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龍神たちの晩餐  作者: 一花カナウ
第四章 ドール
27/30

砂の王国の真実

3年ぶりの更新です。お待たせいたしました!


 轍を辿るようにして進む。やがて突き当たりに大きな扉が現れた。魔法の光に照らされた表面に精緻な装飾が施されているのがわかる。

(これはサッバール王朝固有の柄だな。ということは、この場所、あるいはこの先は王家所有ってことか?)

 ヘイゼルは扉をまじまじと見て情報を探る。この地下施設がなんなのか、それを見極めるために。

「行き止まりですね」

「そうだな」

 様子を窺っているルルディに短く応える。

 この先からおぞましい気配が漂っていた。知りたいものが、きっと扉の向こう側にある。

「開けます?」

「そうしたいところだが、魔術的な細工があって簡単に開けられそうにない」

 試しに触れて押してみたものの、魔術的な力で反発されてしまった。ヘイゼルであれば、以前ザフィリでやったように力業で強引に開けることは可能だろうが、この先に待ち受けている存在の正体がわからない以上、迂闊なことはできない。

「でも、気になりますよね……」

「そうだな」

 ヘイゼルは足下に視線を向ける。轍はこの扉の向こう側に続いていた。

(兵器を運び出したのか? いや、あるいは運び込んだ……?)

 少しずつ推理が固まってくる。ここに眠っている物の正体。そして、黄の龍がアスファルに何を強いたのか。

「仕方がない、今のところは引き返すか」

 ヘイゼルが渋々そう判断して身体の向きを変えると、数十歩離れた場所に何者かが向かってきているのが目に入った。

「――まったく……。部屋にいないと思ったら、こんな場所まで来ていたとはな」

 苦笑しながら告げたのは、アスファルだった。両脇には召使いである少女の姿をした人形を従えている。

「ごめんなさい。施設内を散策していたら、迷っちゃったんです」

 ヘイゼルが返す前にルルディが半歩前に出て頭を下げる。素直に謝ったのではなく、その場を取り繕おうとしたのだろう。

 アスファルはそんなルルディには目を向けず、ヘイゼルをじっと見つめていた。

「――君は薄々気付いているようだね」

「えぇ……この扉が何を封印しているのか、を」

 ゆっくりとした足取りでアスファルは扉の、ヘイゼルたちの傍までやってくる。

「……あ」

 ルルディは顔を上げる。彼女の青い瞳から大粒の涙が零れた。

「そんな……」

 アスファルを見て、ヘイゼルに顔を向ける。ルルディは顔を拭うが、溢れ出る涙は止まらない。

「黄の龍から何か聞き出せたのか?」

 泣き止むことを諦めたらしいルルディにヘイゼルが穏やかな声で問うと、彼女は目を擦りながら頷いた。

「こんなことって……ひどいです……」

「もう隠し通そうとしても意味がなさそうだ」

 降参したとばかりにアスファルは告げ、扉に手を翳した。

「君たちが黒の龍の手先ではないとは信じていたが、余計なことをされたくもなかったのでね。できることなら黙っていたいと思っていたんだがな」

 扉が音を立てて開いていく。

 隔てられていた向こう側にあったのは祭壇だった。華美な装飾はない、質素で簡略化されたそこには、似つかわしくないものが鎮座している。

(これは……)

 ヘイゼルは目を見はった。視線を一度アスファルに移すと、彼は中に入って構わないと手で示す。なので遠慮なく足を踏み入れた。

(人工物ではないな)

 そこには大型の戦車と岩の彫刻のようになった一体の巨大な異形の生物がいた。天井まで大人の背丈の十倍ほどある空間だが、そこに到達するほどに岩の彫刻の高さがある。表面には人体の一部のような紋様が浮かび上がり、無数の人間をくっつけて固めたような不格好な作りをしている。その生物からおぞましい気配が放たれていた。

(間違いない。血縁者だ)

 刺激をしないように近付き過ぎないで観察し、アスファルに向き直る。

「これを目覚めさせないために、あなたはこの国に縛られているのですね」

「あぁ、そうだ」

 アスファルはあっさりと肯定した。

「ですが、俺たちがいれば倒すこともできるはず。ここに縛られる生活も、今回で終わらせることだって――」

 説得しようとヘイゼルが一歩踏み出そうとすると、彼の上着が引っ張られた。

「……ルルディ?」

「それじゃいけないんです。だって、この方々はこの王国の……」

「サッバール王国の国民だ」

 ルルディが言えずに口を噤んだのを継いだのは、他ならぬアスファルだった。

「だからって――」

 情があるのだとしても、もう血縁者の中に取り込まれてしまっていては救いようがないだろう。ヘイゼルがさらに言おうと口を開くと、みなを言う前にアスファルが割り込んだ。

「彼らはまだ、あの中で生きているんだ。私の力では封印しておくことしかできないが、龍の中にはこんなふうに取り込まれてしまった人間を分離させる力を持つ者がいると黄の龍から聞いた。彼が目覚めるまでは、この状態を維持しておきたい」

