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龍神たちの晩餐  作者: 一花カナウ
第四章 ドール
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龍神と守護者

(つまり、どうして黄の龍がアスファルをここに閉じ込めているのかってことだよな。そのためには、十五年前、王国が消えたときの話を聞き出さなきゃいけないのか)

 翌朝、食後。

 特にすることもなく、ヘイゼルは部屋で胡坐をかいて思考していた。この場所にはルルディの姿はない。他の服を着てみないかと言うアスファルの誘いに応じて、今頃は衣裳室に案内されているはずだ。

(それに、国民たちがどうしているのかもわからないよな。あの事件があった前後に、たくさんの人間が移動したという話は聞いていないし)

 記憶にある知識では、そんな文献に出会ってはいない。報告書にも上がっていなかったはずだ。モルゲンロート使節団としても黄の龍の祭りを確認できなくなって困っていただろうし、何かしらの情報があれば論文としてまとまっていても不思議ではない。三年周期の祭りの時期に合わせて使節団員がカフラマーンをうろうろしていたはずだが、何の収穫もなかったのだろうと思われた。そのくらい、資料も乏しかったのだ。

(黒の龍の連中が、情報を抹消していたとも思えないしな。抹消するなら、この国の存在を消し去ったあとにするだろう。――あるいは)

 ヘイゼルは冷静に考える。

 今のこの状況自体が何かの幻術によるものであると言う可能性。砂嵐に飲み込まれて意識を失ってしまったため、どこかから術にかかっていてもおかしくはない。

(確認しておくか)

 ヘイゼルは荷物を取り出し、転送雑記帳を開いた。昨夜は何の連絡もしていない。向こうは毎日何かしらの文章を書いて寄越して来るので、最後にヘイゼルが報告を行ってからどれだけの頁が進んでいるのかを見れば、おおよその日数が読み取れる。自分が最後に記帳してから何が書かれたか、ヘイゼルは慎重に指先でなぞった。

(――ちゃんと連続しているようだな)

 カフラマーン沙漠に入ってからは、昨夜を除けば毎晩報告を行ってきた。陛下の丁寧な文字で『今夜は報告がないのか? 一晩くらいなら大目に見るが、定期連絡は義務なんだから忘れるのではないぞ』と忠告されているのが目に入り、ヘイゼルは一言『王国は砂の中に眠る』とだけ付け足しておいた。万が一のことが遭ったときのためだ。

(あとは、念のために力も解放しておこう)

 アスファルから無闇に龍の力を使うなと忠告されたあとであるものの、この場所が本当に安全なのかはよくわからない。ルルディの舞によって一定期間は魔物に襲撃されることはないだろうが、血縁者と呼ばれている者たちをも退けられるものなのかは不明だ。警戒しておくに越したことはないだろう。

 足を組み直し、呼吸を整える。瞳を閉じて意識を集中。続いて枷を外すための呪文詠唱。静かな室内に、ヘイゼルの歌う声が響き渡る。

「――ヘイゼルさんって、歌、上手ですよね」

「おうぁっ!?」

 集中を解いたところで急に話しかけられ、ヘイゼルはびくっと身体を震わせ、声の主に目を向けた。

 昨夜とは違う衣裳だ。布を巻きつけたような身体の線が出ない服を着ている。色が明るく、彼女の特徴的な蒼い髪にも合うとヘイゼルには思えた。

「お、おどかしちゃいました? いきなり話しかけてすみません」

 ヘイゼルがかなりびっくりしているのがわかったらしく、ルルディはぺこりと頭を下げて詫びた。

「気にするな。謝られるほどのことじゃないし」

 ルルディが部屋に入ろうとしないので、ヘイゼルは立ち上がると彼女を招く。

「さっきの歌、呪文なんですよね? 崖から落ちて死に掛けたときも、似たような歌を聞いた気がしたんですが」

 部屋にとことこと入ってきたルルディを見て、ヘイゼルはどこか安堵しながら寝台に腰を下ろした。彼女は正面の寝台に腰を下ろす。向き合ったところで、ヘイゼルはルルディの問いに答えた。

「呪文ではあるが、これはどちらかと言うと歌に近いかな。旋律があるし。歌詞は古代語と呼ばれている言語で作られている。龍神に話しかけるためのものなんだとさ」

「ほーぅ。話しかけるための、ですか。あたし、青の龍神様とは普通にお話できますけど、そういうものなんですか?」

 不思議そうな顔をして、ルルディは首を傾げる。

(ん? そういえば)

