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ひきこもりお嬢様の部屋へ 2

 ミリヤの部屋の扉を。小さくノックした。


「ミリヤ。ぼくだ。小野真太朗だよ」


「お、オーノー!?」


 またしても「Oh、No!?」というアクセントで言われた。扉の向こう側で、ミリヤが慌てて後ずさる音がする。


「貴様、まだいたのか!?」


「依頼料をもらったからには、仕事しなくちゃいけないからね」


「そんな必要ない! カネならくれてやるからさっさと出てけ!!」


「ここには誰もいないし、誰もこない。依頼の話をするなら今だよ」


「だ、誰がそんなこと頼んだ!? 貴様に依頼する気なんてない! 出てけ!!」


「ぼくはミリヤの変身の魔法を見破って、魔法使い探偵の腕前を見せたんだ。話を聞く権利くらいはあるだろ?」


「ぬっ……!」


 口ごもったミリヤに言ってやる。


「それに、本当に依頼する気がないなら魔法使い探偵そのものを呼ばないはずだろ? それでも呼ぶんだからミリヤはS.O.Sを発信している。そうだろ? そんな面倒くさい依頼人に応えられる魔法使い探偵は、ぼくくらいだぞ?」


「誰が面倒くさいじゃあ、無礼者!! 貴様なんぞにそこまで言われる筋合いはない!!」


「筋合いならあるよ。ぼくだって、ミリヤと同じひきこもりなんだから。いまぼくがカザリンガで探偵をしているのは、ここが日本じゃないからだよ。ぼくはこの世界へひきこもっているところなんだ」


 そのとき、ぼくがひきこもりになった日のことを思い出した。


『しんくん! お願い、開けて! もういいんだよ! これからは、明里がしんくんのこと守るから!』


 あの日、明里が閉ざしたぼくの部屋の扉を叩きながら呼びかけた。今のぼくとミリヤとは、まるっきり正反対の立場だ。

 だからこそ、ミリヤの気持ちがわかる。自分の心が傷む声しか耳を貸さず、心配してくれている人の声なんて聞かなかった。


「聞いてくれ」


 ぼくはミリヤに言った。


「日本でひきこもっていたとき、ぼくはあのとき自分の弱さに酔っていたんだと思う。

 あのときのぼくには、胸の痛み以外、なにもなかった。

 この痛みが癒やされてしまったら、なにも残らない気がしていた。治ろうとしてできたかさぶたを、何度も剥がしてはかきむしっていた。その痛みで、毎日をやり過ごしていたんだ」


 できるだけゆっくりしゃべっている間、ミリヤは一度も口を挟んでこなかった。

 はたしてミリヤは聞いてくれていたのか、それとも無視して部屋の奥へ引っ込んでいるのか、扉の外にいるこちらからはわからない。

 そのときだった。


「……貴様はどうしてひきこもったのだ」


 扉のすぐ近くでミリヤの声がした。


「それは――」


 胸ポケットの中に入ったカリナを、ちらりと見た。

 いまここで話してしまったら、カリナの記憶に刻まれて、あとでカリアにも知られてしまう。そうなったら、ぼくの口からじゃなく、カリアにぼくがひきこもった理由を知られてしまうだろう。

 カリアが、ひきこもりになった理由を自分から話してくれたように、ぼくも自分の口から話したかった。

 カリアは絶対に認めないだろうけど、自分の弱さを告白してくれたってことはぼくを信頼してくれたってことだ。

 この世界に召喚された日に、カリアから先に告白されたとき、ぼくも告白するべきだったけどできなかった。なにしろ予告もなしに異世界に召喚された身で、わけもわからなかったんだから。

 なんだか告白の仕方を、メールでするか、ラブレターにするか、直接言うか、などとあれこれ思案するみたいで恥ずかしかったけど、アプローチの仕方とタイミングって大事だと思う。

 

「どうしたんですか、しんたろ様!? なぜ言わないのですかぁ!?」 


 カリナがじれったそうな顔で見上げてくる。おまえに聞かれたらカリアにも知られちゃうからだよ! とは言えなかった。

 ……仕方がない。


「カリナ。これから先にやることを、先に謝っておく」


「? なんで謝るんですかぁ?」


「ごめん!!」


 ぼくは胸ポケットから取り出した、カリナの入った小ビンを、ズボンの中へ押し込んだ。


「ギャ――――!!」


 カリナの悲鳴が、ぼくのズボンの股間のあたりからくぐもって響く。これでカリアは、今夜ぼくのズボンの中に押し込められる悪夢を見て、ぼくは夜中に飛び起きたカリアから鉄拳制裁を喰らうだろう。甘んじて受けよう。


「ギャー! ギャー! なんですかこれぇ!? 生暖かいですぅー!」


「なんだ!? その声はホムンクルスの声じゃないか!? 貴様、私の屋敷で何をしている!?」


 カリナの悲鳴を聞きつけたミリヤが、いちはやく反応した。


「カリナをぼくのズボンの中に押し込んだ」


「き、貴様変態か!? なんの必要があってそんなこと!?」


「この話は、いまのところカリアには内緒だ。ミリヤだけに聞かせる」


「わ、私だけに……? なぜだ!? なぜ主人にも話せない重要なことを私に!?」


「ミリヤに信用してほしいから」


「む……」


 ミリヤが押し黙る。どうもこの天才魔法使い様は、素直に「わかった」と言う代わりに押し黙るくせがあるようだ。まったく可愛くない。どっかのひきこもり魔法使いとそっくりだ。


「ぼくが日本でひきこもった理由は――」


 ぼくは扉越しに話して聞かせた。

 ミリヤがぼくの告白に黙って耳を傾ける。

 その間も、ズボンの中のカリナは「ギャー! ギャー!」と悲鳴を上げ続けた。おかげで、ぼくの告白は聞かれなかったと思う。


「――そういうわけだ。カリナ、もういいよ。いま出してあげる」


 すっかり告白を終えると同時に、ぼくはズボンの中からカリナの入った小ビンを取り出してあげた。若干、カリナの頬がげっそりしていた。


「い、いったい何が起こったんですかぁ……?」


「ごめん。忘れて」


「忘れられないですぅ! あ、あの小ビンに押し当てられた、生暖かくて肌色でぷにぷにしたアレは、もしや――!!」


 そのときだった。

 閉ざされていたミリヤの部屋の扉が、内側から、静かに開かれた。


「入れ」


 開かれた扉の隙間から、ミリヤのそっけない一言。

 ぼくとカリナは、無言で目を合わせて頷き合うと、ミリヤの部屋の中へ入った。

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