「ですが、そのためにあなたが何年もこうして儀式を継続していくなんて、俺には納得できませんっ!」

 そんなのはおかしいと憤るヘイゼルに、アスファルは蔑むような目を向けた。

「国民を護るのは国を統治する者の義務だ」

「もう国はないと仰ったのはあなたじゃないですか!」

「私は国を終わらせたくない――終わらせたくなどなかったんだ」

 そう告げて項垂れるアスファルの手を、ルルディは自分の手でそっと包み込んだ。

「アスファルさん。あなたは黄の龍神様に従ったことを後悔しているのですね」

「!」

 心の内を言い当てられたようだ。アスファルは目を見開き、ルルディを見つめる。

 見つめられた彼女は、真摯な面持ちで台詞を続ける。

「黄の龍神様は、あなたに強いていることを悔やんでいらっしゃいます。あなたに告げたことに偽りはないですし、あなたが欲している力を持つ龍神様がいるのは確かであるとも青の龍神様が仰っています。ですから、少なくともそのことは信じていいと思いますよ」

 彼女の台詞に、アスファルは救われたような表情を浮かべた。これまで確認する術がなかったのだろう。青の龍の守護者であるルルディからの台詞であれば信用できるに違いない。

「ですが、それはそれです」

 きっぱりと切り捨てるようにルルディが告げたので、アスファルがむすっと顔を歪める。

「君もその兄ちゃんと同じ意見なのか?」

「あたしは見捨てろだなんて言いませんよ」

(別に俺はそう言いたかったわけじゃないんだが……)

 文句をつけたかったが、ルルディにはルルディなりの意見があるように感じられたので、ヘイゼルは静かに成り行きを見守ることにした。

 ルルディはヘイゼルの心境など気にもとめずに続ける。

「ただ、ちゃんと他の可能性にも目を向けて欲しいってだけです」

「他の可能性? 十五年もずっと何も考えずに過ごしてきたって言いたいのかい?」

「十五年も砂の中にいるから、あなたの目が見えなくなっているんですよ」

 至って真剣な眼差しでルルディは告げ、そのあとでにっこりと微笑んだ。

「今、ここにはあたしたちがいます。ヘイゼルさんは、黒の龍神様の血縁者など倒してしまえばいいって言ってましたけど、あたしたちの力は攻撃のためのものだけではありません。特にあたしは、鎮魂と浄化の力に特化していますから、とてもじゃありませんが、戦闘には不向きです」

(あ、ひょっとして……)

 ここまできて、ヘイゼルはやっとルルディの考えが見えてきた。なるほど、と密かに納得する。

「君は何を言っているんだ?」

 訝しがるアスファルに、ルルディは小さな胸を反らして答えた。

「あたしが舞いを奉納します。ちゃんと発動すれば、十七年も有効な結界を張ることができるはずです。黄の龍神様の力をお借りできるのであれば、きっと三年おきに寝たり起きたりの生活をしないで済みますよ。――ね、ヘイゼルさん?」

 いきなり話を振られたが、予想はしていたのでヘイゼルは澄ました顔で頷いた。

「あぁ、理屈としてはな。――まぁ、十七年間有効にするのは土地柄や現在の魔力の量から考えると難しいだろうが、次の黄の龍の祭りまでは自由になれるんじゃないかな」

 ヘイゼルが同意して補足してやると、ルルディの表情が明るくなった。すぐにアスファルに視線を戻す。

「そういうことですから、一緒に外の空気を吸いに行きませんか? あなたが求めている龍神様にお会いするためにも!」

 ニコニコしながら迫るルルディを見ながらしばらく黙っていたアスファルだったが、やがて観念したように表情を崩した。

「……お嬢ちゃんには負けたよ」

 やれやれといった様子で告げ、アスファルはヘイゼルに顔を向けた。

「この話に乗っても安全だと、君は保証できるのか?」

「はい。ルルディの舞いはかなりの効力がありますから、さっき告げた通りですよ」

「そうか……ならば、君たちに依頼したい。――国を復興させるにも、今の世界の情勢を知りたいしな」

 そう告げるアスファルの瞳には、黄色の輝きが増して見えた。



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