を入れちゃあ!!」


「平気だよ。もしかしたら、兄様たちが文句を言うかもしれないけど、そのときはちゃんとぼくが説明してあげるから。――よいしょ」


 なんとカトルはぼくの身体を持ち上げて、お姫様抱っこしてきた。


「ちょちょちょ! 降ろせよ!」


「遠慮しないでいいよ。魔法騎士のかっこいいところ、たくさん見せてあげる!」


 カトルはぼくを抱いたまま、ずんずんと魔法騎士のボンボンたちが訓練する広場の中心へと進んでいった。


「心配しないで、しんたろ様ぁ!」


 胸ポケットから、すっかり存在を忘れていたカリナが、小声でぼくを勇気づけるように言った。


「何が起こってもカリナはすぐそばで見守ってますからぁ!」


 やめて! カリナ見ているってことはあとでカリアにも知られちゃうってことだから!! 

 男にお姫様抱っこされたなんてバレたらこの先ずっとネタにされるから!!

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