変身の魔法使い ミリヤ 1
ミリヤの部屋に入ると、目の前を魚が横切った。
「おわっ!?」
驚いて、部屋中を見渡す。
ミリヤの部屋の中は海になっていた。
部屋の天井や壁が吸い込まれそうな深い海の青色をしていて、色とりどりの魚の群れや、ぶくぶくとした海の泡がぼくの目の前をよぎった。
背後の扉から漏れる四角い光がなければ、ここがミリヤの屋敷の中だと忘れてしまいそうだった。
「霧の魔法と、幻灯の魔法ですぅ!」
胸ポケットから室内を見渡すカリナが、驚きの声をあげた。
「魔力で発生させたミストに、魔力で照射させた海中の幻を映しているんですよぉ」
「ちょっと待てよ。ミリヤの使う魔法は変身の魔法だろ? もしかして複数の魔法が使えるのか?」
「おそらくこれは、魔法ショップで買える魔具を使っているんですぅ。魔力がなくても使えますから、一般人でも買えますよぉ」
「高価そうだな。さすが子爵のお嬢様」
「昔、カリア様も持ってましたぁ。カリア様が持っていたのは、森の幻影を映す幻灯機でしたねぇ。すぐに飽きてほっぽり出してましたけどぉ」
「あいつのヒマ癖と浪費癖は昔からか。……それにしても、よくできたイリュージョンだな」
近くに漂う魚に手を伸ばすと、魚はぼくの手をすり抜けて青色を部屋の壁をすり抜けてしまった。
なんだか人魚姫の住んでいた海の中みたいだ。耳を澄ませば遠くから海流がうねる音や、海の泡がはじけて消える音まで聞こえてきそう。
ミリヤは、この寂しい部屋の中でひきこもっていたのか。
「人の部屋をじろじろ見るな!!」
ミリヤの怒鳴り声がして、前を見る。
二、三先に、ぼんやり淡く発光する光の繭のようなものが灯っていた。
さっきはこんなものなかったのに。
「特別に灯りをつけてやった。こっちへこい」
どうやらミリヤがぼくを招くために、普段は消している室内灯をつけてくれたようだ。
光の繭の中へ入っていった。
繭の中は、薄衣でできたテントのようだった。まばゆい光を放つ光の球と、青い水蒸気をしゅうしゅうと吐き出す香炉が置かれてある。どうやらこの照明器具と香炉が、幻灯の魔法と、霧の魔法を発動させる魔具のようだ。
「よくきたな」
そして魔具を挟んで向こう側にある、床に広げた敷き布団の上で、頭から毛布をかぶって顔を隠しているのがミリヤロッテ・エミリオクシズお嬢様のようだ。
敷き布団の周りには、飲みかけの紅茶のカップとティーポット、山積みの本、姿見のクリスタルが、すべて手の届く範囲で散乱している。
ひきこもりらしい光景だった。
「父上や母上でさえ、この部屋の中に立ち入らせたことはなかった。光栄に思うがいい」
格好はまるっきり暗黒魔法を使う怪しい魔女だけど、声優のようにかわいい声だったので驚いた。
魔具を挟んだミリヤの前の床に腰を下ろした。
「おい、オーノー」
「オーノーじゃなくて、小野な。ぼくの名前は小野真太朗だ」
「しんたろ様ですぅ!」
「オーノーに見せたいものがある」
ぼくとカリナの訴えを無視したミリヤが、かぶった布団の中から何かを取りだし、投げた。
ぼくの膝の上に落ちたそれを拾うと、姿見のクリスタルだった。光にかざして目を近づけると、水晶のプリズムに封印された像が見える魔具である。静止画像もあれば動画もある。この世界のモバイルツールみたいなもんだ。魔力のないぼくでも観ることができる。
「それを覗いてみるがいい」
「? 何が映ってるんだ?」
「いいから覗け!」
怒鳴られた勢いに負けて、おとなしく幻灯の魔具の光にかざして覗いてみた。