 その問いに、ヘイゼルは奇妙な点に気づく。どうして彼女はこの国の言葉がわかるのだろう。

「ルルディ? 前に転送雑記帳を見せたときにも疑問に思っていたんだが、君はこの国の言葉もわかるのか? アスファル王子とも普通に話しているし……」

 よくよく考えてみれば気になることだ。ヘイゼルの耳にはこの現地の言葉として聞き取れるし、それに合わせて言語を選択して喋っている。ルルディがこれまでにそのような訓練を行ってきたようには見えない。

「ふぇ? ――あ、確かにそうですね。でも、なんとなくわかりますし、通じますよ?」

「なんとなくって……」

 腑に落ちない。理解できないという顔をしていたからだろう。ルルディはうーんと小さく唸って説明を続ける。

「そうですね……なんて説明したらいいのかなぁ。――青の龍神様に会ったときもそうでしたけど、始めは何を喋っているのかわからないんですよ? でも、何度かその言葉を聞いているうちに理解できるようになるんです。で、あたしも真似して喋ってみる、と言いますか……普通に喋っているんで、本当に通じてるのかな、って不安に思うこともありますよ?」

「こ、言葉を瞬時に修得しているって言うのか? おい」

「そんなにすごいことじゃないですよ、きっと。青の龍神様がちょっとしたおまけで同時通訳をしてくれているんじゃないかって、あたしは解釈していましたけど」

「……」

「あ、あの、ヘイゼルさん?」

 黙って俯いてしまったヘイゼルを心配するようにルルディの声が聞こえてきた。だが、無視した。

(それが本当なら、俺のこれまでの努力ってなんだ?)

 小さい頃に勉強した成果が今役立っているのだと思っていただけに、ルルディの発言には衝撃を受けざるを得なかった。

(つーか、赤の龍はそこまで親切じゃねーし……もっと友好的になれるように努力した方がいいのか?)

 落ち込むヘイゼルに慌てたように近付いてルルディは肩に手を置いた。

「何に対してそんなにがっかりされているのかはわかりませんけど、元気出してください! あの、本当に、あたしがすごいわけじゃないんで」

「なんかその励まし、傷つく」

「あ、れ、えっ?」

 ため息交じりに返してやると、ルルディは困ったらしくてぱたぱたと動いた。衣装につけられた布がひらひら揺れる。

「……そういえば、今回は服装についての感想は求めないんだな」

「求められなくても、感想は言ってもいいんですよ?」

 脈絡もなく話の流れを変えた所為か、ルルディはきょとんとした顔で問う。

「ふぅん」

「言いたいことがあるなら、言ってくださいよ」

「ん。――似合ってると思う。色合いが、その髪に合ってるし」

 思ったことをそのままに伝えただけであるのに、昨日と違って彼女はにんまりと嬉しそうに笑い、目を輝かせた。

「本当ですか?」

「あぁ」

 顔を近付けて問うてくるので、ヘイゼルは思わず身を引きながら頷く。

(この反応はなんだ? よくわからん)

「そっか、そうですか」

 ふむと彼女は唸ると、やっと離れて自身の腕を組んだ。

「なるほどー。ヘイゼルさんの好みは露出度が低目なんですね。頭に入れておきます」

「い、いや、なんでそうなる? つーか、君はそれでいいのか?!」

「それで良いのかって言われましても。――あ、誤解しないでくださいよ? ヘイゼルさんを喜ばせたくて着替えているわけじゃないんです」

「あぁ、そういう意味では誤解していない」

 素直に返すと、一瞬だけルルディに睨まれたような気がした。おそらく気のせい、気のせいなんだ、とヘイゼルは思いながらルルディの話の続きを待つ。

「アスファルさんに舞を踊るのが唯一の特技だって教えたら、眠りにつく前に一度見てみたいっておっしゃって。それで、ちょうど良い衣裳があれば土産に持たせてやるって太っ腹なことまで言ってくださったんですよ。あたし、どれが良いか迷っちゃって。それで、参考までにヘイゼルさんの反応を見ようかと」

(参考までに、ね。俺に聞いてもしょうがないと思うんだが――)

 そんなことを思いつつ、引っかかったことがヘイゼルの口からこぼれた。

「アスファル王子、本当に親切な方だな」

「えぇ、とってもいい人ですね。アスファルさんが国を治めていたら、きっと幸せな国になっていたと思いますよ」

 ぼそりと呟いただけだったのに、ルルディは話の腰を折られたことを気にしない様子で心配そうに頷いた。

「本当に歓迎してくれているみたいだし」

「ヘイゼルさん、失礼です。疑っていたんですか?」

「疑っていたのは俺の思考の方だ。これらが全部幻なんじゃないか、って。赤の龍と自由に話ができればその辺のことも確認できるんだが、あいにく俺は仮死状態にならないと会えないんでね」

