変身の魔法使い ミリヤ 2
ミリヤが渡してくれた姿見のクリスタルを覗いてみる。
「おぉ!」
コンピューターの集積回路そっくりの形をした水晶のプリズムに光が入ると、まるで血管の中の赤血球のように光りの粒が走り出し、人間の形になった。
……誰?
その人間は、すらりとした身体にぴったり張り付いたドレスを着た女の子だった。まっすぐ伸びた背筋に大きな胸が反り返っていて、肩の辺りで切りそろえられた金髪は、ふんわりと優雅にウェーブを巻いている。
顔は、化粧品のCMみたいな白い肌で、ぱっちりとした大きな青い瞳に、まっすぐした鼻筋、赤く厚い唇はセクシーなアヒル口だった。
グラビアアイドルか、クラスのいけてるグループに所属する女子、もしくはコンビニのマンガコーナーからかけ離れたところからよく見た顔。獲物を狩るときの鷹とかハヤブサのような猛禽類によく似た、オサレ女子だ。
ぼくのように植物の中でも限りなく雑草に近い植物系男子とは、正反対のタイプ。
そして、言っちゃなんだけど、変身が解けたときのミリヤともまるっきり正反対のタイプだと思う。
「なあ、どうしてこんな女子の姿が封印されたクリスタルを見せるんだ?」
「いつまで見てる。こっちを向け」
と、クリスタルの中に合わせていた目の焦点の外から、またミリヤがぼくを呼んだ。
「あっちを見ろと言ったりこっちを見ろと言ったり何なん――」
うんざり気味にミリヤのほうへ目を向けると、びっくり仰天した。
「ミ、ミリヤ!? なのか!?」
姿見のクリスタルの中に封印されていた猛禽類オサレ女子が、立っていた。モデル立ちの姿勢で、獲物を捕食するときの鋭い目をこっちに向ける。
「どうだ? 私の変身魔法を使えば外見など思いのままだ」
「……」
「な、なんだそのイヤそうな顔は!?」
知らず知らず苦い顔つきになっていたぼくを見たミリヤが、さも心外そうに言うと、どすどすと大きな足取りでぼくの肩に触れる隣に座った。
「お、おい! なぜ離れる!? もっと近くで話さんか!!」
自然に正座に座り直し、絨毯をすべらせて離れたぼくのほうへ、ミリヤがさらに詰め寄った。
「いや、あの、カンベンしてください。お金ならあげますから……」
「私は盗賊か!?」
「ぼくのいた世界じゃ、こういう女の人が『いまウチの顔見たろ!? カネ払え!』とか言ってきそうだから……」
「貴様のいた世界は恐ろしいところらしいな……」
関心深そうにうなずくと、ミリヤが不敵な笑みを浮かべた。
「だがカザリンガではこういう肉欲の塊のような女がモテるらしいぞ?」
「いやぼくの世界でも好きな人は好きだけど。ていうか、自分で変身しといて肉欲の塊っていうのはどうなんだ!?」
「甘いな。こんな女が男を意識してないはずはない。コルセットで腰を締め上げ、化粧をして髪を巻いて、胸を大きくする見せるためにどっさりパットを入れているのだ。それも全ては格の高い男をモノにするためだ。魔法使い貴族の中に掃いて捨てるほどおるわ」
「少なくともぼくはそういう女子はタイプじゃありません」
「なぜだ!? こんなに世の男どもの肉欲を象徴した淫らな外見をしているというに! ……貴様もしかして女には興味がないのか?」
「勝手にホモ設定にするな! ぼくはちゃんと女子が好きだよ! 自分に見合った相手じゃなきゃイヤなだけだ!!」
「……やっぱり、相手に見合うだけの人間じゃないと、誰かを好きになる資格なんてないのか」
と、ぼくが言ったことをそのまま反復したミリヤが、急にしゅんと落ち込んで、両手を顔の前にかざし、眩しい魔力の光に身体を包んだ。
