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魔法使い小野真太朗 3

「あんた、また依頼人に感情移入してたでしょ!?」


「ど、どうしてそんなことがわかるんだ?」


「わかるわよ! カリナと毎晩記憶を共有してるんだから! あんた、依頼人がひきこもりだとわかったとたんに、お節介になるじゃない!!」


「そ、それはまぁ……」


「ずるいわよ!!」


 ぽろっ、とカリアの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

 な、なんで「ずるい」んだ!? ぼくが依頼人に感情移入するとどうしてカリアが怒るんだ!?


「どうして同じひきこもりなのに、カリアには優しくないの!?」


 カリアは、探偵事務所を見回しながら叫んだ。


「カリアだっていつまでもここへ引きこもっていられるわけじゃないってわかってる!! しんたろに助けてもらった依頼者みたいに、カリアだってなりたいんだから!!」


 カリアが顔をうつむかせた。


「でも、しんたろは、依頼人のことばっかり考えて、カリアのことなんか気付いてもくれないで……!!」


 カリアの真っ赤な頬に涙の粒がすべって、パジャマの裾に次々と染みを作る。「んんぐぐ……」と涙と鼻水で詰まった声でカリアが言った。


「ずるいわよ。依頼人ばっかり、しんたろに助けてもらえて。カリアだって、外に出られるようになりたいのよ。友達だってほしいし、こ、恋人だって、家族だってほしい……。窓からカザリンガの街を見渡しても、誰もカリアのことなんて気付きもしない。このままひとりぼっちのまま死んじゃうのかなって、いつも考える。そんなの嫌よ。カリアだってここを出たいの。でもどうしたらいいかわからないのよ!!」


 何と言ったらいいかわからず、ぼくは言葉に詰まった。

 カリアは、ぼくが「ひきこもり」の魔法使いだって見抜いていたんだ。

 ぼくを召喚したときから、ずっと自分の殻を破りたいとぼくに依頼のサインを出していた。だからぼくは召喚されたんだ。

 カリアが「魔法使い探偵をやろう」なんて言い出したのは、そういう意味だったんだ。

 何の役にも立たないひきこもりのぼくを、魔法使い探偵にしてくれたのは、カリアだったんだ。


「しんたろ様」


 テーブルの上で、カリナが「早くいってやれ」とばかりに、カリアのいるほうを顎でしゃくる。

 ぼくはうなずいてソファを立つと、カリアのベッドへ歩いて行った。カリアの隣に腰を下ろし、カリアの手を握る。


「ずっと気付かなくてごめんな」


「恥ずかしくて言えなかったのに……なんで気付いてくれなかったの!?」


「ごめん」


「しんたろのボケ! おたんこなす! にぶちん! とーへんぼく!」


「悪かった」


「しんたろの意地悪! けちんぼ! 皮肉屋!」


「許してくれ」


「しんたろの黒髪! 二重まぶた! 中肉中背!」


「悪口がネタ切れしたからってぼくの外見を連呼しても意味ないぞ」


 ぼくは苦笑しながらカリアの頭をそっと撫でた。


「カリアの依頼、引き受けた」


「……本当?」


 涙でびしょびしょの赤い目をあげたカリアに、ぼくは大きくうなずく。


「今すぐ解決するのは無理だけど、絶対にカリアの依頼は達成してみせる。それまでは、絶対に日本に帰らない」


「……約束する?」


「約束する」


 立てた小指を、カリアに差し出した。不思議そうな顔をしたカリアに言う。


「この小指にかけて誓う」


 念のため説明するけど、これは「指切りげんまん」のつもりで差し出した小指だ。カリアの小指と結んで、「♪ゆーびきりげんまーん」と、やるつもりだった。

 だから、いきなりカリアがぼくの小指を口にくわえたときには、心臓が止まるかと思った。


「ふえっ!?」


 自分の小指が女の子の口に含まれて、唾液と歯の感触に包まれるなんて初めての経験だったから、そりゃあもう驚きだ。


「ギャ――!!!!」


 そして、その小指を食いちぎられそうになるくらい強く噛まれたのも初めてだったから、事務所の屋根が吹っ飛ぶくらい絶叫した。


「!?」


 びっくりした顔のカリアが、小指から口を離して言った。向こうのソファテーブルの方からも、カリナが「な、何ごとです!?」と驚く声。


「な、なんで叫ぶのよ!?」


「そりゃこっちのセリフだよ!! なんでヒトの小指を噛み千切ろうとする!?」


「だって『この小指にかけて誓う』って言ったじゃない! それって、約束の代わりに自分の小指を千切って差し出すっていう、しんたろの国の誓いの儀式なんでしょ!?」


「そんな猟奇的な儀式するわけないだろ!? 日本では約束するとき、小指と小指を結ぶの!!」


「千切れたら治癒の魔法でくっつけるから、それまで千切れた小指を預かる儀式だと思った!!」


 これだから異世界ってやつは!!


「うぅ、痛ったぁ……」


 あまりの痛さに震えがきた。小指の付け根のところでカリアの歯形に皮膚が裂け、血がしたたっている。

 それで思わず、自分の血とカリアの唾液で濡れていた小指を、「ぱくっ」とくわえてしまった。


「あ」


「!!」


 カリアの顔が一瞬で真っ赤になったのに気が付いたときには手遅れだった。


「ここここの変態!!」


 カリアの鉄拳を顔面に食らい、「しんたろ様! 鼻血が! 鼻血がぁぁ!」とカリナが悲鳴をあげるなか、眠るように失神した。

 魔法使い探偵としてはこのうえなくいい一日の終わり方だ。

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