交渉へ
すっかり陽が沈み、施設内は松明が明るく照らしている。
(目が覚めたかな?)
敷布が擦れる音だけが聞こえてきたので、ヘイゼルは転送雑記帳に書き込む手を休めた。
舞の奉納のあと、ルルディが力尽きて気を失ってしまったため、アスファルに案内されて部屋に戻ってきていた。今後の話はルルディが起きてからにしよう――アスファルの提案に、ヘイゼルは素直に従い今に至る。
「調子はどうだ?」
起き上がってきたルルディに、ヘイゼルは訊ねた。彼女の顔色はとても良い。青の龍から力が供給されて回復が促されたのかもしれない。
「もう平気です。――でも、よくわかりましたね。あたしが起きたって」
ルルディは驚いた顔をしたあと、にっこりと微笑んで告げる。背後からこっそりと近づいて来たのに、と少し不満げだ。
「わかるさ」
短く応えて、ヘイゼルはルルディの四肢に付けられた環の一つを指す。
「金属音がしないのに、衣擦れの音だけが寝台から聞こえれば、な」
「あぁ、なるほど」
納得顔になると、ルルディはヘイゼルの隣に立った。
「――ここまで運んでくださったのですね」
「まぁな」
「アスファルさんは、何て?」
「まだ返事はいただいてない」
「そうですか……」
声から落胆しているのが伝わってくる。ルルディがアスファルを案じているのがよくわかった。
「ルルディが起きたら話し合うってことで合意している。心配しなくても、良い方に向かうさ」
「だと良いのですが」
明るく前向きなヘイゼルの台詞に対して、ルルディの表情は曇ったままだ。
「気になる点でもあるのか?」
「えぇ、まあ。アスファルさん自身の身体は、まだ取り戻してないから……」
「……確かに、そうだな」
今の彼の身体が人形であるのは知っている。本人がそう話していたし、実際に触れてみて人とは違う感触であることもわかっている。地下深くに眠っているとのことだったが、あの封印された血縁者の中に閉じ込められているに違いない。
「一緒にここから出たいですね」
「俺もそう思っているさ」
うなだれるルルディの頭を撫でてやると、彼女はくすぐったそうにして身をよじった。
「じゃあ、交渉しに行こうか」
「はい」
うまくいくことを願いながら、二人は部屋を出る。