「……見ろ、私の本当の姿を」
眩しい光に細めていた目を開くと、あの女子力がくすんだチビ女子が現れた。フリルがついたかわいいパジャマを着ている。
「この暗くて汚らしくて地味な姿の私を好きになってくれる男なんて、カザリンガにはいない」
「……ぼくは、こっちのミリヤのほうが、落ち着くけど」
「それはつまり、貴様も私と同じくらい干物じみた男子だということだな?」
「そこは否定しない」
「私は貴様と違うぞ。この変身の魔法を使えばどんな人間にだってなりすませる。ウソだの卑怯だの言われようとも、なりすまし続ければこっちのものだ。変身の魔法とは、いかに相手にばれず、ウソをつき続けるかなのだ。貴様のように好きな相手のためにウソを突き続けられない弱虫とは違うのだ!」
「そこまで変身の魔法に自信があるなら、どうして、しんたろ様に変身魔法を見破らせたんですかぁ?」
突然、ぼくの胸ポケットの中で静観していたカリナが、怒ったような表情で言った。
「いい加減、依頼内容をはっきり言ってください。カリナ、さっきからずっとイライラしていたんですぅ」
カリナのはっきりした物言いに、ミリヤの怒りスイッチが一発で点火した。
「な、な、何だと!? ホムンクルスに何がわかる!?」
「人間って本当にめんどくさいですぅ。父親になりすまして『娘の悩みをきいてくれ!』なんて、ヘタレ以外の何者でもないですぅ。なんではっきり、しんたろ様に依頼内容を言わないですかぁ?」
「うううううるさい!! 貴様なんかに、貴様なんかに何がわかる!!」
「わかんないから聞いてるですぅ」
「誰が貴様なんかに教えてやるものか!!」
ぷいっ! と顔を背けたミリヤに、ぼくは言った。
「好きな人がいるんじゃない?」
「なっ!?」
単刀直入なぼくの一言に、ミリヤがさっき背けた顔をぐりん! と戻した。
霧の魔法と幻灯の魔法で、暗い海の中を再現した部屋の中で、ミリヤの顔はタコのように真っ赤だった。
「子爵に変身したり、自分とは正反対の女子に変身したり、どうして本当の姿を人前にさらさないか、ずっと気になってたんだ。それって本当の自分の姿に自信がないからじゃないの?」
「ぅ……」
「今まで、自分以外の誰かに変身していたのは、ぼくがどんな反応をするか試していたんだろう? でも、ぼくだって黙って見定められてたわけじゃない。ミリヤが何を悩んでるのかずっと考えてた。で、いまわかった」
「ぅぅ……」
「ミリヤには好きな人がいるんだろ? いまの姿では、自分の気持ちを伝えることができない相手が」
「……やはり私の目に狂いはないようだな」
と、限界まで赤面したミリヤは、精一杯の強がりのつもりなのか薄い胸の前で両手を組み、ツーンとあごを上向きにさせたポーズで言った。
「光栄に思うがいい。貴様は私の選別に残り、見事に選ばれた。いまここに、魔法使い探偵オーノーへ依頼を申し渡す」
「だからぼくは、オーノーじゃなく小野真太朗だって――」
「いいか、オーノー。このことを誰かにばらしたらエミリオクシズ家の名の下に処刑してやる」
「……わかりました。魔法使い探偵オーノー、ミリヤお嬢様のおおせのままに」
「ままにですぅ!!」
仰々しくお辞儀するぼくとカリナを見やったミリヤが、パジャマの襟元から革紐で吊られた姿見のクリスタルを取り出し、差し出した。
これに、ミリヤの片思いの相手の姿が封印されているようだ。
「見ていい?」
「……ふんっ」
ぷいっ! とミリヤがそっぽを向く。見ていいようだ。
ぼくはミリヤの背中に一礼して、ミリヤの恋い焦がれる相手の姿が封印されたクリスタルに目を近づけた。