「……仲悪いんですか?」

 目をぱちくりさせて問うルルディに、ヘイゼルは真面目な顔を向ける。

「君たちの仲が良すぎるんだよ。覚醒してないのに、それだけの力を出力できるんだからなおさら驚きだよ」

「そうですか? 話せばわかる方ですよ? なんでも耳を貸してくれますし、励ましてもくれます。可愛がってくれているみたいですけど。――逆に、どうしてヘイゼルさんはそうしないんだろうって思いますが。嫌いなんですか? そういえば前に、赤い髪は目立つから嫌だ、なんて話をしていたような気がしますが」

 とても不思議そうである。好奇心旺盛な青い瞳がヘイゼルを放さない。

「嫌いかといえば、まぁ、好きではないな。利用されているような気がするから」

「でも、同調したからこそ、旅をなさっているんですよね?」

「そうだな。――あ」

 そこまでぺらぺらと喋ってみて、ヘイゼルははっとする。そして頭を抱えて俯いた。

「あーっ! 俺、今、とんでもなく余計なことを言ったっ! 今の話、取り消しだ取り消し!」

「え? あ? う?」

 急に叫んだヘイゼルに、何が起こったのかわからずますます首を傾げるルルディ。

(まずい。あんまりいろいろ話すと、全部ルルディから青の龍経由で俺が愚痴っていることが伝わっちまうじゃねーか! まずい、これは非常にまずい事態だ)

 冷や汗が流れてきた。どう取り繕ったものかと思考して、そこでふと別のことと結びついた。

 ヘイゼルは顔を上げてルルディを見つめる。

「――なぁ、ルルディ?」

「は、はい。なんでしょう?」

「青の龍から黄の龍に話し掛けるよう頼めないか? 黄の龍が、何故このようなことを強いるのかって」

「え?」

「活動中の龍同士は話ができる。何の意図があって、黄の龍がアスファル王子に三年に一度目覚めさせてこの土地を護らせているのか聞いて欲しい。できるか?」

「えっと……たぶん今ので聞こえていると思いますけど、青の龍神様が黄の龍神様から聞き出せるかはわかりませんよ?」

「あぁ、それでもよろしく頼む」

 そう告げると、ルルディはやんわりと微笑んだ。

「やる気になってくれたみたいですね」

「別にアスファル王子のためでも、君の願いを叶えるためでもないよ? 仕事の一環。黄の龍の状態については、使節団や陛下に報告する義務がある」

 仕事であるのは本当だ。カフラマーンに立ち寄ったのも、黄の龍の状態を確認する目的があったからなので嘘ではない。

 照れることもなくきっぱりと答えたヘイゼルに、ルルディはくすっと笑って続ける。

「やっぱり優しいですね、ヘイゼルさんは」

「なんでそうなる?」

 嬉しそうに笑うルルディを理解できず、ヘイゼルはむすっとする。

「赤の龍神様はあなたのことに興味を持っているみたいですよ? 話に応じないのはあなたの方だって、拗ねていらっしゃるようです」

「え?」

「少々ひねくれ者でまだまだ子どもっぽいところがあるが、悪い奴じゃないのは確かだから愛想を尽かさないでやってくれと、青の龍神様経由で赤の龍神様がわざわざあたしに言うほどなんですよ? どれだけ心配されているんですか?」

 くすくす笑いながら言うルルディに、ヘイゼルはぷいっと顔を横にそむけた。

「……あぁ、そうですか」

(くそっ、変なことを頼みやがって……)

 面白くない。そういう余計なことをしてくるところが、とても面白くない。

「もうっ! そういうところが残念なんですよ。膨れてないで、行きますよっ、ヘイゼルさん」

 ルルディが腕を取って引っ張るので、ヘイゼルは慌てる。

「ちょっと待て。行くってどこへだ? まさかアスファル王子本人に聞き出しに行こうっていうんじゃないよな?」

 立ち上がったところで問うと、先行していたルルディは振り向いた。

「それは後回しです。黄の龍神様から話が聞けたところで、それだけでは解決になり得ません。ですから、まずは解決方法を探るために調査に行きます。ヘイゼルさん、この施設の中のこと、まだ何も知らないでしょう?」

「まさにその通りだが――」

「なら、早速行きますよ。許可はいただいていますから、安心してください」

 ルルディに押し切られ、結局ヘイゼルはルルディに従って施設内を散策することにしたのだった。


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